「龍麻、一人じゃ駄目だよ、そいつは……っ!」
単身、八剣へ向かって行った龍麻に気付いて、亜里沙は己も敵と戦いながら、彼を視界の端で追った。
「そいつの技の氣はおかしいって、あの時、京一が言って……──」
「──えっ? …………氣が読めない……?」
いけないと、そいつは正体不明の氣の技を使うと、彼女は龍麻に向かって叫び、が、それは一歩遅く。
八剣が操った刀より迸った氣が全く読めず、強い困惑を浮かべた龍麻は、一瞬動きを止めてしまった。
…………それは、明らかに隙で、はっと我を取り戻した龍麻にも、他の者にも、もう遅い、と悟れ、思わず彼は、襲われるだろう衝撃に目を瞑った。
「龍麻ぁっ!」
きつく瞼を綴じ、身構える彼の姿に、亜里沙の絶叫が飛ぶ。
「緋勇君っ!」
「…………壬生、君…………?」
だが、龍麻が受ける筈だった狂刃を受け止めたのは、その瞬間、彼の前に立ちはだかった壬生だった。
「どうして…………?」
「……僕は、確かめたかったんだ。どうしても僕には、君達五人が、拳武館の定める抹殺されて然るべき者達とは思えなかった。そんな君達を抹殺しろと僕に命じたのは、鳴滝館長だということも、到底信じられなかった。……だから僕は、君達を試したんだ。戦ってみれば、君達がどういう人間なのか、解ると思って。 ──……八剣……。やはり、貴様……っ! 副館長と組んで、勝手に依頼を引き受けたんだなっ!?」
肩口を浅く抉った傷を押さえつつ、何故庇ったと問う龍麻に、八剣を睨み付けながら壬生は言う。
「所詮、僕だって只の人殺しだ。この生き方以外知らない、暗殺者だ。でも、僕には僕のルールがある。拳武館の……館長の許に僕の忠誠はある。謂れなき者を、僕は殺したりなんかしないっ!」
「…………金で人を殺そうが、信念で人を殺そうが、やることは同じ。だったら、どうせなら、緋勇龍麻達を殺してくれと、あの変な色の制服着た男のような奴から依頼を受けて、大金を──」
「馬鹿野郎っ! 黙ってろ、武蔵山っ! んなこと、べらべら喋るんじゃねえよっ!」
ギリっと、奥歯を噛み締めつつ八剣を睨み続ける壬生へ、呆れたように、八剣が従える巨漢──武蔵山と呼ばれた男は、口の軽いことを言い掛けて、顔色を変えた八剣は、武蔵山を止めた。
「あの男? 制服……? 学生…………?」
「……依頼人のことは、これ以上言えねえなあ。…………さて、続きをするとしようか? お前にも見切れねえ、この技を喰らいなっ!」
そうして、刀を構え直した暗殺者は、再び龍麻へと狙いを定め、自分を庇い傷付いた壬生を舞子や葵の方へと押しやってから、改めて彼と対峙しつつも龍麻は、どうしよう、と握り締めた掌に、嫌な汗を感じた。
何処からどう襲い来るのか謎な八剣の剣技を前に、己が取るべき術が、彼には判らなかった。
「俺の技を見切れる奴なんざ、いる訳がねえんだからなあっ!」
「……龍麻君っ!」
「龍麻っ!」
「ひーちゃんーーーっ!」
益々嫌な汗を掻きながら、ジリッと後退った龍麻の許へ、未だ溢れている敵達の攻撃を何とか掻い潜り、葵や醍醐、小蒔が駆け寄ろうとしたが、それは、遅過ぎて。
「…………っっ……」
今度こそ、と奥歯を噛み締め彼は身構えた。
「何をぼさっとしてんだよ、ひーちゃん」
しかし、刃より与えられる衝撃ではなく、何者かに無理矢理引き摺られ、柔らかいような、固いようなモノの上に、どさりと倒れ込んだ衝撃だけが、彼を襲い。
「……………………え……?」
「……よ。待たせたな。──おい、大丈夫か? ひーちゃん。何て顔してんだよ。どっかぶつけたか? それともお前、俺のこと、幻か何かだと思ってんのか? ちゃんと足は付いてんぞ?」
誰かの上に、自分は倒れ込んでいると気付いた彼は、己を庇い、受け止めてくれたのは誰だろうと、下敷きにしてしまった相手を見詰めて、唯々、瞳を丸くした。
「……京……一…………? 京一? ホントに、京一っっ?」
「俺以外の、誰だっつーんだよ」
「だって……。だって、だって……っ! 京一…………っ」
ホームの床の上に仰向けに転がって、胸で己を抱き留めてくれているのは京一と知り、彼の上に乗り上げたまま、本当にこの男は、自分の親友で相棒だろうかと、龍麻はバンバンと彼の胸許を両手で叩き、序でにぺしぺしと両頬も叩き、実体であるのを確かめ始める。
「だああっ! 何すんだっ! 俺より軽いったって、お前もそれなりにゃ体重あんだろーがっ! 重いっ。痛いっ!」
「……あ。御免」
「っとに…………。……まあ、俺の所為なんだろうけどよ……。──ひーちゃん。俺は、確かに俺だ。ちゃんと、帰って来たぜ? 蓬莱寺京一、見参、ってな。……安心したか?」
抗議に、やっと我を取り戻した龍麻は、のそのそと京一の上から這い下りて、でも、何処となく不思議そうに親友の顔を眺め。
軽い文句を零しつつも、苦笑を浮かべて京一は、じっと見遣って来る彼の頭を酷く乱暴に撫でた。
「……よう、そこの。誰だか知らねえが、俺の大事なモン、護ってくれて有り難うよ……」
相変らずの風情で肩に竹刀袋を担ぎながら、龍麻に手を貸しつつ立ち上がって、京一は壬生を振り返り、少しばかり申し訳なさそうに、けれど、確かに『重く』そう告げると。
「五日振りだなあ、八剣。……あの夜、随分と世話になった礼、返させて貰いに来たぜ」
今度は、呆然と京一を見詰めるしかない八剣へと向き直って、ニヤリ、不敵に笑った。
「蓬莱寺……。お前、どうして…………」
「暗殺者気取りのくせしやがって、トドメも刺さずに満足して帰るからだろーが。……ザマぁねえなあ。あ? 八剣」
「何だとっ!? だが……あのまま放っといたって、てめえは……っ」
煽って来る京一の言い種に、八剣は顔色を変え、だが、そんな筈……、と困惑を浮かべる。
……と、確かに殺した筈の相手が……、と狼狽える彼の前へ、京一が何かを放り投げた。
幾度も斬り付けられて、無惨に壊れたPHS。
「今日日のコーコーセーの、必須アイテムって奴だな。……お陰様で、持って生まれた悪運もいいんでね、俺は」
「畜生…………っ。だったら、今ここでもう一度、叩っ斬ってやる! てめぇの、その悪運毎っ!」
──何故、京一が生き存えたか、その理由の一端を知って、何時しか竹刀袋から剣を抜き、ベルトに差した鞘から刃を引き抜き構えていた京一へ、怒り狂った八剣は、あの夜、彼を倒した技──鬼剄を放った。
「オラァっ!」
だがそれは、気合い一閃、京一が放った『鬼剄』に、正面から打ち消される。
「何……っ?」
「……何の為に、五日もてめぇを放っておいてやったと思ってやがる。お前の技なんざ、もうお見通しなんだよ。……正体に気付いちまえば、何のことはない。単なる殺気の応用じゃねえか」
今まで誰にも見切られなかった必殺の技を、いとも簡単に打ち消され、茫然自失となった八剣に、京一は再び不敵に笑い。
「……………………勝負。付けようじゃねえか」
待ち侘びていた彼が帰って来たことに、心底の安堵を浮かべた仲間達の眼差しの中、八剣へと挑んで行った。