「鬱陶しいなんて、思ったりはしないよ。……うん、俺の中でも、京一とこんな風にしてたり、戦ったり護り合ったりって、一番大きなことだから。但、そういう風に面と向かって言われると、照れるってだけで」

叩かれた頭を自分で撫でて、二杯目のコーヒーを淹れる為に立ったキッチンから戻ってより、ボソソ……っと龍麻も告げた。

「……俺だって、照れ臭ぇよ。何で俺はこんなこと言ってやがんだ、とか思うって。………………でも、本当に、何でなんだろうな……」

薄く薄く、目許を恥ずかしさに赤く染め、京一はそんな龍麻より視線を外す。

「え?」

「……何でなんだろうなあって、思う。俺なりに考えた末、女と別れたけど。俺等、男だろ? どんなに綺麗事並べ立てようと、ぶっちゃけ、『してぇなあ』って欲求は、本能の部分であるだろ? ……向こうは俺のこと、アクセサリー代わりとしてしか見ちゃいなかったし、俺は俺で『捌け口』だったから、本当にお互い様な、でも、清算した方が人としては真っ当な関係を、何で俺はマジで清算したんだろうって、時々、自分でも不思議に思う。どうしようもない関係だったけど、本能の部分の欲求が満たされることだけは確かで、その部分だってお互い様で、互い納得尽くなら、問題があるとは俺には思えない。お前や俺や、他の仲間連中が送ってる『日常たたかい』とは全く関係のねぇ話だし、別れて数ヶ月は経つ今だって、『そういうことしてぇなあ』と思うことはある。なのに何で、『その部分』まで俺は捨てたんだろうな、ってな」

漸く温かくなって来たコタツの中で、靴下を、爪先から引っ張り脱いで素足になって、二杯目のコーヒーもちびちび啜って。

不思議……と、京一は己自身を笑った。

「それは……、俺も不思議。話聞いてるだけでも不思議。でも……何となく解るような。で以て、嬉しいような、怖いような」

「……俺も。解らないなりに解るような、変な気分だな。……よく、ドラマや映画や、漫画なんかであんだろ? 野郎同士の堅い友情とか、相棒同士の強い絆の話とかって。…………あんなこと、現実にあるとは思えなかった。所詮、絵空事だろう? なんてな、馬鹿にしてたけど……今なら、体感出来るってぇか。…………まあ、あれだ。結局、なんんだで俺も、恥ずかしい青春の真っ盛りっつーか。思ってたより遥かに、女より友情の口だったっつーか。……いやー、青臭せぇな!」

「愛情より友情、か……」

何も、自分で自分を馬鹿にする風に笑わなくてもいいのにと、少しばかり口を尖らせながら、『そこが「根本」なんだろうなあ』と、龍麻は頬杖を付く。

「ホント、言葉にすると恥ずかしーねー」

「……止めろ。自分以外の奴に言われっと、例えお前でも、背中が痒くなるくらい、猛烈小っ恥ずかしい……」

「げ・ん・じ・つ。……素直に認めないとね、京一。俺だって、小っ恥ずかしいよ。俺達って、恥ずかしー、とか喚きたいって。…………でも、うん。『仕方の無いこと』なのかな、って俺は思うよ」

「…………『仕方の無いこと』……?」

頬杖を付き、視線を漂わせながらの龍麻の一言は、余り良いとは言えぬ表現で、京一は眉を顰めた。

「ああ、悪い意味じゃなくってさ。言葉にするなら、『仕方の無いこと』って言い方しか、咄嗟には思い付かないけど……。…………あの、さ。俺達が持った『力』のことを、例えば美里さんなんかは、一時期酷く悩んでただろう? それこそ、思い詰めるくらい」

それは一体どういう意味だと、探る風に顔を顰めた彼へ、慌てて龍麻は、貶してる訳じゃないと手を振り。

『力』の話をし出した。

「……? ああ、そうだな。醍醐も、そうだったな」

「うん。……美里さんは九角の事件があったから、醍醐は佐久間の事件があったから、仲間内の誰にもはっきり、二人が『力』のこと悩んでるって判ったけど。……多分、そういうこと、お首にも出さないタイプの皆だって、本当は、悩んだんだと思うんだ。今だって、悩んでるかも知れない。迂闊に口には出来ない事柄だから、学校の友達なんかにも相談出来ないまま」

「………………そう、かもな……」

「……でも、さ。同じ『力』を持ってる者同士──仲間同士でいる分には、そんなこと考えたり、悩んだりしなくてもいい瞬間も多くて、『力』に関する悩みだって相談し合えるし、不安な時は、一緒にいられる。気持ちだって判り合えるし、慰め合ったり、励まし合ったりも出来る。他では共有出来ない部分全て、俺達って、仲間内で共有してる。……だからね。皆に言われるように、俺と京一の関係が『濃い』みたいに、俺達皆の関係も『濃く』って、そうじゃない部分、切り捨てがちなのかも、って、俺は時々思うよ。……それが、良いことなのか、悪いことなのかは俺には判らないし、俺達が『こう』なのは、もうどうしようもないことだから、それを悪いこととは俺には思えないけど。……そういう訳でさ。『仕方の無いこと』なのかなあ、って。……尤も、俺と京一は、皆の中でも特に、なのかもだけどね」

龍麻の始めた、『恥ずかしい自分達』に対する講釈は、『力』のことを経て、そこに落ち着き。

「そういう意味での、『仕方の無いこと』、か……。……そうだな。そうかも知れねえ……。小っ恥ずかしかろうが、濃かろうが、『一人じゃなかった』、それは確かに、救いかも知れねえ……」

思い当たる節があったのだろう、京一は、ああ……、と天井を仰ぎながら、瞼を閉ざし、溜息を零した。

「……ま、でも。『力』を切っ掛けに知り合って、『力』があるから集ったみたいな俺達皆だけど。それは、本当に単なる切っ掛けで、それこそ、俺と京一みたいな、そこから先育んじゃった関係は、自分達の一存って奴なんだろうから、『俺達って恥ずかしいー』、なのは、変わんないけどねー」

──今までもそうだったけれど、最近は頓に、京一と二人きりでいると、どんなに馬鹿な話をしていても、こんな風な会話に辿り着いちゃうな、と。

襲い来た、如何とも例え難い雰囲気を押し返すように、龍麻は弾けんばかりに笑ってみせた。

「もういい。俺は諦めた。たった今、開き直ることに決めた。恥ずかしかろうが、青臭い青春真っ盛りだろうが、端から見たら、俺とお前は濃過ぎる関係だろうが。……いい。それこそ、しょうがねえ。女よりも相棒を取る、嘘臭せぇ物語の主人公達の気持ちも今なら解るし。……俺は、運命なんて言葉信じてねえけど、お前と出逢ったのも、こうなったのも、運命って奴だ。…………女よりも、本能よりも、お前を取っちまったんだ、もう、後は野となれ山となれ、だ。俺の『一番』はお前だってこと、隠しようも、誤摩化しようもねえし」

……だから、だろうか。

天井を仰いだまま、京一も笑い出して。

「…………そーゆーこと、臆面もなく言う京一が、一番恥ずかしいよね……」

体の奥底から湧き上がって来た、どうしようもない気恥ずかしさを逃す風に、コロンと、龍麻はコタツで丸くなった。

「あっ! 処でっ! ……結局、京一、歌舞伎町からどうやって帰ったの?」

「…………………………ひ・み・つ」

丸くなって照れを誤摩化しつつ、この話が始まった原因を思い出して、龍麻は横たわったまま声を張り上げたが。

結局最後まで、京一はそれを教えてはくれなかった。