村雨は消えてしまったけれど、自分達の意向は伝わっただろうし、浜離宮へ行くことには何の異存もないしと、歌舞伎町を離れ、冷えた体と心を温めたいと言い出した京一に付き合い、皆で、再度王華へ寄って、中央公園の向こう側の自宅へ戻る途中。
「……ねえねえ、京一」
押さえ切れない好奇心に駆られ、それまでしていた他愛無い話を龍麻は遮った。
「何だよ、ひーちゃん」
「さっきから、訊きたくってうずうずしてたんだ。でも、皆もいたからマズいかなーって思って、我慢してたんだよ。…………京一、本当は昨日、どうやって歌舞伎町から帰ったの?」
「…………は?」
『秘密』を知りたくて堪らない、と言った感じの、キラキラした瞳、キラキラした顔で龍麻が尋ねて来たことは『それ』で、こいつは一体何を訊きたいんだろうと、京一は首を傾げる。
「だからー。……皆、余りの馬鹿さ加減に呆れて、深く考えなかったみたいだけどさ。幾ら歩いて行けるって言っても、歌舞伎町のど真ん中から京一の家までって、そこそこ距離あるし。二十四時間人の往来が絶えないような所を幾つか抜けなきゃならないからさ。本当にセミヌードで帰ろうとしたんなら、夕べの京一の宿泊先は、新宿署の留置場ってことになっちゃうだろう? でも、そうじゃなかったから。村雨君に身包み剥がされて、パンツ一丁で竹刀袋担がなきゃならない羽目に陥った後、何処に避難したのかなー、って」
が、顔全体から『キラキラビーム』を放ったまま、龍麻は更に親友を問い詰めた。
「…………………………どうだっていいじゃねえか、んなこと」
「えええーー! 何でさ、いいじゃんか、親友の俺にくらい打ち明けてくれてもっ!」
「つーか、ひーちゃん何で、んなこと知りたがりやがる……」
「……いやさあ。京一って、『オネーチャン馬鹿』で通してるだろう? 皆の前では」
「…………馬鹿とは何だ、馬鹿とは」
「事実を言ってるだけだよ。……でもさ。今まで黙ってたけど。案外、それも単なるポーズなんじゃないかなー、って俺は踏んでるんだ。……だってさ、京一って、オネーチャンがー、って言いながらも、見てるだけで満足してる節あるし、ナンパとか行っても何時も本気出さないで、一寸女の子とお喋りしてお茶でも出来ればそれでいいやー、ってノリで終わらせちゃうし、がっついてるようで、実際は全然そんなことないから。もしかして、何処かに好い人でもいるのかなー、とか、ホントに、俺達の知らない所で『大人のお付き合い』とかしてるのかなー、んで以て、夕べの避難先は、そんな『大人のお付き合い』な人の所だったのかなー、とかね、思っちゃうんだよ」
「……で? もしも、本当にそうだったとしたら、どうだってんだ?」
「……やだなあ。そんなの判り切ってるだろう? 俺だって、健全健康な高校男子だから、キョーイチ君が、そーゆーことに実は長けてるなら、色々話聞きたいー、とか、教えて貰いたいー、とか思うのが、人情って奴?」
至極嫌そうな顔付きになった京一へ、何故そんなことを根掘り葉掘り知りたがるのかの理由を龍麻は語って、『キラキラビーム』に、『知的好奇心ビーム』を乗せ、ずいっと詰め寄った。
「………………女の話なら、今までだって、腐る程ひーちゃんとはしたじゃねえか。エロ本の話だって、エロビデオの話だって。……そこで打ち止めだっての、俺の持ちネタなんざ」
「建前はね」
「端っから、信じる気ゼロかよ……。……っとに、しょうがねーなー……」
故に、これは『真相』を知るまで引き下がっては貰えないな、と京一は諦め。
あーだの、うーだの呻きつつ通りを進み、自宅へ帰ることをその日も放棄し、程無くして辿り着いた、勝手知ったる親友のアパートで、未だ冷たいコタツに当たりながら。
「……まあ、ひーちゃんの想像、半分は、当たってなくもない」
淹れて貰った熱いコーヒーを啜りつつ、白状する。
「やっぱりねー……。京一って、開けっぴろげと見せ掛けて、実は秘密主義だもんねー。皆の前では『演技派』だもんねー」
「……別に、隠すつもりはなかったんだけどよ……。タイショーは、女に関してもお堅いし、美里や小蒔には聞かせられねえ話だし。うっかり話して、ひーちゃんにも叱られたら堪んねえなあ、とか思って……」
「何で、俺が叱るのさ。京一の性格なんか、も、嫌って程判ってますー。……で? で? で? 『大人のお付き合い』な人とか、ホントにいるんだ?」
「……いる、っつーか。いた、っつーか……」
「あれ? 過去形」
「まあな……。……そうだな、今年の夏休みが終わって、暫くした頃、か。それくらいまでは続いてた『お姉様』が、二人くらい。あの辺りで、両方共切れて。……他にも、デートくらいなら何時でも、って女も何人かはいたけど、修学旅行前には、誰とも連絡取らなくなった」
「うっわーーー。京一って、正真正銘のタラシ君だったんだ。……でも何で、皆と関係清算?」
「あー……。こっから先を言うと、本気で、女の敵認定されそうだから、あんま言いたくねえけど……。そもそもは、今のお前と同じで、健全健康な少年が持ってて当然の、好奇心とか欲求とかに忠実に従って、って奴でさ、遊べれば別に後はどうでも、だったんだけどよ。何つーか、段々、その。色んなことの捌け口? みたいになったっつーか……。……相手は皆、俺なんか本当だったら相手にもしてくれなさそうな大人の女だったから、割り切った付き合いでも何にも言わない処か、高校生の『ツバメ』って、半ばアクセサリー扱いだったし。……でも、そういうのは、もう止めるか、って思ったから……」
……何で俺は、こんな『恥』を告白してんだかと、苦笑を浮かべつつ京一は、打ち明け話を続けた。
「ふうん…………。心境の変化って奴?」
「そうだな……。そんなトコかな。別に今更、誠実になろうとか、改心したとか、そーゆーんじゃねえけど……。言葉にするなら、女とのことなんざ、どうでも良くなった、ってのが、まあ真相」
「……何で?」
「…………お前と一緒になって遊んだり、馬鹿やったり、戦ってたりする方が、俺ん中で遥かに大きくなったから。……本当に、どうでも良くなっちまったんだよ、女と遊ぶこととか。……こんな話、お前にゃ鬱陶しいことかも知んねえけど。刀を握って、お前と一緒に戦って、お前と背中護り合って……ってのが、今の俺にとっては一番なんだ。それ以外、どうでもいいんだ。正直、東京を護るだの、全ての黒幕と何時かは決着をだの、そんなことも二の次でさ。共に戦う為に、お前を護る為に必要なら、それもするのが当たり前、って程度で。だから……。…………悪りぃな。何だか、本当に鬱陶しい話になっちまった」
「…………………………何か……」
「……ん?」
「…………何か、俺、凄く愛されてる?」
「誤解されるよーな言い回し、すんじゃねえ……」
何時しか飲み終わってしまったコーヒーのマグカップを弄びながら、京一が語った想いを受け、同じく、何時しか飲み終わってしまったコーヒーのマグカップを弄りつつ、龍麻は、あはー、と、重くなり始めた雰囲気を吹き飛ばすような軽い笑いを浮かべて。
そういう言い方は止めろと、京一はペシリ、龍麻の頭を引っ叩いた。