翌、金曜。
放課後、教室前で偶然行き会った杏子に、『例の写真』のことで脅された京一は、ネガを渡せ、渡さない、の激しい言い合いを彼女と繰り広げた末、未だ燻らせている風邪の菌を急激に体に巡らせてしまったかのように、廊下に柄悪くしゃがみ込みながら、ゲホゲホと咽せた。
「あー、もう……。未だ治ってないのに、大騒ぎするから……」
渋い顔をしつつ、やれやれと、そのやり取りが一段落するまで見学を決め込んでいた龍麻は、親友の背を摩ってやる。
「ホンットに、龍麻君、この馬鹿に優しいわね。放っときなさいよ、風邪引いたのも、今そんな風になってんのも、自業自得なんだから。…………処でね」
一緒になって廊下の片隅にしゃがみ込み、京一の面倒を見始めた彼へ、杏子は少々の呆れをくれ、が、急に声のトーンを変えた。
「何? 遠野さん」
「…………土曜日、行くんでしょ? 浜離宮」
「うん。それが、どうかした?」
「あの、村雨って名前の、派手な学ラン着てた彼。……彼は、敵じゃなさそうだって皆が感じたんなら、あたしは何も言わないけど。でも、気を付けた方がいいかも知れないわよ」
辺りを素早く見回して、声が届く程の近くに野次馬がいないことを確かめると、小声で彼女はそう言う。
「……ゲホっ…………。気を付けろって、何をだ? アン子」
「あら、もう復活したの、京一。流石、体力だけはあるわね。──最近ね、都内中で、男子高校生の行方不明事件が多発してるのよ。あたしも昨日今日で掴んだばかりのネタだし、未だ公に報道はされてないけど、懇意にして貰ってる、某警察署の鑑識の人から聞き出したから、間違いないわ」
「男子高校生の行方不明事件? ……んなの、それこそ腐る程あんだろーが。多感なお年頃の、繊細な男子は多いぞ。行方の一つくらい、晦ましたくなる奴等だっているだろうさ。だからって何で、気を付けなきゃなんねえんだよ」
「馬鹿ね。只の男子高校生連続行方不明事件なら、あたしだって一々こんなこと言わないわよ。……事件扱いされてる、行方不明の子達にはね、一つ、共通点があるの。…………全員がね、今年の春、それぞれの学校に転校して来た、転校生なのよ」
深刻そうに彼女が話したそれを、京一は、そんなこと、と言い捨て掛けたが、彼女は最後に取っておいた『真相』を、何処か劇的に告げて。
「………………え?」
「転校生……? 揃いも揃って……?」
龍麻と京一は、思わず顔を見合わせた。
「だからね、龍麻君。……気を付けた方がいいわ。何でそんな事件が起きてるのか、それは未だ謎だけど。もしも、これも一連の絡みの一つなら、狙われてるのは龍麻君、ってことよ。異形関係の事件に携わってる転校生、なんて、龍麻君だけだもの」
「うん…………。……有り難う、遠野さん」
「どう致しまして。又、詳しいことが判ったら情報入れるわね。……あ、そうそう。ミサちゃんが、あんた達二人のこと探してたわよ。何だか話があるんですって。……って、あああああ! もうこんな時間じゃない、友達と、銀座の個展に行く約束してるのに、京一と言い争いなんかしちゃったからっ。……じゃあねっ、二人共っ!」
「個展? お前がぁ?」
「うるさいわねっ! 柄じゃないとでも言いたいのっ? あんたはどうせ知らないだろうけど、有名な高校生画家、秋月マサキの個展のチケットが手に入ったのよ、あたしだって行くわよっ! ……ああっ、ホントに遅刻ーーーっ!」
が、物騒な情報を二人へと齎し、忠告だけを与えると杏子は、待ち合わせー! と、廊下を駆け出して行ってしまい。
「……………………正直、未だに霊研は苦手なんだけどよ。オカルトも、好きにゃなれねえんだが……。……行くか? 裏密んトコ」
「うん、行く。裏密さん、俺達のこと探してるそうだし、ひょっとしたら、今遠野さんが教えてくれた、事件関係の話かも知れないし……」
「……大丈夫だって。アン子が言ってた行方不明事件の真相がどうだろうと。お前はどうともなったりしねぇよ。皆も付いてるし。お前は強いんだし。俺だって一緒にいんだろ? ……だから、ほら。んな顔すんな」
「…………俺が強いかどうかは兎も角として。……期待してる、京一。……でも……本当に遠野さんが言ってた通り、行方不明になった高校生が、俺と間違われてそんな目に遭ったんだとしたら……」
「今は、考えるな。そうと決まった訳じゃない。お前の所為でもない。……もし、行方不明の連中が、お前と間違われて……だったとしても。だとしたら俺達に出来ることは、そいつ等の仇を取ってやることだ。……違うか? 何も彼も負える程、俺達だって強くねえし、デカくもねえ。俺達の知らない場所で起こっちまったことを、今更俺達にはどうこう出来ない。この先、出来ることをやるだけだ」
「…………そうだね。…………うん、霊研、行こ」
慌ただしく去って行った杏子を見送りながら、廊下の隅に佇んで、龍麻は、不安と苦しみが入り乱れた顔になり、故に京一は、傍目からは何時も通りふざけていると映るだろう仕草で、龍麻の肩をきつく抱いた。
校舎二階の片隅にある霊研の扉を、どうしても拭えない苦手意識が湧き上がらせる生唾をゴクリと飲み込みつつ、空元気で威勢良く、京一が開けば。
「いらっしゃ〜い〜。ひーちゃ〜ん、京一く〜ん〜」
自分達の訪問が判っていたのだろうミサに、彼等は、ニタァっとした笑みで迎えられた。
「お、おう……」
「今、いいかな? 裏密さん。俺達のこと探してたって、遠野さんに聞いたから」
「うん〜〜。アン子ちゃんにそう言えば〜、二人のことだから、きっと来てくれると思って〜」
天然ナース、と仲間達からからかわれることもある、舞子の間延びした喋り方とは又違う、どうしたって異界の者を想像させる、妙にテンポのおかしい何時もの口調でミサは、どうにも落ち着かない素振りの京一と、真顔を作った龍麻に椅子を勧める。
「……話ってな、何だよ」
「アン子ちゃ〜んから〜、男子高校生連続行方不明の話は、聞いた〜?」
「うん、聞いたよ」
「ミサちゃ〜んもね〜、その話聞かされてね〜、判ることがあったら調べて欲しい〜、って言われたの〜。でね〜〜」
大人しく、机を挟んだ彼女の眼前に腰掛けながらも、話は聞きたいが、逃げ出したい、逃げ出したくて堪らないっ! が本音の京一と、ずーーーっと思ってたことだけど、裏密さんは、どうしてこんな喋り方をするんだろう? と、少しピントのずれたことを考えている龍麻の二人を、意味深長にミサは見比べ。
黒いビロードの布で覆われたテーブルの上に、一枚の紙を取り出し乗せた。