振り返った先にいたのは、サイケデリックと例えるのが最も妥当かと思えるような、これが坊主だと言うのなら、世も末だ、と言いたくなる出で立ちの老人だった。

首から下げている大玉の数珠が唯一、彼が僧侶であることを思わせる品で、その部分以外は全て、変人であるが故に、社会との関わりを自ら断った人物の如くだった。

「あの……、楢崎道心さん、ですか……?」

呆気に取られながらも、そんな彼へと、ソロソロ、龍麻が声を掛けた。

「おう。……お前、緋勇龍麻だろ?」

「……はい。…………あの、何で俺のこと……? あ、龍山さんから、俺達のこと聞かれてた、とか?」

「まさか。何で、俺が一々、あの野郎の話を聞かなきゃならない? これだけ東京中が騒がしけりゃ、こんな俺の耳にだって、噂の一つくらい入ってくらぁな。…………で? 弦麻の息子が、俺に何の用だ? この東京の騒ぎを鎮める協力でもしてくれ、とか何とか、言いに来たか?」

窺うように名を問うた彼へ、道心は、ケラケラと人を喰ったように笑って、余り趣味が良いとは言えぬその笑いを浮かべたまま、面倒臭そうに、単刀直入なことを言った。

「え? あ、えーと……。協力して頂けるなら、して頂きたいですし……。色々と、教えて頂けると嬉しいんですけど……」

「教える、ねえ…………。……何で、俺がそんなことしなくちゃならねえんだ?」

「は? …………何で、と言われても……。んーと……。……俺達皆、今年の春から今まで、異形のモノと戦って来ましたけど、俺達の本当の敵が誰なのかとか、黄龍の器が何なのかとか、俺達自身の宿星はどんな物なのかとか、そういうこと、未だに判らないんです。だから、それを知りたくて、ここを訪ねたんです。……十七年前、俺の父さん達と一緒に戦った貴方が、このことを、一番詳しく説明出来るって、龍山さんに言われて。だから……」

全ての事情は判っていると言わんばかりに道心が話を進めるので、黙っていても、自分達の知りたいことを教えて貰えるのだろうと、そう高を括っていたのに。

何で、そんなことを、と至極嫌そうに言われ、龍麻が戸惑いながら理由を語れば。

「…………ヤだね。断らぁ、んな鬱陶しいこと」

何処までも、人を喰ったように笑んだまま、ケロっと道心はそっぽを向いた。

「……おい、ジジイ! 何でなんだよっ。何が気に喰わねえってんだよっ! あんただって、十七年前に、こいつの親父さんと一緒に戦った『宿星の者』なんだろうっ? 緋勇弦麻と共に、先陣切って戦ったのはあんただって、龍山のジジイはそう言ってたぜ? なのに何で、んなこと言いやがるっ。勿体ぶってやがんのかっ?」

彼のその態度に、真っ先にキレたのは、例のことながら京一だった。

肩に担いでいた竹刀袋を、ビュっと道心の鼻先に突き付けて、彼は怒鳴る。

「…………小僧。お前、あの剣術馬鹿の弟子だろ? 師弟揃って、似たような性格してやがんなあ……。暑苦しい事この上ねえ」

「あの馬鹿シショーと、俺を一緒にすんじゃねえよ」

「そういう処が、『馬鹿シショー』にそっくりだって、判らねえか? このクソガキ。──…………お前等な。俺が何で、こんな所で、こんな結界張り巡らせて生きてると思ってやがる。言ったろう? これだけ東京中が騒がしければ、俺の耳にだって、噂の一つくらい入って来ると。この街で、今起こっていることも。この街の『今』も」

「だったら──

──黙って、人の話を最後まで聞きやがれ、剣術馬鹿の馬鹿弟子。……ああ。龍山の野郎が言った通り、十七年前、俺は、あいつ等や弦麻と共に『凶星の者』と戦ったさ。それこそ、先陣切ってな。……だが、結果はお前達も知っての通りだ。俺達に出来たことは、弦麻唯一人を犠牲にして、『凶星の者』を封印することだけだった。…………あれから、十七年、経った。十七年だ。あいつが死んで、十七年。あの薄情者が残した一粒種の赤ん坊が、こんなにデカい小僧になる程の歳月だ、十七年ったらな。……なのに、この街はどうよ。世界はどうよ? 十七年経とうが、何も変わっちゃいねえ。寧ろ、あの頃より悪くなる一方だ。世俗なんてモンを捨てて、こんな場所のこんな結界の中で、気侭にその日暮らしをして行きたくなるくらいに。…………こんなものが、弦麻が命を懸けてまで、護りたかった世界なのか? これが、あいつの命と引き換えの『明日』か? それは、今尚、護る価値のあるものか? お前等みたいなガキ共が、命張って戦うだけのモンか? 俺が、お前等に手を貸してやらなけりゃならないようなモンなのか?」

突き付けられた竹刀袋の中味を、フン、と鼻で笑って、誰に向かって、なのか……道心は吐き捨てるように告げた。

その面は相変らず、嫌味なまでに笑んでいたけれど、確かに苦渋が織り混ざっていると、龍麻には判り。

「……そんなこと、俺達にだって判りません」

ああ、この人も又、後悔ばかりを、と彼は、道心を真っ直ぐ見詰めた。

「判らねえのに、異形なんかと戦ってんのか?」

「そういう意味じゃなくて……。街がどうのとか、世界がどうのとか、そういうことは、俺にも判りません。俺がこうしてる理由は、唯、大事なモノを護りたいからです。街がどうとか、世界がどうとかじゃないんです。この街を護りたいのは、大事な人達が住んでる街だから。……少なくとも、俺が抱えてる理由なんて、そんな風な、とっても『狭い』ことです。俺達自身が戦って来たんだから、最後まで、俺達の手でって、そう思うだけで……」

「………………だから、『黄龍の器』のことも、知りたいってか」

「……正直、知りたくないですよ。そんな、言葉からして異常なモノのことなんて。でも、それを知らなくちゃ、大事なモノも、変わることない日常も、やって来る筈って、当たり前のように思える明日も護れないなら、知るだけです。……俺は、俺にとっての大事なモノを護りたいんです。俺には、何が遭っても俺は俺だって、そう言ってくれる人もいますから」

「………………………………馬鹿の息子は、やっぱり馬鹿か……。あの馬鹿そっくりの馬鹿だ。っとに、仕方ねえなあ……。……俺にはもう、十七年前と同じことは出来ねえし、今度の戦いは、お前等の戦いだ。だから、協力はしねえが、話はしてやる。俺の代わりに、うちの居候も貸してやる」

にこっと笑いながら、自分の中にはそれだけしかないのだと、そう言い切った龍麻の面をじっと眺め、軽い溜息を零すと道心は、やれやれとその場に胡座を掻いて、直ぐ近くの茂みを振り返った。

「居候?」

「出て来い、弦月」

「弦月……? え、劉?」

茂みの中へと道心が呼び掛けた名は、自分達もよく知るもので。

「………………今日も、別嬪さんやなー、アニキ」

ガサガサと物音を立てながら、へらっと誤摩化し笑いを浮かべつつ登場した劉に、龍麻達は目を瞠る。

「何で、劉が、道心さんの処の居候……?」

「まあまあ。その話は後でもええやろ? 道心のじいちゃんの話、聞こうやないか。……な? アニキ」

だが劉は、しきりに訝しがる仲間達より気拙そうに視線を外して、一先ずは道心の話をと、龍麻達を促した。