──1998年 12月──
十二月が始まったばかりのその日。
放課後のチャイムが鳴ると同時に、「今日も元気に、ラーメンでも喰い行くか!」と京一が席を立った途端、職員室よりの呼び出しが、放送にて掛かった。
彼と、龍麻をセットで呼び出す放送。
なので、俺達何かやらかしたっけ? と、首を捻りながら恐る恐る、担任のマリアの許へと赴けば、三年の二学期も終わろうと言うのに、貴方達二人だけが、進路希望票を提出していない、卒業したら一体どうするつもりなのだと、彼等は、こってり油を搾られた。
「失礼しましたー……」
「……しましたー……」
それは、大学受験を受ける意思も、専門学校等へ進学する意思も、就職する意思も見せない二人を思っての、マリアの愛の説教だったが、うあー……、と二人は、げんなりした顔付きで、漸く解放された職員室を後にする。
「進路、ねえ……」
「どうするんだ、って言われてもね……。……京一は、卒業出来たらどうするの?」
「俺? 俺は、まあその…………考え中と言うか、一応、卒業したらどうしたい、ってのがない訳でもねえけど、もうちっと、意思を固めたいっつーか、何つーか。……ひーちゃんは?」
「似たようなものだよ。俺の頭で入れる学校は少ないよなあ、とか、だからって専門学校とか選ぶのも安易って言うか、入って何するんだ、自分、とか思うし、地元に帰ろうかなあとかも考えるけど、あんな田舎で就職先って言ってもねえ……。公務員とか、銀行員とか、そんなのしか仕事の口はないだろうし。そういう仕事が、向いてるとも思えないし……。でもなー、だからって、フリーターってのもなあ……」
「このまんまじゃいられねえのだけは、確かでさ。何時までも、暢気に高校生やってく訳にゃいかねえって、俺でも判ってっけど。卒業したら、か……」
「……うん。何よりも、卒業出来なきゃ、もう一年高校生だしね。どれもこれも、未だ実感なんて湧かないけど。……それに…………」
「それに?」
「高校を卒業したからって、『この一年の毎日』が終わるって保証は、何処にもないし」
「………………確かに。正体不明な奴との戦いが終わるかどうか、未だ判んねえもんなあ」
多分、自分達がマリアより解放されるのを待ってくれているだろう醍醐達の所へ戻るべく、教室に続く廊下を、ほてほて覇気なく辿りながら、卒業後の進路の話を二人は交わした。
けれどそれは、唯でさえ悩ましい卒業後の進路と、極普通の高校生とは、少しばかり違う日常を送っている自分達の先行きが、何処までも不透明との現実を、二人の頭上に降らせただけで。
至極複雑な表情を浮かべて教室に戻った彼等は、暫し、双方共に口が重かったが、考えてみても始まらない、どうせ、なるようになるさ! と開き直って、こーゆー時は、やっぱりラーメン! と、予定通り、仲間達と共に寄り道をしに出掛けた。
王華でラーメンを食べた後、仲間達と別れ、京一は、珍しく龍麻の家へは寄らず、一人歌舞伎町に向かった。
周囲から呆れ返られる程、彼と彼の親友の友情関係は『濃い』けれど、彼等とて、四六時中共に過ごしている訳ではないし。
帰り掛け、マリアに呼び出されて喰らった説教が頭から離れなかったのもあって、もう一度考え直すか、と。
その夜は一人で過ごすことに、彼は決めたのだ。
……将来に対する思案を、夜の繁華街の雑踏を彷徨いつつしようとする辺り、何処までも彼、だが。
だから、そういう訳で、一人歌舞伎町を彷徨い始めた京一は、足の向くまま気の向くまま、何時しか、学生は余り寄り付かない、治安の宜しくない裏路地へと入り込んで。
「……旦那。そこ行く旦那」
通り抜けようとしたそこで、白い学ランを纏った相手に声を掛けられた。
「あ? 俺か?」
「そうだ、あんただよ。……暇かい? ちょいと、遊んでかねえか? 俺と」
「遊ぶ? ……何だよ、てめえ、こんな所で花札なんかしてやがんのか?」
どう考えても己を呼んでいる声に彼が振り返れば、薄ら無精髭を生やした、本当にこいつは同じ高校生だろうかと疑いたくなるような、良く言えば大人びた、悪く言えば老けている、胡散臭い事この上無い男がそこにおり。
何名か、舎弟風の男共を従えている彼は、路地裏の片隅でやらかしていたらしい『花札遊び』に京一を誘った。
「こんなトコで、そんなコトしてやがんだ。只の遊びじゃ……ねえよな?」
「俺が、そんな乳臭い遊びなんぞ、するように見えるかい? 旦那だって、そんなのは御免だろう?」
「…………まあな。いいぜ、別に。嫌いじゃねえし」
何で、こんな所でそんな博打を、と思わなくはなかったが。
正々堂々、金銭を賭けた勝負を路上でしている以上、『地回り』の者達との話は付いているのだろうと思えたし、京一自身、そういう『悪さ』が嫌いではなかったし、見た目はどうあれ、同年代の相手よりの誘いという気安さも手伝い、少しぐらいならいいか、と。
博打をして、今の気分を晴らすのも手だ、と。
路地裏でのギャンブルに、彼は一口乗った。
……数時間後の、己の運命を知らず。