マリア・アルカードと、犬神杜人の態度に関する答えが出ぬまま、その週の週末は終わった。
結局、放課後の授業より、少年達が逃れることは一日とて叶わず、真神だけでなく、如月達の学校も似たような時期に期末テストが行われるとの事情もあり、翌日からテスト期間が始まるのに、ふらふらと出歩くことは許さない、との保護者を持つ者もあり。
過酷な放課後より解放される日曜となっても、彼等は中央公園へ赴くことが出来なかった。
やはり、全員揃って話を聞きたい、との想いは確かだったから。
故に、彼等が辿って来た『戦いの日常』という意味の上では、一週間もの時間が無駄に費やされ。
学期末テストその他が襲い来た次の一週間も、ひたすら無駄に費やされ。
漸く、中央公園へ行ける、との目処が立ったのは、十二月二十日、日曜だった。
「……なあ、ひーちゃん」
──如月達に、今度こそ中央公園へ行こうと連絡を付けた、土曜の終わり。
十日振りに転がり込んだ龍麻の部屋で、天板の上に顎を乗せるというだらしない姿でコタツに当りつつも、京一は至極真面目腐った表情を拵えた。
「んー?」
「考え過ぎかもしんねえけどよ。マリアせんせーと犬神の、例のアレ。……俺にはどうにも、マリアせんせーは、俺達を道心に会わせたくなくて仕方無かったんじゃないか、って思えてならねえんだ。逆に犬神は、俺達を一刻も早く道心に会わせたかったんじゃねえか、って」
「……何で、京一はそう思う?」
「それしか、心当たりがねえから。俺達の卒業が云々って、ありゃあ絶対建前だ。そうっすと、理由なんか限られてくんだろ?」
「まあね。……でも、マリア先生や犬神先生が、俺達が関わってることを、そこまで具体的に知ってるとは思えないよ、俺には。そりゃ、マリア先生も犬神先生も、何となく、何処か、おかしなって言うか、不思議な所あるけどさ。それに、もしもあの二人が、俺達のそういう部分を知ってたとしてもだよ? 何で、あの二人がそんなことするのか、理由が判んないし」
「まあな……。結局俺達ゃ、何が遭っても明日には、中央公園へ行くしな」
「うん。京一の言う通り、マリア先生がそうなんだとしても、遅かれ早かれの違いにしかならないしね。……でも、本当に何だったんだろ。あれのお陰で、今回は休み中の補習、受けなくて済みそうだけどね」
「判んね。あの二人の氣も、何となくおかしいのだけは確かだけどよ。俺達みたいな『力』が、って様子でもねえし。今んトコ例外無く、『力』を持つのは高校生だしな。…………ま、俺も今回ばかりは、補習組から足抜け出来そうだけど」
「その勢いで、中国語も勉強しないとねー」
「……それを言うなっつーの。──ちくしょー、俺はラテン民族じゃねえぞ、こんな、巻き舌発音なんざ出来っかーーーー!」
態度は兎も角、瞳の色と表情は真剣な京一に、言いたいことも、言いたい気持ちも判るけど、どうしたって『理由』が見えないと龍麻は肩を竦め、話を打ち切る代わりに、帰り掛け寄った本屋で買い求めた、『簡単! 中国語会話入門』なる本を、ぽいっと京一の前に放り投げ、投げられたそれのページを繰った京一は、中味に目を通し始めて直ぐ、キィィィ! と喚いた。
「将来の為。……ひたすら、将来の為」
定番通り、二人分のインスタントコーヒーを淹れ、コンビニで買って来た袋菓子も開きつつ、この場で考えたとて答えの出ぬ謎を遠く押しやり、龍麻は、喚き続ける京一の隣に腰下ろして、頭を付けるようにし、嫌われつつも閉じられることはない教本を覗き込んだ。
『黄龍の器』の謎も、自分達の『宿星』の謎も、明日にならなければ見えないけれど。
確かに、将来を──将来だけを見据えて。
期末テストを終えたばかりだと言うのに、二人は夜遅くまで、教本の中に踊る、異国の言葉と戦い続けた。
翌、日曜。
そろそろ夕刻になろうかという頃、新宿駅で待ち合わせた総勢八人の仲間達は、ゾロゾロ、新宿中央公園へと向かった。
行く先は休日の公園、昼日中では色々と目立ち過ぎるだろうと、そんな時間に落ち合った皆は、最初の内こそ他愛無い話をしていたものの。
どうしたって、話はやがて、黄龍や龍脈のこと、そして四神のことへと移り、視界に、公園の芝が飛び込んで来るようになった頃には、彼等を包む雰囲気は、少々重たくなっていた。
「……さて、と。何処にいやがんだ、生臭坊主はよ」
──彼等のそんな雰囲気を塗り替えて来たのは、何時だって京一で。
今回も、その役目を買って出た彼は、『てるてる坊主』の歌の節に合わせて、「生臭坊主ー、破壊僧ー」と歌いながら、公園内を行き始める。
「聞かれたら、殴られると思うけどなー、その歌」
「そうか? 我ながら、いい出来の替歌だと思うけどな」
どういう替歌だ、と皆が苦笑を浮かべる中、龍麻は彼の後に続き、キョロキョロ、辺りを見回した。
「道心さんは、公園に住んでる、って、龍山さん、言ってたよね。それって要するにさ……」
「……その、要するに、だな。確実に。だけどよー、そんな奴、この公園で見掛けたことねえぞ?」
「うーーーん……。どんな人なのか、見た目くらい聞いとくんだったな、龍山さんに……」
「今更、遅いだろ。……『こっち』も、遅いみてぇだけどな」
「だね……。幾ら夕方だからって、この公園が、こんなに人少ない訳ない」
仲間達を引き連れる格好で、公園の中央辺りまでホテホテ進み、ふと、周囲の異変に気付いた二人は、直ぐ後ろの彼等を振り返った。
……少年達は皆、異変に気付いたようで。少女達は、何処となく不安そうにしていた。
「でも……嫌な気配のする場所じゃないわ……」
「うん。マリィもそんな気がする。どっちかって言えば、気持ちいいよ」
「そうだね。お寺の中みたいな、そんな感じ」
しかし、不安そうにしていた少女達が、口々に、「ここ平気だ」と言いながら、警戒を解き始めた。
「ああ、言われてみれば、確かに……」
「デスネ……。風モ悪クナイデス」
「身構え過ぎか……」
彼女等の『感想』を受け、如月やアランや醍醐は、苦笑を浮かべる。
「……何だ、何だ。野郎共よりも、嬢ちゃん達の方が、よっぽど使えそうじゃねえか」
──…………と。
人の気配の消えた、何時も通りの中央公園ではなくなっているらしい中央公園の、それまで、全く人の気配などなかった一角より、唐突に声が沸き上がり。
彼等は一斉に、声の主を振り返った。