己へ古武道を教えた、鳴滝の配下である拳武館の者が相手なら、敵が使う武道はきっと、己と似通っているだろうから、とか。

所謂殺し屋が相手だし、とか。

壬生の話を聞くまでは、努めて冷静に考えていた龍麻だったが、京一のことを言われ、頭に血を上らせてしまい。

唯、親友であり相棒である彼を襲った連中の仲間をこの手で倒してやる、その想いだけに心を預けて、何の策も持たぬまま、壬生へと突っ込んだ。

「アニキ、そら無謀ちゃうか?」

「………………あれ? 皆?」

もう、誰の声も届いていないだろう様子の龍麻が、壬生と拳を合わせた丁度その時、線路を挟んだ上りホームの片隅よりよく知る声がして、え? と小蒔はそちらを見遣った。

すればそこには、やれやれ……と言った顔付きの劉を筆頭に、仲間達全員の姿があって。

「皆……。どうして、ここに?」

「遠野さんから、連絡を貰った。詳しい事情も、彼女に聞いたよ」

「…………亜里沙ちゃんっっ! 良かった、亜里沙ちゃんが無事でっ! 亜里沙ちゃんに何か遭ったら、舞子、どうしようかと思ったよぉぉぉっ!」

「舞子……。御免ね、舞子。心配掛けたよね……」

線路を乗り越え、下りホームへ上がって来た彼等へ葵は首を傾げ、合流した如月が事情を説明し、舞子は泣きながら亜里沙へ抱き着いて、申し訳なさそうに亜里沙は、舞子の抱擁を受けた。

「…………俺様の気の所為じゃないよな? もしかしなくても、龍麻センパイ、キレてる……よな?」

「……みたいですね。でも、気持ち判ります。僕だって、京一先輩のこと思うと…………」

「蓬莱寺さんのこと、凄く心配してたものね、霧島君」

「龍麻様は本当に、蓬莱寺様と仲が宜しゅうございますから」

「……まあなあ。雛の言う通りだとは思うけどさ。龍麻も、あんな剣術馬鹿の何を気に入ってんだかね」

「友情に厚いのは、麗しいことだぞ?」

「Oh、紫暮ノ、言ウ通リデース。Love&Pieceデスネー」

「ミサちゃ〜ん、その精神よく判んな〜い〜」

「マリィは判るよ!」

「そんなことよりも! 俺っち達が戦う相手は何処だ! 悪は何処だ!」

「そうだ! 俺達コスモレンジャーの相手は誰だっ!?」

「愛と正義と友情で、私達が根性叩き直してあげるわっ!」

ふぇぇ、と泣き出した舞子と、舞子を宥める亜里沙の傍らで、報せを受け駆け付けたは良かったものの、キレているとしか思えぬ龍麻の剣幕に、呆気に取られた仲間達は、今加勢なんかしたら、却って彼に打ちのめされそうだと、遠巻きに、龍麻と壬生のやり合いを眺め始める。

「毒気を抜かれる気持ちも判るが……。……どうやら、俺達の相手がお出ましのようだぞ」

拍子抜けしてしまい、のほほんとした空気を漂わせ始めた仲間達に、少々の頭痛を覚えつつ、暫し醍醐は肩を落としていたが、ふっと目付きを変えて、始発まで閉鎖されている筈の駅のあちらこちらから、湧くように出て来た男達の存在を、皆に教えた。

「なんや、やっと出番かいな。わい、何しにここまで来よったんやろ、とか思ってもうたわ。……ほな、行くでー!」

「舞子もぉっ! 亜里沙ちゃん、酷い目に遭わせた人達、舞子、許さないんだからぁぁっ!」

「それ、あたしの科白だよ、舞子。……あんた達、よくも、あたしやエルや京一に……っ」

「ボクもやるっ! どうしようもない馬鹿だけど、京一だって友達なんだからなっ!」

バラバラと、激しい音を立てて自分達を取り巻いた数多の敵に、バッと、仲間達は思い思い、散って行く。

「……………………ほら、ね。だから、そっちの言い分なんて、俺は信じないよ」

その頃には、激しかった龍麻と壬生との一対一の戦いにも決着が付き始めていて、龍麻の放った蹴りに喉元を深く抉られ、壬生は思わずホームに片膝を付き、動きを止めた龍麻は、ぽつり、それだけを言った。

「君は随分と、蓬莱寺京一のことを信じているんだな……」

「俺だけが信じてる訳じゃない。仲間の皆だって、京一のこと信じてる。……ううん、信じてるって言うか。事実だと思ってる。京一がどうにかなる筈が無いって。だから、京一を始末したなんて下らないこと言われて、頭に来ちゃって。……御免、一寸やり過ぎちゃったかも……。藤咲さんの言う通り、壬生君は、こう……戦っちゃいけなかった相手だったかな、とか、今更思えてちゃって……」

溜息混じりの息を吐き、ヨロッと立ち上がった壬生は、少し羨ましそうに龍麻を眺めて、故に龍麻は、この彼は……と、苦笑いを返した。

「……何やってんだ、壬生。拳武館一の使い手って触れ込みのくせに、んなガキ共相手に手子摺りやがって。……ああん? 壬生ちゃんよ。標的とそんな風に慣れ合うなんて、掟破りもいい処だ。……ま、拳武館の絶対の掟を破ったってことで、心置き無くお前をぶち殺せるみたいだから、俺としちゃあ有り難い話だがな」

どうしようかな、と躊躇いつつも、自ら倒した壬生へと龍麻が手を差し伸べようとしたその時、ホームの端の闇の中から、一人の男の声がした。

「…………八剣……」

「……あっ! 龍麻、そいつ! そいつだよ、京一を襲ったのはっ!!」

刀を肩に、球体を想像してしまう程太った男を従え、姿現した彼の名を呼びながら、壬生は眼差しを細め、亜里沙は高い声を放つ。

「……………………あんたが、そうなんだ……?」

「ああん? 何だ? 坊ちゃん。何か文句があんのか? 俺がどうしたってんだよ」

「……あんたが、京一を襲ったのかって言ったんだっ!」

「それが何だってんだよ。……ああ、そうだ。俺が、蓬莱寺京一を殺った。そこそこ、楽しませて貰ったぜ、あのボーヤには。お前も、俺を楽しませてくれんのか? 緋勇龍麻」

ふらりふらり、遊んでいるかのような足取りで近付きながら、下卑た嗤いを浮かべた八剣に、カッと怒りで頬を染めつつ龍麻が食って掛かれば、八剣は、高らかに嗤った。

「ほら。構えろよ、坊ちゃん。あのボーヤの敵討ちがしてぇんだろ? 俺がきっちり相手して、ボーヤと同じ所に送ってやるよ」

「……っ! ふざけるなっっ!!」

──嗤いながら、八剣は刀を抜き。

龍麻は上着を脱ぎ捨て、ガッと、革靴の踵で強く床を蹴り、八剣へと挑み掛かった。