週末。

小蒔のリクエストに従って、村雨との約束の時間よりも早めに、浜離宮恩賜庭園の茶屋へ赴いた龍麻達は、団子と茶の間食をしてより、呼び出した当人と落ち合った。

村雨の通う高校は、中央区にある皇神学園で、そこは、皇族や旧華族が通うことで有名な学校だったから、実の処、先日来より龍麻達の中から完全に消え去っていなかった、『村雨祇孔、イカサマ師説』に、『村雨祇孔、貴族説』が加わったが、元々、持って生まれた運の良さに加えて、今年の春、龍麻達のような『力』に目覚めて以来、驚異的と言える程に、幸運を味方に付けられるようになって、『事情』で、途中から編入することになった皇神学園の編入試験も、運のみで乗り切れた、との、村雨当人の説明により、二つの疑惑は払拭された。

……正直、何処までも信じ難い、というのがそれを聞かされた直後の五人の率直な感想だったが、自分達の『力』も、非常識極まりない、との現実を彼等は思い出したので、以降、村雨に対する引っ掛かりはなくなり。

良い意味でも悪い意味でも、一寸した親近感が湧いて来た彼に連れられるまま、五人は、村雨が連れて来た、天后・芙蓉、という名の女性──その正体は式神だった彼女を案内役に、浜離宮であって、浜離宮でない場所へと導かれた。

──結界の中に創り上げられた、浜離宮であって浜離宮でないそこにて彼等を待っていたのは、村雨と同じ学園に通う、御門清明という陰陽師と、車椅子に乗った、同じく中央区にある、清蓮学院高校三年の、秋月マサキの二人だった。

先日、ミサが言っていた、関東以北を統べる陰陽師一族の、若き当代当主と、やはり先日、杏子が話していた、天才高校生画家として有名な彼。

五人を迎えた御門とマサキは、何で、村雨に自分達を試させてまで会いたがったのか、との龍麻達の質問に驚いて、勝手に『お試し』を行ったらしい村雨を二人掛かりで咎めてから、丁重に──尤も、丁重だったのはマサキだけだが──その非礼を詫び。

わざわざ龍麻達をここまで招いた理由は、今、東京が迎えようとしている危機を伝えたいが為だ、と言い出した。

「今、東京が危機を迎えようとしている、と言われても……」

「……随分前から、危機的状況じゃねえのか? この街」

真剣な顔付きで、この街の危機に関する話を始めた彼等へ、そんな話は今更だと、龍麻と京一は顔を見合わせた。

「…………あ、御免なさい。僕達の言い方が悪かったですね。ええと……、貴方達が今まで遭遇して来た数々の事件の首謀者が、とうとう自ら動き出した、という言い方なら、納得して貰えますか?」

んー? と、不思議そうな顔付きになった二人へ、ならば、とマサキは言い方を変える。

「色々と、不思議に思われていることや、僕達に訊きたいことがあるかと思いますけど。その前に、絵を見て頂きたいんです」

「絵?」

「はい。僕が描いた絵です。……芙蓉」

「御意。──皆様、こちらの絵にございます」

そうしてマサキは、己が後ろに控えていた芙蓉に命じて、一枚の絵を披露させた。

「……え? これって、ボク達……?」

「そうらしいな。……俺達が、戦っている絵のようだが……」

「でも……、この塔は何かしら……。それに、黄金の龍は……」

──見せられた、その絵には。

聳え立つ二つの塔と、塔を背負いながら宙に浮かんでいる風な黄金の龍と、どう見ても、その龍と戦っている最中としか思えない、自分達五人の姿が描かれており。

小蒔も醍醐も葵も、絵を眺めて訝しがった。

「…………秋月家は、『星見』の力を代々有して来た一族です。未来予想、と言えば、貴方達にも理解出来ますか? その力で以て、秋月の者は古の時代より、この国を影で支えてきました。その秋月家の直系であるマサキ様には、人が持って生まれた宿星を見通すことが叶うのです。宿星が伝える、その者の未来を、絵として描くことも」

この絵は一体、何だろう? と、首を捻るだけの彼等へ、マサキに代わって御門が説明を始めた。

「じゃあ、これは……俺達が何時か迎える未来の姿……ってこと?」

「でも……、何で俺達、龍なんかと戦ってんだ?」

絵の示しているのが何なのかは判った、が、何故、龍と、と龍麻と京一は不思議そうに絵を凝視する。

「宿星や、龍脈のことは、貴方達ももうご存知の筈だ。……その絵に描かれているのは、黄龍です。龍脈の力の源の。今まで起こって来た事件の黒幕は、黄龍の力を手に入れ、この東京に、陰──混沌の世界を生み出そうとしている。絵にも現れている、龍命の塔を復活させることによって」

「…………龍命の塔?」

「そうです。龍脈には、所々、龍穴という、龍脈に流れる黄龍の力が吹き出す場所があります。龍命の塔とは、龍脈の力を増幅させ、強制的に龍脈の力を、或る一点──龍穴より引き出す装置のような物で、龍穴と、龍命の塔を手中に収めた者は、永劫の富と栄誉を得ると、古来より言い伝えられています。件の黒幕は、龍命の塔を用いて黄龍を降臨させ、永劫の富や繁栄ではなく、異形のモノ達の世界を手に入れようとしている。…………最近になって頻発し始めた、男子高校生達の連続行方不明事件。あれも、恐らくは、その者の謀の一つです。緋勇龍麻、貴方を抹殺する為の」

「………………………………一寸、タンマ」

マサキの絵に描かれている『未来』、その未来を引き寄せようとしている者の企み、それを、至極淡々と御門が語れば。

苦虫を噛み潰したような顔付きになった京一が、彼の話を遮った。

「何ですか? ……まさかと思いますが、貴方の頭では理解の範囲を超えている、などと言い出すのではないでしょうね。貴方は余り、聡明な風には見えませんし」

「……悪かったな。確かに俺の頭のデキは悪りぃが、しょっちゅう、風水がどうの、龍脈がどうの、宿星がどうの、ってな話ばっかり聞かされてりゃ、いい加減覚えるっての。だから、そうじゃなくてよ。話に付いてけねぇんじゃなくて」

「なら、何です?」

「……『何で』、なんだ?」

「………………は?」

「てめぇも物分かりの悪い奴だな。だから。話は判った。黒幕とやらの企んでることも、お陰様で見えた。異形と戦って来た俺達自身が、最後までケツ持つってのも道理だろうよ。……でも。何で、ひーちゃん──龍麻、なんだ? 何で連中は、片っ端から人を攫ってまで、こいつを潰したい? …………お前等、それも知ってるんじゃねえのか? 俺達がここまで連れて来られたのは、お前等にも俺達と同じ『力』があるから、わざわざこの件に首突っ込んで……って奴かと、今の今まで思ってたが。『それ』を知ってるから、俺達をここへ連れて来た、ってのが本当の処なんだろ? ………………何を知ってる? 何で、黒幕とやらに狙われなきゃならないのが、こいつなんだ?」

マサキと芙蓉以外には、何処となく嫌味な態度、嫌味な物言いがデフォルトらしい御門を向き直って、何時もの、得物入りの竹刀袋で肩を叩く癖を、意識的に大袈裟にしてみせながら、京一は、少しばかり。

剣呑な表情を浮かべた。