すんなりと、それを教えられたことが意外で。
「…………あのさ、京一。俺は別に、無理にしたくない話を聞き出そうと思ってる訳じゃ……」
戸惑いながら、龍麻は親友を見返した。
「別に、お前に義理立てして、言いたくねえことまで言おうとしてるんじゃねえ。……聞いて欲しいから。ひーちゃん──龍麻、お前にだけは聞いて欲しいと思うから、素直に、洗い浚い白状しようとしてんじゃねえか。……いいから、黙って聞きやがれ。今を逃したら、もう二度とこんな機会はねぇぞ」
言いたくないなら……と、躊躇いを乗せて彼が京一を見遣れば、窺って来るようなその眼差しが、少々気に入らなかったのか京一は、龍麻の頭に手を乗せて、手酷く髪を乱し、黙って聞け、と。
「……じゃあ、黙って聞く。京一が、俺にだけは聞いて欲しいと思うこと、ちゃんと、最後まで聞く」
故に、龍麻は頷いた。
「つーかな。随分と長い話になっちまったけど。実の処、こっから先が本題なんだよ。異形の声に翻弄されて悩んだとか、只の人斬りかも知れないと思い込んで刀が抜けなくなったとか、そっから何処でどうしてたとか。そんなこと別に、今となっちゃどうだっていいんだ」
「…………え? そうなの?」
「ああ。それは、いいんだ。もう、過ぎたことだ、俺の中ではな。だから、本当にしたい話は、そうじゃなくってさ。………………なあ、龍麻。お前、四月に中央公園に花見に行った時。俺とお前の二人きりで、一寸した立ち話したの覚えてるか?」
「うん、覚えてるよ。先月、俺が思い詰めちゃってたあの時も、京一、その時の話してくれたじゃん。俺と友達になりたいって、京一も思ってくれてたって話の時。…………忘れる訳ないよ。それもこれも皆、俺と巡り逢えたからだって、あの時、京一は言ってくれたから。……忘れない」
「……そっか……」
「…………そうだよ。それが、どうかした?」
本当に聞いて欲しいのはここから先だ、と言ったのに、何故か、四月の花見の話を持ち出されて、龍麻は首を傾げた。
「…………ずっとずっと、思ってたことがある。──ガキの頃から、俺は剣術が好きだった。この道しか自分にはないと思ってた。今でも、そう思ってる。だから、『こう』してる。天下無双の『剣』が持ちたい。誰よりも強くなりたい。……俺は、そう思ってる。けど、どうしたら強くなれるのか、判らなかった。本当の意味で強くなる方法が。馬鹿師匠が言ってた、護りたいモノがなければ強くなれない、その意味が、ずっと判らなかった。何を護ればいいのか、何を貫けばいいのか、自分が何を護りたいのか。……判らなかった。今までの俺にとって、護りたいモノなんて、剣の挟持しかなかった。……だから、ホントの俺は、何時だって苛々してた。春が来る度、苛々は募った。何時の日か俺にも、護りたいモノが見付かるんじゃないか、春がやって来たら、そんなモノとの『運命の出逢い』の一つでもあるんじゃないか、って……。でも、そんなモノ見付からなかった。春が来る度、又今年も自分は変われなかった、それを思い知らされるだけだった……」
「そっか……。だから、京一はずっと…………」
「ああ。それを払いたくって、年中無茶ばっかやった。誰の前でも、そんなことこれっぽっちも考えない役回りだけ演じて、毎日過ごしてた。……でも。今年は、お前に逢えた。龍麻、お前と巡り逢った。だから、春を過ごしても、桜を見ても、気分が良かった。……予感がしてた。いいことが起こる予感。……実際、お前は親友になって、相棒になって、誰よりも、何よりも大事な大事な奴になった。お前と、お前の背中を護りたいって思った。…………けどな、今回のことがあって、ああ、そんなんじゃ駄目だ、だから俺は、ちっとも強くなれねえんだって、やっと気付けたんだ」
桜の季節の話から、抱え続けた想いの話を経て、やっと、『五日間』の言葉が京一より出。
「……え? 何で……?」
話は繋がったけれども、駄目とはどういう意味だと、龍麻は傾げたままだった首を、一層傾けた。
只、平凡極まりなく生きて来て、何故こんな『力』が自分にはあるのか、何故自分達は戦って行かなくてはならないのか、そんなこと、少しも見えない己という存在では、京一が抱え続けた苛立ちを消すこと叶い、京一と親友になれた、相棒になれた、誰よりも大事な奴になれた今でも、護りたいと言って貰えた今この時でも、『駄目』なのか、と。
所詮、自分なんかでは……、と。
彼は少し、悲しくなった。
「………………馬鹿。んな顔すんじゃねえよ。お前今、碌でもねえこと考えただろ。……そうじゃねえよ。そうじゃない。今、お前が考えただろうような意味じゃなくってよ。……俺が今言ったことって、間違ってると思わねえ? 順番、逆だろう? ……強くなりたい、唯それだけの為に護るモノが欲しい、なんて。おふざけもいいトコじゃねえか。本末転倒って奴だ。……強くなりたいから護るモノが欲しい、それじゃ駄目だ。命に代えても護りたいモノがある、だから強くなりたい。……そうじゃなきゃ。……多分、そうじゃなきゃ駄目なんだ……。…………そんな簡単なことに、俺はやっと気付けた。今まで、ホントー……に、大馬鹿だったけど。やっと……やっと……」
ほんの少しだけ、龍麻の顔が歪んだのに京一は気付いたのだろう。
困った風な笑みを拵え、ポンポンと親友の頭を叩き、大馬鹿者だった自分は、随分と遠回りをしてしまった……と、ぽつり、零した。
「きょうい──」
「──御免な、龍麻。ホントに、御免。お前のこと護りたいとか、背中護り合いながら戦って行きたいとか、そんなこと言ったくせに、それがどういうことなのかの本当の部分、俺には解ってなかった。御免な……。悪かった……。今までの俺には、お前のことも、お前の背中も、護れてなかったんだと思う。どうしようもなく情けなくって、だらしなくって、御免。……性根、入れ替えるからさ……。今までよりは、もう少しマシになれると思うから。こんなカッコ悪い俺でも、相棒にしといてくれるか……?」
「………………………………狡い……」
軽く頭を叩いていた掌を、するりと頬へ滑らせて、柔からなカーブを描くそこを撫で、窺うように京一に問われ。
ムウっと、龍麻は唇を噛み締める。
「へ? 狡い?」
「そうだよっ。…………京一は、いっつもそうやって、一人っきりで、俺の何歩も先に行っちゃうから……。……相棒にしといてくれるかって、それは俺の科白っ! 俺や皆に、これでもかってくらいの心配掛けた代わりに、一人だけで、そんなに沢山のこと乗り越えちゃって、それ聞かされたこっちは、置いて行かれたような気分なのに、相棒にしといてくれるか、なんて……。狡いよ、そんな科白……。今更みたいに言うことないじゃないか……」
「だぁぁぁっ! だから、んな顔すんなって、何度も言ってんだろーがっ! 俺がお前よりも先進んでるなんてこと、ある訳ねえだろっ。俺は、お前のこと心の底から認めてっから、親友だとか、相棒でいたいとか思うし、こんな、だらしのねぇ話だって、恥忍んで聞かせてんだぞっ! てめぇの周りに、どれだけの人間が集まってると思ってやがる、それだけでも、充分過ぎる程に凄いんだぞ、お前はっ!」
「だけどさ……」
「どうして、そう、何時まで経っても自覚がねぇかな、っとによー……。……言っただろ? あの花見の帰り道! 言っただろうが、俺はっ! 緋勇龍麻、お前にお墨付きをくれてやるって。お前は、歌舞伎町のヤクザ共でも避けて通る、この、蓬莱寺京一様が、背中を護ってやってもいいと思った男だ。この俺が、背中を預けてもいいと思った男だって。自信持てって!」
何処か、知らない街で迷子になってしまった子供のような、不安気な、淋し気な顔を龍麻が作るから、京一は慌てふためき、怒鳴り声で捲し立てた。
「…………あ、久し振りに聞いた、その科白」
「当たり前だ、一回こっきりしか言っちゃいねえ」
すれば、余りにもあっさり、龍麻の表情は常のそれへと戻り。
「……あんた達っ、何時まで騒いでるの! もう寝なさいっ! 明日も学校でしょうがっ!」
世話の焼ける奴……と、京一が肩を落とした丁度そのタイミングで、階下より、彼の母の怒声が響いた。
「……………………あー……。……寝る、か……。お袋、うるせぇし……」
「……うん。叱られちゃったし……」
それを受け、顔を見合わせ、あははー……と、意味無く笑い合い、もう今夜はこのまま済し崩しに寝てしまおうと、二人はモソモソ、それぞれの布団に潜り、電気を消した。
──そんな彼等は翌朝も、京一の母に怒声を飛ばされた。
目覚めたら、別々の布団に寝ていた筈の龍麻が、己のベッドに潜り込んで、剰
……因みに、何故龍麻がそんなことをしたのかの理由は、京一の、真夏の太陽の如くの氣を感じながら、気持ち良く眠りたかったから、だった。