京一が戦いの輪に加わってより、思いの外、全ては呆気無く終わった。

茫然自失となったままの八剣に、鬼剄を見切った京一の相手は務まらず、彼が戻って来たことによって、やっと、不確かになり掛けていた世界が正常に廻り始めた龍麻も、何時も通りの調子で戦いに挑むことが出来たし、壬生も、手を貸してくれたから。

……八剣の連れていた武蔵山は、知っていることを全部喋るからと龍麻達に命乞いをし、激高した八剣に斬り捨てられてしまったし、京一に破れた八剣もどさくさに紛れて姿を消してしまったし、武蔵山が洩らした、龍麻達の抹殺を拳武館に依頼した、『おかしな色の学生服を着た男』の正体は掴めぬままだったが。

「京一はんっ! ……あんた……あんたってお人は……っ。今の今まで、何処におったんやっ! 何してはったんやっ! アニキや、わい達に、えろう心配掛けて……」

「劉クンの言う通りだよっ! 何処で何してたのさ、このボケナス鳥頭っ! 無事なら無事って、ボク達に連絡してくればいいだろっっ!!」

敵を退け、そういう意味での静寂が戻った地下鉄ホームで、仲間達は京一を取り巻き、先ず、劉と小蒔が彼へ突っ掛かった。

「何、って……。……まあ、その。色々、だな」

が、かなりの剣幕で二人に詰め寄られても、両肩に竹刀袋を渡して飄々と立つ京一は、全てを誤摩化す。

「…………京一……」

しかし、全く感情の読めない面で、じ……っと龍麻に見詰められ、低く名を呼ばれ、流石に彼も、顔色を変えた。

「その……な。何つーか。……ただいま、ひーちゃん。えっと……心配掛けちまったみてぇで、その……。色々、悪かったとは思ってんだけどよ……」

「……………………別に、謝ってくれなくったっていい。……でもっ! 腹の虫は収まらないからっ!」

すれば途端、ギッと龍麻は彼を睨み付け、軽くジャンプをすると、スッパーーーーン! と、赤茶色の髪で覆われた頭を、勢い良く引っ叩いた。

「ひーちゃん、痛いっての!」

「いいだろ、グーじゃないんだからっ! ……あんっなに約束したのにっ! あれだけ、隠し事はしないって言ったのにっ! 京一の裏切り者っ! 薄情者ーーーーっ!!」

盛大に叩かれた頭をわざとらしく押さえ、京一は恨みがましく龍麻を見遣ったけれど、それを仲間達には見られまいとしつつも、悔しそうな、泣きそうな顔で龍麻は怒鳴り、渾身の力で京一の胸を叩いた。

「いっ……。…………ちょ、ちょいタンマ、ひーちゃん……」

「待たないっ! 全部、京一が悪いっっ」

「判った、判ったからっ! だから一寸待て、ひーちゃんっ。……待てっ。待てって、龍麻…………っ」

ドンドンと、拳で幾度も京一の胸許を叩き、龍麻は文句を吐き続け、それを受け止めるしかなかった京一は、片目を瞑り、ふらっと体を傾がせた。

「………………え? 京一……? ……まさか……っ!」

探し続けた彼が無事だった安堵と、無事なのに、今まで連絡の一つも貰えなかった怒りがない交ぜになって、思わず京一を叩いてしまったが、彼が苦しがる程の力で叩いた覚えはないと、嫌な予感を感じて龍麻は、咄嗟に後退った京一の胸倉を掴み、引き千切る風に、普段は開かれている、が、今は何故か閉められている、短ランの前を開けた。

……強引に暴いたそこにあったのは、胸許が真っ赤な血に濡れたシャツ。

「嘘……。……京一、御免っ! 大丈夫っ?」

「平気だって……。今さっきのあれでした怪我じゃねえし。ちーっと暴れたら、この間の傷が開いちまっただけだって……」

龍麻の手から、制服の裾を取り返して、血に濡れる面積が増しつつある胸許を隠し、にこりと京一は笑う。

「馬鹿っ! 格好付けてる場合じゃないだろっ! 葵! 葵ーーっ! 高見沢サンっっ!」

「わい、上行ってタクシー捕まえて来よるさかいっ。桜ヶ丘行った方がええやろっっ?」

龍麻が見付け、京一が隠したそこに、二人に最も近かった小蒔と劉も気付いて、小蒔は葵と舞子を呼び、劉は大慌てで地上へと駆けて行った。

「大袈裟だっての。こんなの、舐めときゃ治る……」

突然始まったその騒ぎの中、床に横たわり安静にしているよう、醍醐と紫暮に力尽くで押さえ込まれても、傍らに跪いた葵と舞子より差し伸べられた癒しの手を、京一は退けようとしたが。

「こりゃ、俺様達で無理矢理にでも引き摺ってった方がいいよな」

「輸血も要るかも知れないしね」

雨紋と亜里沙は、皆で協力し、京一を桜ヶ丘へ引き立てた方がいいかもと、タクシーの追加をすべく、さっさと地上に足を向け。

「桜ヶ丘だあ? ……冗談じゃねえ。この間、あんな啖呵切ったのに……」

「啖呵? 誰にだい? 差し詰め、桜ヶ丘の岩山院長に、かな?」

「うっ…………」

「……桜ヶ丘で、何してたのかな、京一。たか子先生に、何の啖呵切ったのかな。……まさかと思うけど、俺達に内緒であそこに匿って貰って、挙げ句、脱走した、とかじゃないよね?」

やれやれ、との顔を作った如月、にっ……こり、と笑った龍麻、その二人に京一の反抗は押さえられた。

「タクシー捕まえたって!」

「うん、今行く!」

「………………あの……」

「…………あっ、壬生君! 壬生君も、手伝ってくれるよね、暴れるこの馬鹿タクシーに押し込むのっ!」

そこで漸く、誰かの、タクシーが、の声が階段の向こうより聞こえて、何となくこの場に留まりはしたものの、さて、自分はどうしたら、と困ったように龍麻へ言い掛けた壬生をも巻き込んで、一同はそのまま、桜ヶ丘にだけは行きたくないと暴れ続ける京一を総出で引っ担いで、深夜でも、患者の為に煌々と灯りを灯し続ける、新宿の、桜ヶ丘中央病院へと傾れ込んだ。