桜ヶ丘の正面玄関を潜っても尚、往生際悪く、あのババアにだけは会いたくないとか何とか騒ぎ続けた京一を、何の騒ぎだと出迎えたたか子は、ちらっと一瞥し、無言のまま、ベシリと頭を叩いて、手術室へと引き摺って行った。

五日振りに姿を見せた京一の怪我も気になるし、折角彼は帰って来たのにと、どうしても沈痛そうな面を塗り替えられない龍麻も気になるしで、それより暫くが過ぎても、桜ヶ丘へ傾れ込んだ仲間達は、誰一人として、その場を離れようとはしなかったが。

やがて、手術室より出て来たたか子に、「五日前の傷が開き掛けただけのことだから心配ない、もう一度処置はしたし、その内痕とて消えるだろう、今は眠っているから話は出来ないけれど、京一のことだ、気が付けば直ぐに騒ぎ出すだろうし、あっという間に元気になるから、あんた達はもうお帰り」と言って貰えて、一同はホッと胸を撫で下ろした。

もうそろそろ陽が昇るのではないか、と思えるくらいの明け方、どうしても桜ヶ丘に残ると言い張った龍麻を一人残し、仲間達は三々五々、病院を後にする。

……三々五々、と言っても、新宿駅までの道中は、団体で向かったのだけれど。

「それにしても…………」

こんな時間だけれど、これだけの人数がいれば何も怖い物などないからと、抜け道になる裏路地を辿っている最中、ふと、雪乃が思い出し笑いを始めた。

「何ですか? 姉様」

「今だから笑い話って奴だけどさ。キレた龍麻、結構面白かったなあ、って思ってよ。あの『おっとり』も、あんな風になることあんだな」

「まあ、姉様。又、そんなこと仰って。……龍麻様は、蓬莱寺様のことを、殊の外好いておられる御様子ですから。あれも、ご親友への想いの表れですわ」

「まあなあ……。……何で、あの剣術馬鹿なんだろうなあ、龍麻も。あれを親友に選ぶって、結構度胸いる話だと思うぜ?」

「あら。蓬莱寺様は、良き殿方でいらっしゃいますよ」

「何となく、判らなくはねえけどよ、オレだって」

仲良く並んで通りを歩く双子の姉が洩らした笑いに、雛乃も笑いながら言葉を返し。

「良き殿方って言うか……。良い男よね、彼」

「えええーーーっ? 京一が? あいつ、凄い馬鹿だよ? オネーチャンのことしか頭にないよ?」

雪乃と雛乃の話を聞き齧った亜里沙が、何やらを思ってクスクスと笑いながら嘴を突っ込んで、小蒔は抗議を放った。

「……京一って、良い男なのかな? 葵お姉ちゃん?」

「…………さあ、どうかしらね。京一君って、私にとっては、何処までも良いお友達だから。彼のそういう部分は、よく判らないわ」

少し矛先が逸れて来た亜里沙と小蒔のやり取りに、お年頃なマリィは興味を示し、葵は、んー……、と首を傾げる。

「京一先輩は、素敵な人です! 僕の師匠ですからっ! 強いですし、格好良いですしっ!」

「……霧島君は、蓬莱寺さんのこと、ものすっっっっ……ごく、慕ってるものね……」

すれば、今度は霧島が、又、話を混ぜっ返すようなことを言って、彼の傍らのさやかは、何処となく不満そうに口を尖らせ。

「霧島はんは、どうしようもない京一はん馬鹿やな……。さやかはんも、苦労するわ」

「霧島の目にゃ、京一の奴が猛烈カッコ良く映るらしいからなあ……。そりゃまあ、強い奴だなー、とか、一回手合わせしてみてぇなあ、とか、俺様も思わなくはないけどよ……。お調子者だからなー、あいつ。でも、龍麻センパイにも、京一は良く見えてるんだろうなあ……」

さやかの横顔をちらりと眺めた劉は、あーあ、と溜息を零し、判るような、判らないような、と雨紋は首を捻った。

「う〜ふ〜ふ〜……。ひーちゃ〜んと、京一く〜んはねえぇ…………」

と、駅への道を行く一団の、丁度真ん中辺りにいたミサが、突然、未だ星が輝いている空を見上げてから、桜ヶ丘の方角を振り返り、小首を傾げ、うん、と一人何やらを納得しつつ、ニタァ……と、意味有り気に笑った。

……その刹那の彼女は、超絶オカルト少女と名高い彼女が醸し出す不気味さに、疾っくに慣れ切ってしまっている仲間達をしても、ズサッッと音を立て飛び退き遠巻きにしたい程、不気味極まりなく。

ミサは何かを知っているんだろうか、それとも、あの二人に関する何やらが、百発百中と噂の占いにでも出たんだろうかと、一同は恐る恐る、彼女の様子を窺い…………、でも結局、その先を訊くのは様々な意味で恐ろしいと、彼女の呟きを無視することに決めた。

「……な、何はともあれ、無事に解決して良かったな!」

「お、おう! そうだな、良かった、良かった!」

オカルト系が大の苦手な醍醐は、ミサより顔を背け、紫暮へと不自然な笑みを向け、いい図体をしたお前がそういう風に怯える姿も又怖いと、紫暮は顔を引き攣らせ。

「葵、マリィ、家マデ、送リマスヨー!」

この雰囲気は或る意味チャンスと思ったのか、アランはささっと葵とマリィの傍に寄って、エスコートし始め。

「……あっ、そうだ! さっき、ひーちゃんも言ってたけど、如月クン、今月末も、又宜しくね!」

「…………本気かい……? 又、君達は、家を宴会場にする気なのか……?」

「勿論っ! 京一の馬鹿も無事だったしさ。壬生クンも仲間になってくれたからね!」

「……え? 僕…………?」

「そうだよ? 壬生クン、ひーちゃんに、これから宜しくねって言われて、頷いてたじゃないか。だったら壬生クンだって、もう僕達の仲間ってことだもん、何時も通り、歓迎会開かなきゃねっ」

「は? ……その、僕は…………。と言うか、何時の間にそんな話に……。第一、拳武館の者である僕を、というのは……」

「……………………諦めた方がいい、壬生君。皆、言い出したら聞かない」

くるり、歩きながら振り返った小蒔は、如月と壬生をそれぞれ見遣りながら、明るく、けれどきっぱり言い切って、判ってはいたが……と、如月は悩ましそうにこめかみを押さえ、壬生は若干慌てた。

「だって、恒例なんでしょ? 私達だって、月末の週末は、ヒーローショーの予定組まないようにしてある……って、あああああ! 忘れてた! 今日、練馬のスーパーでやるショーの支度、出来てないわ!」

「あっ、いけねっ! 大道具の方、途中だったんだ、俺っちも忘れてたっ」

「急いで帰るぞ、ピンク、レッド! ──じゃあ皆、月末に!」

そのやり取りから、コスモレンジャー達は、その日組まれていたヒーローショーのことを思い出し、焦りまくった顔付きで、仲間達の輪より離れ、駅へと駆けて行く。

「頑張りやー!」

「ファイトーーー!」

その背へ、一同は口々に声援を送って。

聞こえ始めた始発の音に誘われ、込み上げて来た欠伸を堪えた。