────黄龍の器。
……阿師谷が言い捨てた、聞き慣れないその言葉に、龍麻達は、揃って首を傾げた。
「コーリューノウツワ……? 交流、興隆、拘留……。後、何があったっけ、コーリューって」
「……ひーちゃん、劉から、ハリセン片手の教育的指導が入りそうな、ベタなボケかましてんじゃねえ……」
「劉は、俺に教育的指導なんてしないよ。俺のすることなら、多分褒めてくれる。義兄弟の契り、交わした仲だし」
「はあ? 何時の間にそんなもん交わしたんだ?」
「知らない。俺も、この間西新宿のスーパーで行き会った時、そう言われただけ。何時の間にやら、劉の中ではそういうことになったみたい」
「あいつも、よく判んねえ奴だな……。……って、そうじゃなくって! コーリューったら、あの黄龍だろ?」
「うん、多分、そうだと思うんだけど。あんまり考えない方が良いって、俺の細やかな第六感が訴えるから、一寸惚けてみた」
「……惚ける所か? このシチュエーションで惚けるか?」
それは一体、何のこと? と、深く首を傾げたまま、龍麻は少々現実逃避に走ったようで、思い切り、京一にド突かれ。
「…………凄い。京一が突っ込んでる。何時もボケ役なのに」
「小蒔、そこは、感心する所じゃないと思うわ……」
「……と、取り敢えずだな。御門、それに秋月」
下手クソな漫才みたーい、と思わず小蒔は感心し、葵は呆れ、そんな仲間達の尻拭いをする風に、咳払いを一つして、醍醐は御門達へと向き直った。
「どういうことなのか、説明してくれないか?」
「……………………それは、出来ません」
しかし、申し訳なさそうに俯きながらも、きっぱり、マサキはそれを断る。
「僕には、人の持つ宿星が視えます。皆さん全員の宿星も……。でも、それを貴方達に語っていいのは、僕じゃありません。それは、僕の役目じゃないんです。…………西新宿の、白蛾翁──新井龍山先生を、ご存知ですよね? あの方を訪ねて下さい。あの方が、皆さんに全てを話して下さる筈です」
「龍山先生が? 何故だ?」
「龍山先生は、十七年前、皆さんと同じ立場におられた方なんです」
「先生が、俺達と同じ………………」
これ以上は何も語れない己の代わりに、龍山が全てを、とマサキは告げ、己も知らなかった龍山の過去を聞かされた醍醐は、酷く複雑そうな表情を浮かべて黙りこくった。
「…………緋勇さん。貴方や、皆さんのことをこれ以上は告げられない代わりに、僕の話を聞いて貰えませんか?」
沈黙し始めた醍醐より眼差しを外し、マサキは今度は、龍麻を見上げる。
「構わないよ。俺で良ければ……」
送られたその視線が、余りにも切実で、考える間もなく、龍麻は頷いた。
「マサキ様、それは……」
「……いいんだ。僕が話したいと思ったんだから。──有り難うございます、緋勇さん。貴方に、聞いて欲しいと思ったんです。…………もう、昔の話ですけれど。僕は、自分の大事な大事な人が、志半ばで命を落とす『未来』を視てしまいました。……どうしても、嫌だった。何と引き換えにしても、その人を失いたくなかった。だから僕は『力』を使って、その人の『星』──未来を無理矢理にねじ曲げてしまいました……。それ以来、僕の足は動かなくなりました。人の未来を強引に変えてしまった代償に、呪いを受けたから……」
マサキが、龍麻へ何を語ろうとしているのかに気付いて、はっとなった御門は告白を留めようとしたが、マサキは緩く首を振って、どうしても聞いて貰いたいのだと、自身の過去と、体のことを告げる。
「呪い……?」
「呪い、という言い方が悪ければ、そうですね……。天罰、ですね。──天命を全うせずに、その者の命を絶つ凶星。……人の持つ運命の『星』の中には、そういう物もあります。吉星や、凶星や、他にも沢山の星があって、その並びが人の運命を形作り、決めて行くんです。どうしても救いたかった人の為に、僕はその星の並びを無理矢理に変えて、運命を曲げました。だから、凶星に宿る荒神の呪い……いえ、天罰を受けたんです……」
大切な人の死を救った。──何故、それ故に呪いを受けるのだと、納得いかなそうな色を頬に浮かべた龍麻達に、微かに微笑んで、マサキは言い方を変えた。
「天罰って……。だって……」
「宿星によって定められた人の未来の行く先、天の星々の位置、それを無理矢理に変えてしまうということは、古来よりこの国を影で支えて来た秋月家の力を以てしても、容易に叶うことではありません。そもそも、『星』を視る力を持った者が、知ってしまった未来を変えることは許されません。『星』よりの呪いが、足の自由だけで済んだなど、奇跡のようなもの。……あの方の身代わりとなって、マサキ様が命を落としても何の不思議もなかった」
言い方を、呪いより天罰と変えられた処で、納得など龍麻には出来なかった。
そんな彼に、複雑そうな顔で、声で、御門が説明を重ね。
一瞬、その、浜離宮であって浜離宮ではない庭園に、破りようのない沈黙が下りたが。
「……呪い、なんだよね。呪いなら、何時か解ける日だって、来るかも知れない……」
少年としても華奢過ぎるマサキが、唯、ひたすらに微笑むだけの姿を見て、何の慰めにもならないかも知れないと判っていながら、龍麻はぽつりと想いを言葉にしてみた。
「…………そうだよな。あんたがしたことは、大事な奴を護る、それだけだろう? そんなこと、これっぽっちも悪いことじゃねえ。それなのに、呪いだの天罰だのって。んなの、神さんの方が間違ってんだよ。……きっと何時か、その呪いを解く方法だって見付かるさ」
「うんっ。そうだよ。それで呪いだなんて、そんなの何かおかしいよっ」
……これが、励ましになるのか否か、それは判らない、と、龍麻と似たようなことを考えつつも、京一も小蒔も、口々に、マサキへと告げ。
「………………有り難うございます、皆さん。でも。この足が動かないままでいることは、僕にとって、決して辛いことじゃないんです。僕に呪いが掛かったままだということは、その人が、今でも何処かで無事に生きている、その証拠に他ならないから。……………………緋勇さん」
けれどマサキは、唯々微笑みを深め、再び龍麻を見上げる。
「……何かな」
「僕は自分のしたことを、少しも後悔なんてしてません。端から見たら、僕のこの姿は、犠牲とか、身代わりとかに見えるかも知れませんけれど、僕にはそんなつもりもありません。……秋月の家の者として、星々が定めた運命を変えることは、決して、してはならぬこと、と教えられて来ましたから、どうしても、定められた行く末を変えたことに対する疾しさのような物は、消えませんけど。……でも、それでも。──緋勇さん。運命は、変えられるんです。何かを引き換えにしなくてはならないかも知れなくても、運命は、変えられるんです。『未来を知らない』貴方達なら尚更。それだけは、忘れないで下さい」
儚気な。けれど強い光を瞳に宿して。
マサキはその時、真っ直ぐ龍麻を見上げた。
己には告げられぬと言った、彼の『宿星』を教える代わりに。