桜ヶ丘を後にし、小春日和の中央公園を抜け、王華で遅い昼食を摂り、西口の、家電量販店が林立している辺りでPHSを物色し、買い求め終えた夕刻。

六日も自宅に帰っていないのだから、言い訳は明日聞く、今日は家に帰った方が、と龍麻は京一に告げたが、京一は頑として首を縦に振らず。

西口バスターミナルの片隅で、暫しの間、ああだこうだと言い争った末、京一が、龍麻を連れて自宅に帰る、という形で二人の言い合いは決着を見た。

この数ヶ月の間、幾度となく京一の家に遊びには行ったが、流石に今日お邪魔するのは……、と、何処までも龍麻は渋ったが。

掴まれた手首をぐいぐいと引かれ、あれよと言う間に辿り着いた京一の自宅に引っ張り込まれ、一週間近い馬鹿息子の不在など何処吹く風で、「あら、龍麻君、いらっしゃい」と、あっけらかんと京一の母には出迎えられ。

息子が何も言い出さぬ内に、何時も家の馬鹿息子がお世話になってるせめてものお礼にと、夕飯を食べて行け、否、いっそ泊まって行けと、彼の母に歓待されてしまったので、親友の思う壷だと判っても、帰ると言い出せなくなった彼は、そのままズルズルと、蓬莱寺家の夕餉に混ざり、風呂を頂き。

…………雑多な事この上無い、京一の自室で迎えた、夜半。

「お邪魔する度、思うけど。京一のお母さんって、何時も本当にパワフルだよね……」

あのパワフルさに押し切られちゃったけど、良かったのかなー……、と。

整えて貰った来客用の布団の上で、龍麻は項垂れた。

「そうか? 俺にしてみりゃ、あれが普通だけどな。家はどいつもこいつも、それこそ親戚中、あんなんだぞ? お袋がパワフルだっつーんなら、結婚した姉貴なんざ、あの何倍もパワフルだ、よく嫁の貰い手があったなっつーくらい」

風呂上がりの、濡れた髪をタオルで擦りながら、ほれ、と龍麻に缶コーラを放り投げつつ、京一は首を傾げた。

「…………恐るべし、蓬莱寺一族……」

「んな、大袈裟な」

ひょいっと投げられたそれを受け取り、京一の一族郎党を想像した龍麻はふるっと肩を震わせ、何を想像したのやらと、京一はケラケラと笑う。

……けれど会話はそこで途切れ、夜半の部屋に、沈黙が下り。

「……………………あのな、ひーちゃん」

いまだ乾き切らない赤茶色の前髪を掴んで引っ張りながら、京一が沈黙を破った。

「……何」

「………………お前が聞きたがってた、言い訳」

「……ああ。聞かせてくれる気、未だあったんだ。誤摩化されたかと思ってた。…………うん。言い訳、聞かせてくれる気があるんなら、聞かせて貰いましょう」

ボソボソっと始まったそれを、きちんと聞き届けてやる、と、手の中のコーラの缶を弄びながら、龍麻は彼へと向き直る。

「ホントのこと言うと、誤摩化そうと思ってた。あの五日、俺が何処で何してたかとか、何を考えてたとか。正直な話、自慢にもなんねえ処か、どう考えても、恥ずかしい話だから」

どうしようもなく真面目腐った顔付きで、ベッドに腰掛ける己を見上げて来る龍麻の視線に居心地を悪くし、が、眼差しを逸らすことはせず、バツが悪そうに前髪を弄り続けながら、京一は『言い訳』を始めた。

「でも、正直に話してくれる気になったんだ?」

「……昼間、病院で泣かれたからな。……お前にあんな風に泣かれちまうと、本当に、胸が痛くなる。昼間も、そうだった。だからせめて、お前には、きっちり話しといた方がいいかと思ったんだ。……約束、したしな。隠し事はしない、って。お前になら、恥曝してもいいかと思えるし……。だから……」

そうして、本当にぽつり、ぽつり。

あの五日の出来事を、一つ一つ、彼は龍麻へと語って聞かせた。

八剣に襲われた時のこと、意識を取り戻し桜ヶ丘へ行ったこと、たか子に頼み込んで誰にも内緒で匿って貰ったこと、三晩目に目覚めて桜ヶ丘を脱走したことも。

四月の花見の日の出来事も、池袋で『獣』に取り憑かれた時のことも、ずっとずっと考えていたことも、刀を抜けなかったことも。

「……今の俺には、刀が抜けないって判って……ひーちゃん達の所、帰りたくても帰れなかった。どうしたらいいのか、判んなくなっちまって……。……でさ。ほんっとに情けねえことに、俺、そっから暫く、自分がどうしてたのか記憶がねえんだ。多分、フラフラその辺彷徨って、電車乗って、ってしたんだと思う。気が付いたら、知らない街の真ん中に立ってた。……只でさえ、どうしたらいいのか判んなかったってのに、自分が何処に居るのかも判んなくって、何となく、自棄酒でも浴びなきゃやってらんねぇ、なんて思って……、大して大きくもない公園、だったかな……、そこの隅にあった、屋台のおでん屋に転がり込んでさ。……そしたら…………」

が、淡々と続けられていた彼の話は、そこで、ふっ……と途切れ。

「……そしたら?」

黙って聞いていた龍麻は、静かに先を促した。

「おでん屋の親父に言われたんだよ。『兄さん、鬼相が出てるよ』って。『人の道から外れ掛けてる、そのままだと修羅になる、人の道を外れてまで進まなきゃならない道は、外道って言うんだ』、ともな。…………笑えんだろ? おでん屋の親父が、んなこと言うんだぜ? 鬼相だとか修羅だとか、んなこた、てめえに言われたくねえよって……思わず吹き出し掛けて、でも……ああ、俺はやっぱり、『そう』なんだ……、って。俺は、人の道を踏み外し掛けてる、唯の修羅なんだ、って……そう思わされた……。聞き続けて来た、あの囁き達の言うことは正しかったんだ、八剣が言い捨てたように、俺は連中と同じ側の修羅なんだ、って。…………そう、思った…………」

すれば、促されるまま、低く震える声で、途切れさせた話を語って、彼は。

それまで以上に長い話を、又、龍麻へと始めた。