十一月の終わり。二十八日の土曜日。

例によって例の如く、仲間達は、如月骨董品店に集って、宴会を開いた。

十一月が誕生月に当たるさやかと、仲間になったと言うか、皆に寄って集って引き摺り込まれたと言うか、な壬生が、その日の『主賓?』で。

龍麻などは、壬生、ちゃんと来てくれるかなあ、などと、骨董品屋の店先を潜るが潜るまで心配していたが、約束の時間よりも少々遅れた彼等が座敷へ向かえば、そこには、時間通りにやって来ていた壬生の姿があった。

如月か、先に着ていた誰かに言われたのだろう席に着いて、何故か、細い編み棒を握り締めている姿が。

「……………………編み物……?」

「僕は、手芸部だから。卒業制作代わりに、大作を部に寄贈したくて、レース編みをしているだけだよ」

「手芸部ぅぅぅぅぅ!?」

裏の顔を持つ拳武館高校の、一流暗殺者である彼が、編み棒とレースを振り回し、何やらを編み上げて行く、その様。

それがどうにも違和感で、抱えて来たジュースが詰まったスーパーの袋を宴会の支度をしていた舞子達に手渡しつつ、龍麻が眉間に皺を寄せれば、さらっと、所属は手芸部、との答えが壬生より返され、京一の声が引っ繰り返った。

「手芸部……。……俺、手芸部って、女が入るもんだと思ってた…………」

「俺、それよりも、拳武館高校に手芸部があったってことの方が脅威……」

「……ま、まあ、別におかしかぁねえよな。男だって、手芸やる奴ぁやるよな。如月だって、茶道部だし……」

「そ、そうだよね……。色んな部活や同好会があってもいいよね。劉は、ひよこ研究会だしね…………」

衝撃の告白に、座敷の入口に立ち尽くしたまま、京一と龍麻はボソボソ、落ち着く為の意味無い会話を交わし。

「茶道部の、何が悪い?」

「ひよこ研究会だって、悪いもんやないで!」

要らぬ所から、二人は苦情を喰らった。

「…………壬生クン、手芸部なんだ……。ふーーーーん……、そっかあ……。普通の編み物も得意?」

邪魔だから退け、と、如月や劉に二人が蹴っ飛ばされている間に、小蒔はソソソソっと、壬生の傍らに寄って、その手許を覗き込み始めた。

「桜井さん、何か?」

「えっ? いや、そのっ! ……マ、マフラーとか、セーターとかって、編むの、む、難しいのかなあ、なんて思ってさ。えへへっ!」

「何か、編んでみたい、とか?」

「……別に、そんなんじゃないけどっっ」

「………………教えようか?」

明らかに、何やら『思惑』を抱えて壬生の手許をじっと見詰める小蒔に、無表情のまま、見詰められ続けている彼は言って、どうやら、彼女と同じような『思惑』を抱えているらしい桃香やさやかも、こそこそー……っと、二人の周囲に集った。

「桜井が、編み物なあ…………」

それを、少し離れた所から眺め、醍醐はしみじみと呟く。

「来月は、クリスマスだかんなー」

「そうだよねー。桜井さんも、可愛いねえ」

「…………? クリスマスと編み物と、何の関係があるんだ?」

その呟きをからかう風に、やはりしみじみ京一と龍麻が言えば、何のことだ? と、醍醐は唯々、首を傾げた。

「……駄目だ、これは…………」

「醍醐………………」

故に二人は、がっくりと項垂れ。

「クリスマスかあ。クリスマス……。そりゃ、独りぼっちじゃねえ方がいいよなあ……」

チロ……っと、雨紋は少女達が集っている一角へと目を走らせる。

「わいも、そう思うわ。わいの故郷には、クリスマスをどうのこうのなんて習慣あらへんかったけど、日本にいると、やっぱ日本に染まるわ。……デートとか、してみたい思うし……」

と、劉も雨紋に倣ったように、チロ……っと、少女達の方へ視線を送った。

「皆、青春してるねー」

「だなー」

「……青春? 誰が何で?」

「…………如月、お前も醍醐と同じ、野暮天の口か……?」

「京一君、僕は君に、野暮天などと言われたくはない。女性の話しかしない君が、軽過ぎるんだ」

「えっ。京一先輩は、フェミニストなだけですよ!」

「……諸羽、少シ、キョーチノコト、誤解シテマス」

「何でですか、アランさんっ! どうして、そんなこと言うんですかっ。それに、京一先輩は、キョーチじゃなくって京一ですってば!」

何やら言いたげに、切ないような、思い詰めているような、らしくない眼差しを、雨紋と劉が見せる横で、龍麻と京一と如月と霧島とアランは、勝手に酒瓶を脇に置いての宴会を進め。

「えーーーーっ? 駄目よ、駄目! そんなこと言ってちゃ駄目っ! 本命は本命! キープ男は又別だって! クリスマスよ? 年に一度のイベントなのよ? 男共に貢がせなくてどーすんのっ! 女の特権だって!」

どうやら、少女達の方でも始まったらしいクリスマス談義の最中、葵や雛乃が言った某かに対して亜里沙が放った、悲鳴めいた抗議の声が、少年達の会話に被さった。

「………………藤咲っ!」

「……何よ、紫暮」

「俺は、そういうふしだらな考え方には賛同出来んっ! 男女の仲はもっと、清く正しくあるべきだ!」

「仕方無いじゃないかっ。清く正しい男女交際から始めてもいい、って思えるような男がいないんだからっ。大体ね、今日日の女子高生は、お手々繋いでお散歩、なんてことで、恥じらったり出来やしないんだよっ」

「何をぉっ!? いかんっ。そんなことではいかんっ!」

と、亜里沙の主張を聞き咎めた紫暮が、一言物申すべく、すっくと立ち上がり。

「あー……、始まった……」

「しょーがねーな、藤咲も紫暮も……」

「両方共、一寸極端過ぎだもんねー」

「まあなあ……。今時、お手々繋いでお散歩デート、なんての、男も女も願い下げだろうけどよ。だからって、女に貢ぐってのもなあ……」

「あ、やっぱり、それは京一でも嫌なんだ?」

「そりゃそーだろ。貢ぐより、貢がれる方がいいってのが、誰しもの本音じゃねえの?」

「………………因みに、貢がれたことは?」

「……ノーコメント」

「ふぅーーーーーん……。教える気はない、と。面白そうな話だから、訊いてみたかったのに。──…………紫暮ーーーっ! 藤咲さんじゃなくって京一に説教してよ、京一は年上のお姉様に、貢がせるだけ貢がせたことがあるんだってーーーっ!」

「馬鹿っ。ひーちゃんっ! 何言ってんだ、お前っっ!」

「何ぃぃっ? 蓬莱寺、貴様という奴はぁぁぁっ!」

「……違うっっ。違う、一寸待て、誤解だっっ」

比較的、意見がぶつかり易い紫暮と亜里沙の言い争いを止めようと思ったのか、それとも、楽しそうな話を京一がしてくれなかったからか。

ぎゃいのぎゃいのと、何時しか、それぞれの持つ恋愛論のぶつけ合いにまで発展していた二人のそれを遮って、龍麻は『宴会のつまみ』とばかりに、一同の注目の直中へと京一を蹴り込んだ。

「うっわ! 人でなしがここにいる!」

「女を何だと思ってんのかしらね。……今度、大々的にうちの新聞で特集組んであげましょうか? 蓬莱寺京一の、赤裸々なプライベート、って」

すれば、当然食い付き良く、少女達は京一へと噛み付いて、本当にあんたは女にだらしないとか、碌でなしとか、散々っぱら責めた挙げ句、例の『空白の五日間』に絡んだ説教まで始め、それに関する説教ならばと、少年達も皆こぞって、京一を責め立てる輪の中に加わったけれど。

「……だから、てめぇら…………。……ひーちゃん、元はと言えば、お前がいい加減なこと言うからだろうっ! 責任取りやがれっ!」

「…………そりゃ、さっきのあれは本当のことじゃないけど、有り得ない話でもないよなあって、俺は思うけどねー? ……京一はさあ、本当に馬鹿で、学校の成績なんか底辺這ってて、オネーチャンのことしか話さなくて、短気で、直情で、鉄砲玉で、色んなことにだらしなくって、いい加減で、そのくせ、俺達の知らない所で、イケナイ人生経験とかばーっかり積んでてさ」

「……見たのかっ!? お前は見たことがあるのかっ、俺がイケナイ人生経験を積んでる処をぉぉ! 第一、今のはフォローにも何にもなってねえじゃねえか、俺は、この説教地獄の責任を取りやがれっつってんだよっ!」

「本当のこと言っただけ。フォローなんかするつもりないよ。……でも、さ。でも京一は、絶対に、俺や俺達のこと裏切らないから。オネーチャン馬鹿だけど、友情馬鹿でもあるから。許してあげてもいいかなー、って思うかなー」

……フォローになっているんだか、いないんだか、なことを、缶ビール片手に龍麻が言い出したので。

それ以降、京一を襲った説教地獄は去り、宴は、何時も通りの馬鹿騒ぎへと変わって。

夜は、更けた。