彼からは何も言われなかったし、自分も何も言わなかった。

だから、済し崩しのまま部屋へも上がり込んでしまったけれど。

やっぱり龍麻は、一人きりになりたかったんじゃないだろうか、と。

訪れた何時もの部屋で、ここ最近のお約束通り真っ直ぐ向かったコタツに当たりながら、先程から考えていたことを、京一はもう一度胸に浮かべた。

──ひーちゃんが、今日の内に龍山のジジイの所へ行かなかったのは、間違いなく、一人で考えたいことがあったからだ。

だったら、俺がここでこうしている訳にゃいかねえ。

…………放っておけば、勝手に物事を深く考え過ぎる癖のある龍麻を一人にしておきたくなかったから、帰り道に下りた沈黙に乗じ、ここまで付いて来たのは本意だが、一人でいることを龍麻が望むなら、と、京一は、己の気持ちと龍麻の気持ちをこっそり秤に掛け、少しだけ時間を潰したら、不自然でないように家に帰ろうと決めたが。

「京一。帰って来たばっかりで悪いんだけどさ。冷蔵庫の中空っぽなの、今になって思い出したんだよね。後で一緒に、スーパー行ってくれない?」

至極当然の素振りで、二人分のインスタントコーヒーを淹れながら、龍麻の方が先手を打った。

「そりゃ、構わねえけど。でもよ……」

「あれ? ひょっとして、今日は家に帰るつもりだった? 明日、日曜だからさ。てっきり泊まってくもんだと思ってたのに」

「………………泊まってって欲しいのか? それとも、俺に気を遣ってるだけか? どっちだ?」

故に、これは真っ向勝負で問い質した方が早い、と、京一は飾る言葉もなく問う。

「……泊まってって欲しい」

「了解。ひーちゃんがそういうつもりなら、俺はそれでいい。でも、いいのか? 考えたいことがあるから、龍山のジジイんトコ行くの、後回しにしたんじゃねえの?」

「うん……、まあ、そうなんだけど。一人で考えてると、ドツボに嵌まりそうだし。かと言って、醍醐は兎も角、美里さんや桜井さんの前で、俺がうんじゃらくんじゃら考え込む姿見せるっていうのは、良くないかなー、って。女の子を不安にさせるのは、男として駄目だなと思うし。……でも、京一が相手ならね。みっともないトコも、泣き喚いたトコも、散々見せちゃったしさ」

「……あー、その部分は確かに、今更だな。お互い」

「そーゆーこと。やっぱ、恥ずかしい青春真っ直中の俺達としては、親友に相談持ち掛けるのが妥当でしょ。だから。悪いけど付き合ってよ」

「スーパーも?」

「勿論。荷物持ちとして」

「態良く、こき使う気だな、俺のこと」

「…………あ、バレた?」

必要でない限り、遠回しなやり方や言い方を好まぬ京一が、ストレートに疑問をぶつけたら、龍麻もストレートに投げ返して、やり取りの最後、二人は声を立てて笑い。

……しかし、一頻り笑った後、龍麻はコタツに当たりながら両膝を抱えた。

「…………京一。正直なこと、ぶちまけてもいい?」

「おう。心置き無くぶちまけろ」

「ぶっちゃけた話、さ。俺、いい加減にしてくれって、喚きたい気分なんだよね。只でさえ判らないことだらけなのに、その上、判らない話ばっかりされてさ。…………そりゃ、判ったことも沢山あるよ。俺達の『力』は、蚩尤旗しゆうきとかいう歴史の変革期を引き起こす星が空に現れて、その所為で活性化した龍脈に与えられた物だ、とか。だから、龍脈の力を有する俺達が、全ての決着を付けなきゃならない、とか。そういうのは、秋月君や、御門達が教えてくれた」

「……ああ。んなことも言ってたっけな、連中」

「今回の阿師谷との件で、活性化した龍脈の力を手に入れようと企んでる奴がいるってはっきりしたし、今までに起こった異形絡みの事件全て、そいつが仕組んだことだってのも判った。現れた蚩尤旗が司る歴史の変革の『時期』と、龍脈っていう『力』を手に入れて、歴史も世界も何も彼も思い通りにしようとしてるそいつを、どうしたって見逃す訳にはいかない、って話には素直に頷けるし、そいつとの対決をって言うのも、京一が言ってた通り、今まで戦って来たのは俺達なんだから、俺達自身が最後までって、俺だって思う。そんなこと出来るのかって思わなくもないけど、そいつが降臨させてしまうかも知れない黄龍……大地の力、龍脈の力の源、そんな存在とも戦わなきゃならないかもっていうのだって、納得。……でも…………」

コタツ布団の中で抱えた両膝の上に、ちょこんと顎を乗せながら、機嫌を損ねている風に龍麻は捲し立て、ふと言い淀み、睨んでいるかのように、京一を見遣った。

「……でも? 何だよ」

「こういう言い方は、間違ってるって判ってるよ。判ってるけど。……でも、『それだけ』のことなら、『それ』で、『はい、お終い』じゃないか。そういうことを企んでるそいつを何としてでも探し出して、戦うなり何なりして、そいつのしようとしてること、阻止すればいいだけのことじゃないか。……じゃあ、『黄龍の器』って、何なんだよ。どう考えたって、それは俺のことなんだろう? ……『黄龍の器』な、俺は何? 俺はこの戦いで、何をしなきゃならない? 何の為に俺はここにいる? 俺の『力』って、何? ………………京一。……俺は一体、『何』? 俺は、何なんだろう…………」

「……おい。一寸落ち着け」

「充分落ち着いてるってば。心置き無くぶちまけろって、京一が言ってくれたから、そうしてるだけっ。……全ての答えは、龍山さんが教えてくれる、そんなことは判ってる。気になるんだったら、今直ぐにでも龍山さんの所に行けばいい。でも……でも、さ。でも…………っ。本当のことが知りたくない訳じゃないけどっ。確実に不吉じゃん、『黄龍の器』なんてっ。言葉からして異常だって。『あの』、黄龍の器だよ。う・つ・わ。器ったら容れ物じゃないか。俺ん中に、黄龍の何かを入れろとでも言うのかって、文句の一つも言いたくなる……。………………京一。俺は本当に、何なんだろう……。何なのか、正体も見えない俺の『部分』に、振り回されるのなんか嫌だ……。俺の中の『何かの部分』の所為で、誰かが不幸になるのも嫌だ……。俺は、どうしたらいいんだろう…………」

強く京一を見詰めながらの龍麻の言葉は、強くなったり弱くなったりの繰り返しで、酷く安定しておらず。

「ひーちゃん。ドツボ。ドツボまっしぐら」

黙って耳を貸していた京一は、溜息を零した。

「………………ドツボ?」

「ドツボ。目一杯」

「そっか…………」

両のこめかみを押さえつつ、深い溜息を吐く親友の弁に、龍麻はあからさまに落ち込む。

「……気持ちは判る。考えるな、とも言わねえし、言えねえ。でもな。思い詰めねえ方がいいぞ?」

だから、京一はそんな彼へと、すっと手を伸ばした。