コタツ布団の中で抱えた両膝の上に、ぐいっと顔を埋めてしまった龍麻へと手を伸ばし、ぐちゃぐちゃになるまで髪を乱してやれば、ボソボソっと、何やらが龍麻の口からは洩れた。

それは結局聞き取れなかったけれど、拾えても拾えずとも構わないような、本当に細やかな呟きだったのには間違いなさそうで、敢えて聞き直すことはせず。

「……ひーちゃん。てめぇの中に、てめぇでも判らない『部分』がある、ってのは、酷く不安なことなんだろうな。『部分』でしかないのに、その判らない『部分』が、自分の全てになっちまったみたいにも、思えんだろうな。……でも、俺の身勝手を言ってもいいなら。俺は、お前の、お前でも判らない『部分』が何だろうと、どうだっていいぜ。お前の正体が何だろうと、俺は構わない。例えは悪りぃが、それこそ、ヒトならざるモノだったとしても、だ。……お前はお前だ。俺の親友で、相棒で、大事な奴だ。……それに変わりはねえだろう? だったら、俺はそれでいい」

京一は、自分の想いだけを告げた。

「……例え、龍山さんに何を教えられても? それこそ、ヒトならざるモノでも? ……ううん、ヒトならざるモノなんか通り越してても? 正体を教えられても尚、正体不明なモノだったとしても? それでも、京一はそんな風に言えるんだ? 『黄龍の器』とかな所為で、何時か俺が、俺でなくなっても?」

与えられた京一の想いに。

龍麻は、髪を掻き回していた彼の手を払い除けて、バッと身を起こし、捲し立て始める。

「何処まで行ったって、お前はお前だ。何時か、何かがどうにかなろうと、お前は何処までも、緋勇龍麻だろ? んなことで、俺は変わりゃしねえよ。それにな。もしも、だぜ? もしも万が一、何かの弾みでお前がお前じゃなくなるようなことがあったら、ぶん殴ってでも、俺が引き摺り戻してやるから、心配すんな」

──自分を見据えて来る、普段は強い光を宿す、黒い瞳が揺れているのを見て。

大抵はおっとりとした風情を漂わせている、けれど戦いの時だけは、同性ながら見惚れる程に引き締まる面が、不安に塗り潰されているのを眺めて。

普段の面同様、常ならば、十七、八の少年にしては大人しめな抑揚の、口調の声が、酷く切羽詰まっているのを聞いて。

明るい声で語りながら京一は、払われた腕を再び伸ばし、ひたすら、龍麻の頭を撫で続けた。

彼と、初めて出逢った日の朝を、胸の底で思い出しながら。

………………あの、朝。

龍麻が転校して来た日の朝。

己に与えられた席へと着く為、自分の脇を通り過ぎて行った龍麻からは、探らずとも感じられる、一般的な人間の氣とは少しばかり違う氣を感じた。

だから、興味を持った。

他人と違う氣を人が持ち得る理由、それは幾つかあるけれど、彼は、その幾つかの理由のどれに当て嵌まるのだろう、と。

……そんな『興味』は、直ぐに龍麻当人への純粋な興味へと移り変わって、その直後から立て続けに起こった事件の所為で、あの刹那のことなど、忘却の彼方だったが。

…………………………そう。

あの時、自分は確かに考えた。心の何処かで。

人が、他人と違う氣を持ち得る幾つかの理由、その一つは、その者が、ヒトに非ざるから、と。

……心の何処かで。そよ風に撫でられた水面程度、酷く細やかに、確かに考えた。

そんなこと、有り得る筈も無いから、そう考えたことにすら、己は気付かなかったけれど。

でも、もしかしたら。

それが、『全ての始まり』だったのかも知れない。

自分と彼が、今、二人きりでこうしていることの。

自分達の関係を、こう育んで来たことの。

…………その、答えも。あの刹那感じた、『興味』の答えも。

あれより数ヶ月が経った今、やっと、降って来たのかも知れない。

………………けれど。

本当に、そうだったとして。そんな答えが、正解だったとして。

それが、何だと言うのだろう。どれ程のことだと言うのだろう。

ヒトならざるモノが。黄龍の器が。

如何程のことだと言うのだろう。

……龍麻は龍麻だ。何処までも行っても。たった今、彼に己自身が告げた通り。

龍麻は、緋勇龍麻以外の、何者でもない。

人ならざるモノだったとしても。黄龍の器でも。

彼は、何処までも彼で。

そして、己の親友であり、相棒であり。

何よりも、誰よりも大事な大事な奴だ。

生涯、肩を並べて戦える、血の繋がりよりも濃い、戦友の如くな。

──────龍麻を眺めながら。あの朝を思い出しながら。

唯ひたすら、彼の黒髪を撫でつつ、京一は、己が想いを噛み締めた。

酷く深く。強く。噛み締めた。

「京一…………」

「……あ、でもな。俺には、劉みたいな力はないからよ。お前も自分自身で、踏ん張れるトコまで踏ん張れよ? 俺にゃ、それこそ、お前をぶん殴るくらいしか、方法、思い付かねえからな。お前だって、痛ぇのは御免だろ? 結構効くんだぜ? 峰打ちってのも」

何時まで経っても、ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜること止めない京一へ、龍麻が窺うような目線を向け始めても。

内心の全てを綺麗に覆い隠したまま、見詰めて来る瞳へ京一は、にっこり、鮮やかな笑みだけを映してやった。

「…………………………もう一つだけ、ある」

すれば龍麻は、頭に乗せられた京一の手を取って、ぽつり、訴える。

「あ?」

「『これ』。京一の、氣。……京一の氣だったら、絶対に読み違えない自信ある。何処にいても判る自信もある。だから、京一の氣の場所が判れば──京一の場所が判れば、何処からでも俺は帰って来られる、多分。…………殴られるのは、俺だって痛いからヤだ。京一の、手加減なしの峰打ちなんかまともに喰らったら、骨折れる。そういう引き戻され方がいい」

「…………ぶん殴った方が、手っ取り早い気が」

「横着者。面倒臭がり屋」

「……お前は、どうして何時も、一言多いかね……。……ま、どうしてもそっちの方がいいってなら、考慮してやる」

「うん。その方がいい。………………何が遭っても、何処まで行っても、俺は俺なら。京一が、そう言ってくれるなら。何を知っても、俺が『何』でも、何となく、何とかなるような気がして来た。…………うん。俺も、踏ん張れる所までは、自分で踏ん張る。……御免、京一。有り難う……」

「…………気にすんな。礼も言うな」

ぎゅっと、取った親友の手を両手で握り込んで。

『これ』があれば。『真夏の太陽の如き氣』があれば。

何がどうなっても、何処からでも帰って来られると、龍麻は、京一の氣、その物に触れようとしているかのように指先を動かしつつ、真剣な声を絞った。

だから、握り込まれた手はそのままに。

──おっしゃ! スーパーに、買い出し行こうぜ! 明日は折角の日曜だ。とっとと飯喰って、風呂入って寝て、明日は一日、何処かでパーっと遊ぶぞ、ひーちゃん!」

ほら、と、龍麻を引き摺る風に立ち上がると、京一は、空いた片手で、床の上に放り投げたままだった上着を掴んだ。