「ぶぇっくしっ……」
「……大丈夫? 京一」
「…………おう……」
──相変らずくしゃみの止められぬ、けれど、学園指定のコートも巻き上げられたが為、軽装でいるしかない京一に、苦笑いを浮かべながら、羽織っているだけならサイズは関係ないだろうと上着を貸してやって、宵の口の歌舞伎町の路地裏を彷徨った龍麻は、あいつだ、と親友が指差した、今宵も路地裏にいた、白い学生服の男を見て。
「うわ……」
思わず、胡散臭い……、と呟いた。
それくらい、眼前に現れた少年は、胡散臭かった。到底、学生には見えなかった。
「……おう。今夜も来たのかい? 懲りないねえ。悪いこたぁ言わねえ。止めときな。旦那、自分で思ってる以上に、博打に熱くなるタイプだぜ?」
「うるせえな。今日、てめえと勝負するのは俺じゃねえ。助っ人だ。てめえのイカサマ、暴いてやる為になっ!」
「…………イカサマ? 俺は生まれてこの方、イカサマだけはしたことねえぜ?」
「冗談きついぜ、それは。あんな勝負があって堪るか、幾ら何でも出来過ぎだろうがっ」
「そう言われてもなあ……。事実なんだから仕方無い」
凄ーーーい、と彼を眺め、龍麻が胸許で小さく拍手を送っている間に、京一と彼との言い合いは始まり、はっ、と彼が気が付いたら。
「まあ、どうしても、俺ともう一度勝負がしたいってなら、受けてやってもいいけどな。そっちが勝てたら、巻き上げた金も制服も、返してやるよ」
「言ったな? 男に二言はねえな?」
「ああ。マジだぜ。その代わり。勝負は花札じゃねえ。別の方法だ。…………それだって、構わねえだろう? え? 蓬莱寺京一?」
「………………てめぇ、何で俺の名前を……」
「さあ、何でかね? ……蓬莱寺、あんただけじゃねえ。緋勇龍麻、醍醐雄矢、美里葵、桜井小蒔。……全員纏めて、掛かって来な。『勝負』、しようじゃねえか」
京一と彼──村雨祇孔と名乗った彼とのやり取りは、思い掛けぬ方へと転がっていた。
どう考えても、今まで戦って来た、異形絡みの『力』を持つ敵とは事情が違いそうだなあ、とは思ったものの。
まあいいか、『勝負』に勝てば、京一が巻き上げられたお金と制服、返してくれるって言うんだしと、言いたいことも訊きたいことも後回しとして、龍麻はさくっと、仲間達と一緒に、村雨とその舎弟達との『勝負』に乗った。
龍麻達と同じ『力』を村雨も持ってはいたが、『力』を持つ者五人対『力』を持つ者一人と『一般人』複数、では、分が悪い以前の問題だったようで、『勝負』も又、さくっと終わりを見た。
「……無謀だったかねえ……」
舎弟達が全て倒され、残るは己一人となり、ヤられるな、と覚悟を決めた瞬間、「『勝負』だよね?」と笑みながら、村雨の鼻先へ突き出した拳をピタリと寸止めした龍麻に言われ、降参、と両手を軽く掲げた村雨は、やれやれと溜息を零す。
「無謀ってことはなかったんじゃねえのか?」
龍麻の右横で、逆刃に刀を構えていた京一は、得物を鞘へと納めつつ、肩を竦めた。
「何が目的なんだか知らねえが、試したかったんだろ? 俺達のこと」
「……まあ、そうだな」
「その目的は果たせたんだろ?」
「…………そうなるな」
「じゃあ、いいじゃねえか。目的達成、万事無事解決って奴だ、あんた的にはな」
決して慰めではない科白を、チン……と得物に音立てさせながら京一が言えば。
「そうだね。こっちは結局、村雨君の思惑に上手いこと乗せられて戦っちゃった訳だし。……で? 何でこんなことを?」
『勝負』は付いたのだから、話を聞かせてよと、渋い顔のままの村雨へ、龍麻は向き直った。
「あんた等揃いも揃って、物分かりがいいんだか、馬鹿なんだか……。……まあいいか。──あんた等に、会って貰いたい奴がいる。どうしても、あんた等に直接会って、したい話があるんだとさ。要するに、俺はそいつの遣い、って訳だ。『勝負』を持ち掛けたのは、そいつに引き合わせるだけの価値があんた等にあるかどうか、俺なりに確かめてみたかった、そいつが理由。……どうだい? 俺のことを信用しろとは言わないが、俺の話は信用して、そいつに会っちゃくれねえか? ……今週土曜、浜離宮恩賜庭園の茶屋前に、午後一時に来てくれ」
何処かおっとりと自分を見詰めて来る龍麻、夕べの勝負のことも、今夜の勝負のことも、もうどうでも良くなったらしい京一、『敵』じゃないなら無問題、と話に耳傾けて来る醍醐や葵や小蒔の五人を、代わる代わる見遣って、村雨は、約束通り、巻き上げた京一の制服や財布を本来の持ち主へと放り投げながら、己が目的を語った。
「ふーん……。土曜日、そこに行けばいいんだ? ……浜離宮恩賜庭園って、何区? 何処?」
「中央区よ。汐留から歩いて行くのが一番近いかしら?」
「公園のお茶屋かあ。……お団子とかあるかな? 早めに行って、ボクお団子食べたいな」
「……桜井、それだと昼食が団子になってしまうんじゃないか?」
「何でもいいけどよ。風邪治んなかったら、行けねえぜ、俺」
何の為に、こんな少々手の込んだことをしたのか村雨が語れば、是とも非とも答えず、五人は好き勝手に言い始め。
「…………あんた等、物分かりがいいんじゃねえんだな。単なる、馬鹿なんだな……」
何なんだ、こいつ等はと、村雨は少しばかり、呆れ顔になった。
「ええーーーっ!? 嘘、もしかしてもう、『騒ぎ』、収まっちゃったのっ?」
──と、そこへ、何故かひょっこり、杏子が姿を見せた。
「アン子? 君、何やってんのさ、こんな所で」
大慌てで駆け付けて来たのか、カメラ片手に息急き切っての登場を果たし、悲鳴を放った彼女へ、小蒔が不思議そうに尋ねれば。
「あんた達が歌舞伎町行ったって話聞いたから、『昨日の続き』が見られるかと思って、取材に来たのよ!」
グッと、握り拳を彼女は固め。
「昨日の続き……?」
「そうよ。夕べの京一の──」
「──何っ? 一寸待て、アン子っ! てめぇ、もしかして夕べ…………」
……まさか、と、冬服を着込み終わった京一は青褪めた。
「ええ、勿論! とっ…………ても美味しい特ダネ写真、撮影させて貰ったわ。今度の真神新聞の一面トップは、京一、あんたの『あの姿』よ。おっほっほっ!」
風邪の所為でなく、顔色が悪くなった彼へ、杏子は至極わざとらしい高笑いをぶつける。
「遠野さん。京一の、『あの姿』って?」
「訊きたいー? 龍麻君。夕べ、この馬鹿はねえ、そこの少年と花札勝負して、負けて、身包み剥がされてねえ」
「……うん、そこまでは知ってる。京一自身から聞いた」
「あら、じゃあ想像付くでしょ? 博打に負けて、身包み剥がされたのよ? で、この馬鹿は風邪引いたのよ? 京一がどんな姿になったのか、察するのは容易ってものよ」
「………………え? 身包み剥がされて、風邪引いて……って……。えええええ、まさか!?」
「その、『まさか』よ、間違いなく。……見物だったわよおお、京一が、セミヌードでこの路地から駆け去ってく姿っ」
青褪めた京一と、上機嫌な杏子の二人を見比べ、何で? と龍麻が尋ねたら、益々勢いを増させた高笑いと共に、彼女は『衝撃の告白』をした。
「京一…………」
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、そこまで…………」
「……京一、お前はもしかして、セミヌードで自宅まで帰ったのか……?」
「京一君、それは、幾ら何でも…………」
余りのことに、龍麻達四人は、あんぐりと馬鹿面を晒し。
「うるせーっ! 黙れ、アン子っ!」
八つ当たりの怒鳴り声を京一が放った時。
もう、その路地裏より、村雨の姿は消えていた。