件の事件の内の一つが起こった現場に落ちていたというそれを、どうやってか手に入れた杏子より手渡された、とミサは言って。

これは、只の紙切れではなく、呪符だと二人に教えた。

「………………あ。俺、これ知ってる。陰陽道で使う奴だよね?」

見せられた呪符に描かれていた、セーマンドーマン、という名の模様を眺めて、ポン、と龍麻は手を叩く。

「何で、んなこと知ってんだ、ひーちゃん」

「この間読んだ漫画に出てたから」

「漫画かよ……」

「ひーちゃ〜んも〜、そういう漫画、読むのね〜」

彼の知識の出所に、京一は肩を落とし、ミサは笑みを浮かべ。

その刹那に浮かべたそれとは異なる、魔女の如き笑いを湛え直して彼女は、その呪符は、式神という、陰陽師が使役する霊的存在を具現化させる物だと語り、それが現場に落ちていたのだから、今回の事件には、確実に陰陽師が関わっているとも告げ。

「だから〜、気を付けてね〜〜」

かなりの厚みがある為、どんな目許なのか全く他人には窺えない眼鏡の向こう側から、やけに真摯な気配を送って寄越した。

「陰陽師とやらが、この事件に関わってて、で、何で、気を付けろ、になんだよ」

「東京にはね〜、関東より北の陰陽師全てを統べる一族がいる、って噂があるの〜。本当なのか、ミサちゃ〜んも確かめたことないけど〜。平安時代から続く一族で、政財界にも強い影響力があるって噂もあるのね〜。……もしも〜、その一族の誰かが事件に関わってたら〜、大事だよ〜? 皆の『力』だけじゃ解決出来ない〜、『大人と政治の事情』とか持ち出されちゃうかも知れないよ〜? だから〜〜」

どうにも、一から十まで聞き出せばかなり長くなるだろう話の途中を、一切合切省いて、端的に、気を付けろ、とだけ言ったとしか思えぬミサの言葉に、京一はボソっと機嫌悪そうに呟いて、だが彼女は、不気味な笑いを浮かべることと、細やかな『付け足し』のみで、彼の不興を流した。

「……怖いこと言わないでよ、裏密さん。………………ねえ。裏密さんの話って、それだけ?」

「…………そ〜よ〜」

「本当に…………?」

だが、龍麻は何やら思うことあったようで、小首を傾げながら、じっと彼女を見詰め。

「……………………あのね、ひーちゃん」

ミサも又、何やら思うことがあったのか、唐突に、何時もの喋り方を止めた。

「……えっ? は、はいっ!」

「裏密、お前、普通の喋り方も出来んじゃねーか……」

テンポの正しい口調が、彼女の口より洩れたのが余りに意外で、龍麻は思わず姿勢を正し、京一はあんぐりと口を開ける。

「ひーちゃんも、ミサちゃんの占いが百発百中って噂、知ってるでしょう?」

「…………う、うん……」

「でも、ひーちゃんは、京一君が行方不明になった時、京一君の居場所を占って欲しいとは、言い出さなかった」

「……うん…………」

──極普通に喋る裏密ミサ。

それは或る意味、オカルトよりも恐ろしい、と内心で怯えた少年達に、彼女は少々古い話を持ち出し、指摘されたことを受け、龍麻は口籠る。

「……何で?」

「それは………………」

「知るのが怖かったからでしょう? 万が一のことを言われたら、嫌だったからでしょう? ……自分で言うのもおかしいけど、ミサちゃんの占いは、とっても良く当たるよ。ミサちゃんの、京一君のことに関する占いの結果が、万が一のことだったらって、ひーちゃんが信じてくれるくらいには。でもね、あの時それをひーちゃんに訊かれても、ミサちゃんは占わなかったよ。ミサちゃんだって、万が一の結果が出たら嫌だったし、ミサちゃんの占いでだって視えないことはあるし、何よりもね、ひーちゃん」

「…………何?」

「例え、占いや、水晶視の結果がどう出ても、ミサちゃんが何を視ても、その人の運命を全部教えることは出来ないし、教えちゃいけないからだよ。その人の運命を作るのは、その人自身だからだよ。…………だから、ミサちゃんは、今度の事件のことも、全部は誰にも教えない。ミサちゃんに出来るのは、『忠告』程度。……どうしても、ミサちゃんの知ってることを皆に教えなくちゃならなくなったら、その時は話すけど」

口籠った龍麻を、少年二人には窺い知れない眼鏡の向こうの瞳で見詰めて、彼女はそんなことを語った。

「だから〜、気を付けてね〜、二人共〜〜。……あ、そうだ〜。お守り代わりにこれあげる〜〜」

そうして彼女は、護摩符を二人共へ手渡す。

「……有り難う、裏密さん」

「…………悪りぃな、裏密。……お前、何で何時もそうやって、普通に喋んねえんだよ。何で、喋り方戻すんだよ」

「え〜〜、皆と同じ喋り方は〜、ミサちゃん疲れるの〜〜〜」

語られたこと、それを語った彼女、それ等に、どうしても複雑な面持ちを湛えるのを止められはしなかったけれど。

二人は素直にそれを受け取り、礼を告げて立ち上がった。

「京一く〜ん〜」

が、ミサは、出て行こうとした片割れを呼び止める。

「何だよ?」

「………………一緒にいてあげなきゃ、駄目だよ〜〜? 『何』と、引き換えにしても〜」

「……は? 何だって?」

「…………う〜ふ〜ふ〜〜……」

扉を潜る足は止めず、肩に担いだ竹刀袋越しに京一は振り返ったが、思いの外、ミサのその声は低く、上手く聞き取れず。

ああ? と京一は眉を顰めたが、再度の言葉は返らず、何時も通りの彼女の、何時も通りの不気味な笑みだけが、霊研に響いた。