翌日。

寒さが厳しくなって来た、その日の放課後、黒板の脇の時計を見上げて、小蒔は。

「……京一、とうとう来なかったねえ……。何やってんだか、あの馬鹿。もう直ぐ期末テストだって言うのに」

その日は欠席した友を脳裏に思い描いて、ブチブチと零した。

「最近は、遅刻もせずサボりもせず、真面目に出席してたんだがなあ……」

小蒔の言い分に、確かに……、と頷きながら、どうしたのだろう、と醍醐は腕を組む。

「でも……風邪引いたから休むって、マリア先生に連絡あったそうだし、俺にも、風邪引いたって、朝電話掛けて来てくれたから。ホントに、具合悪いんだよ」

「甘い! ひーちゃん、それは甘い! 京一の奴、昨日はあんなに元気だったじゃないか。又、サボりの虫が騒ぎ出したんだよ、きっとっ」

学校にも自分の所にも、ちゃんと連絡はあったのだから、と、彼の欠席はサボりではないかと疑っている風な二人より、龍麻は京一を庇ったけれど、それは、小蒔によって一蹴された。

「そりゃ、京一は頑丈だけど、風邪くらいは引くんじゃないかなあ……」

「でも、馬鹿は風邪引かないって言うし」

「うん……、まあ、京一、学校の勉強は出来ないけどさ。でも……」

「……ひーちゃん、何でそんなに京一のこと庇うかなあ……。あんまり甘い顔すると、あの馬鹿は付け上がるよ?」

「龍麻君は、京一君と、とても仲が良いものね。庇いたくもなると思うわ」

甘い顔なんかしちゃいけない! と握り拳を固めて力説する小蒔へ、それでも龍麻は弱い異議を申し立て、二人のやり取りを、クスクスと葵は笑った。

「…………そうだねえ……。ひーちゃんと京一って、猛烈仲良いもんね。歪んだ愛? ってからかいたくなるくらい」

「………………桜井さん……。それは、鳥肌立つから止めてくれる……?」

親友の笑いに小蒔は溜息を付き、溜息混じりのその科白に、龍麻は引き攣った笑いを拵え。

「……言いたい放題言ってくれるじゃねえか、小ま、き……ックションっ!」

そこへ、欠席した京一が、ふらっと姿を現した。

………………何故か、夏服で。

「……京一? 何か、変な物でも食べた? 頭に、変な菌でも廻った? 何で、この寒いのに夏服なんか着てんのさっ!?」

「お前、幾ら何でも、その格好はどうかと思うぞ」

「京一君、寒くないの…………?」

熱っぽい顔をしながらくしゃみをしているくせに、夏服、などという格好をしている彼へ、小蒔や醍醐や葵は目を剥き。

「御免、京一。俺でも、その格好はフォロー出来ない…………」

馬鹿過ぎて眩暈がする、と龍麻は、皺の寄った眉間を押さえた。

「しょーがねーだろ、事情があんだよ、事情がっ! っとに……。風邪は引くは、熱は出すは、寝込むは……。碌なこたねえ……」

「あ、本当に具合悪かったんだ」

「嘘吐いてどうすんだよ、小蒔っ。──それよりも、ひーちゃん。お前に頼みがあるんだ。お前を、男と見込んでの頼みだ」

だが、周囲の呆れを蹴散らし、京一は龍麻へと近付くと、その両肩をがっしりと掴んで、真剣に親友の顔を覗き込んだ。

「頼み? あ、だからわざわざ、熱出して寝込んでたのに登校して来たとか?」

「そうだ。……俺の頼み、聞いてくれるか? これから俺と一緒に来てくれ。歌舞伎町に付き合って欲しいんだ」

「別に構わないけど……、って、歌舞伎町? 何で、あんなトコ」

「それはだな…………──

京一の剣幕に、うっ……と思いつつも、頼み事の一つや二つ、引き受けるのは吝かではないと、訳が判らないまま龍麻が頷けば、やっと、京一は事情を語り出して。

「はああ? 身包み剥がされるまで、歌舞伎町の路地裏で花札をやったあ?」

夕べ、王華前で別れた後、京一が辿った運命の経緯を知った龍麻は、素っ頓狂な声を放った。

「……賭けに負けたから、財布から制服から巻き上げられたって? それで風邪引いたんなら、自業自得だよ、京一……」

そうして彼は、己が親友はそこまで馬鹿だったのかと、心底より嘆いたが。

「…………それは、認める。迂闊に賭けに乗った俺も悪いとは思う。……だがなっ!」

京一は、めげなかった。主張は、未だ続いた。

「だが、何……」

「十回勝負やって、五光が三回、四光が二回って、異常だぞ? 有り得ねえ! 絶対、あれはイカサマだっ!」

「……五光と四光って、何? 何で、それだとイカサマ?」

「……………………。……あー、ポーカーで言う処の、ロイヤルストレートフラッシュと、ストレートフラッシュ、みたいなもん……かな」

「あ、それなら判る。……ふーん、なら、確かに異常だよね……」

「だろうっ? そう思うだろっ?」

「でも、それも勝負の内なんじゃ? って言うか、そんなイカサマするような相手と賭けなんかするのが、そもそもいけないよーな」

「ひーちゃん……。んな、身も蓋もない……」

「仕方無いだろ、言いたくもなるよ。……で? その相手に、リベンジしに行くつもりなんだ? 京一。付き合うのはいいけど、俺、賭け事はよく判らないの、知ってるよね?」

続いた熱い主張を、若干の天然ボケと正論で退けつつも、最後は京一の味方をしてしまう龍麻は、賭け事は……、と戸惑い。

「……ああ、成程な。自分の代わりに龍麻に勝負をやらせたいんじゃなくて、そいつのイカサマを、龍麻に見抜いて欲しい訳だ、お前は」

そういうことか、と何やらを会得したように、黙って話を聞いていた醍醐は頷いた。

「え? どういうこと?」

「要するに。花札のイカサマなら、何処かで札の摺り替えが行われているのだろうから、それをお前に見抜いて欲しい、と。……多分、京一の思惑はそんな所だ。龍麻は、俺達の誰よりも動体視力が良いから」

「それって、動体視力云々で何とかなる問題なのかなあ……。でも、まあいいや。騙された京一も馬鹿だなあとは思うけど、イカサマは、やっぱり感心しないしね」

「そうだな。……新宿に、白い学ランが制服の高校はなかった筈だから、他区の学生に、この新宿を荒らされるのは見逃せんし」

頷きながらの醍醐の説明に、そういうことならと、龍麻は腰を浮かせ。

「はーい、はーい! ボクも行く! 面白そうだし!」

「小蒔ったら……」

「でも、葵も行くでしょ?」

「………………そうね。一寸、気になる話だし」

「気になるって、何が?」

「……不思議だと思わない? イカサマまでしてギャンブルをする人が、普通に考えたら、社会人よりも所持金は少ないだろう高校生を選んで、賭け事の話を持ち掛ける、って」

少女達も、それに同行すると言い出し、結局は何時も通り。

彼等はぞろぞろと、学校を後にし、王華で間食をしつつ時間を潰して、日没後、歌舞伎町へと乗り込んだ。