「京一…………」
マサキや御門の話は、確かに何かが省略されている風で、内心、説明の全てを納得は出来なかったが、胸中が複雑になり過ぎて、何も言葉が出て来なくなっていた己の気持ちを、代弁するように御門へと言い放った親友が、あからさまに不機嫌になったので。
彼を小声で呼びながら、嬉しいような、これも又複雑なような、と龍麻は、京一の服の裾を引っ張った。
「……何だよ」
「何て言うか……。そういう風に言ってくれるのは、嬉しい……んだけど。それは、俺の科白って言うか……」
「…………あ、悪りぃ。……確かに、俺が文句言うよりも、お前が文句言う方が筋だよな。でも、その……一寸、ムカっと来ちまってよ。先に、一番肝心なトコ語りやがれ、って……」
「まあ、京一らしいけどね……。…………でも、御門君。秋月君。俺も、それを知りたい。……何で、俺なのかな」
御門達へと向けた、剣呑とした雰囲気を綺麗に払ってから親友を見遣った京一は、頭を掻きながら誤摩化し笑いを浮かべ、龍麻はそれに苦笑を返し、改めて御門やマサキを向き直った。
「それは…………──」
だが、龍麻の問いに、マサキが言い淀んだその時。
ビシっ! ……と、何かに皹が入る時のそれに似た、大きな音が周囲には響いて、カア! と、鴉の甲高い鳴き声がし。
「……結界が!?」
「おい、御門っ! てめえ、手抜きしたんじゃねえだろうなっ!」
「マサキ様!」
何者かが己の張った結界に侵入して来たと、強く眉を顰めた御門、己が得物である花札を構えた村雨、マサキを庇う芙蓉、それ等の声が入り乱れ、車椅子の上のマサキを護り、誰かの送り込んで来た鴉の式神の一撃をその身で受けた芙蓉は、和紙で出来た人形──依代へと戻り、鴉の式神は、御門の唱えた呪によって打ち祓われた。
「芙蓉っ!」
「大丈夫ですよ、マサキ様」
「清明、早く芙蓉を元に戻してあげてっ」
「直ちに」
紙切れとなってしまった彼女へ身を乗り出して呼ぶマサキへ、御門は落ち着かせるように言って、新しい依代を懐より取り出し、何やらを唱え、再び、この世の誰にも見遣れる姿を、芙蓉へと与えた。
「おー、芙蓉ちゃん」
「良かった……、芙蓉……」
「本当に。どうなることかと思ったけど、芙蓉さん、無事で良かった……」
ふわり、風のようにこの世へ戻った芙蓉の姿に、間近でそれを見ていた京一とマサキと龍麻は、ほっと胸を撫で下ろす。
「……芙蓉ちゃん、か。芙蓉ちゃんねえ……。俺も、これからそうやって呼んでやろうか?」
例え式神であろうとも、女性は女性、と、にっこり笑いながら、彼女のことを、芙蓉ちゃん、と京一が呼べば、村雨は、クスクスと愉快そうに笑い出し。
「無礼ですよ、村雨」
キッと、彼女は彼を見据え。
放っておけば、端から見たら痴話喧嘩、が始まりそうな雰囲気が、彼等の周囲には漂ったが。
「やーーーーっと、見付けたわぁ。んもう。こんな所にいるなんて、酷いじゃない」
赤い長髪を無意味に掻き上げるのが癖らしい、何処からどう見ても男であるにも拘らず、完璧な女性口調で話す人物の唐突な登場によって、その雰囲気は打ち破られる。
その者の姿は薄らと透けていて、実態でないことは、誰の目にも明らかだった。
「伊周、やはり貴方でしたか。マサキ様にこのような仕打ちをして……。只では済ませませんよ?」
「何よ、一寸した冗談じゃないっ! そんなに怒らなくったっていいじゃないのーっ。──あらっ、しーちゃん、元気ー?」
御門に、明らかに『本気』の眼差しを向けられ、キーキーと、彼──阿師谷伊周
「…………よう、ともちゃん」
が、村雨もさるもの、表情一つ変えず伊周へ言い返した為、異様過ぎる気配が周囲には立ち籠め。
「あっ、いけない。あたしの今日の『本命』は、『彼』なのよーー。やっと見付けたわ。……んもう、パパの占いじゃ、今年の四月に都内の高校に転校して来た男子、としか出なかったから、探し出すの、すんごく苦労しちゃったわ。手当り次第に攫ってみたけど、みーーんな外れで、呆気無く死んじゃうんだもの。でも、やーっと。…… ああもう、嬉しい」
……そんな中でも、決して聞き逃せぬことを、阿師谷はあっさりと告げた。
「えっ……? じゃあ、例の事件の犯人って……」
「あれをやったのは、てめえかっ!?」
「何で……、どうして、罪もない人達を……っ」
呆気無い告白に、龍麻や京一や葵達が、阿師谷を睨むも。
「そんな怖い顔、しないで頂戴。あたし達だってね、別に最初っから殺すつもりじゃなかったのよ。『本物かしらー?』って試したら、そうなっちゃったんだもの、仕方無いじゃない。それくらい一生懸命、緋勇龍麻、貴方のこと探したのよ! ……だから、ねえ。あたしと組まない? 後悔はさせないわよ? うふっ……」
一同の憤りなど何処吹く風で、彼は品まで作り、龍麻に誘いを掛けて来た。
そのような誘いに答える言葉など、持ち合せていない龍麻は、無視を決め込んだが。
「あら、可愛い顔しちゃって、意外とクールなのね。でも、そこが素敵っ」
「うげー……。オカマに素敵って言われたり、つきまとわれても、これっぽっちも嬉しくないよね、ひーちゃん」
「あれにつきまとわれるくらいなら、鬼に襲われた方が未だマシだな……」
「何よっ! あたしは化け物以下だって言いたいのっ? んもうっ! あんたも、一寸良い男じゃなあい? なんて思ったあたしが馬鹿だったわっ!」
「だから、そういう気色の悪りぃことを言うなっ!」
誰にどんな態度を取られても、怯む様子を見せない阿師谷に、結局、小蒔と京一が反応してしまって、再び話は横道に逸れ、その隙に、迎撃の体勢を完璧に整え切っても未だ時間に余りあった御門に呪の一撃を喰らい、阿師谷は逃げ去った。
「んもうっ! ……待ってなさいよ、黄龍の器っ!」
………………捨て台詞の如く、そう言い残して。