劉の両腕をふん捕まえてでも、訊きたいこと、問い詰めたいこと、様々あったが、確かに、物事の解決は一つ一つ、と彼等は、道心の話に今は耳傾けること優先した。

──道心が語ってくれた話は、やはり、江戸時代にまで遡った。

江戸幕府を開いた徳川家康以降、三代の将軍に仕えし伝説の僧侶天海が、江戸の街を造り上げた時代まで。

…………風水上、この上無く完璧な街と言われた京の都に倣って築かれた江戸の街には、京都同様、鬼が出入りすると言われる北東の方角──『街そのものの鬼門』を封ずるモノが存在する。

それは、上野・東叡山寛永寺。

……天海は、自らそう公言して、最大に心砕き、寛永寺を手掛けた。

徳川将軍家の祈祷所及び菩提寺として、開祖を徳川家光とし、天海自身が開山した。

…………だが。

江戸城本丸から正確に北東を辿った先に、寛永寺は存在しない。

そこに当たるのは、上野・浅草寺。

そう、江戸の街の、本当の鬼門封じに当たる場所は浅草寺なのだ。

では、寛永寺は一体、何を護って『いた』のか。

……それが、道心のしてくれた話だった。

「化け物とまで言われた南光坊天海が、自ら造り上げたのが寛永寺だ。単なる寺の訳がねえ。かと言ってあそこは、江戸の鬼門を護ってた訳でもねえ。あの寺が護っていたのは、この国最大の龍穴だ。『黄龍の龍穴』と呼ばれる、最強の龍穴。そこから吹き出す力は、『正常な時』でさえ尋常じゃねえ。封印が生きているから、今は、どうってことない場所だがな。……だが。蚩尤旗が司る歴史の変革の『刻』、龍命の塔を復活させれば、話は別だ。最強の龍穴と呼ばれるだけの『力』を溢れさせる。何時の世も、宿星に定められた、歴史の変革を齎す者、そいつの為だけに存在する『力』を…………」

「宿星に定められた、歴史の変革を齎す者は、即ち、黄龍の宿星を持つ者、なのですか? ですが、そのような人物は、到底…………」

道心の話がそこまで辿り着いた時、幼き頃より、祖父に、四神の宿星に付いて語り聞かされて来た如月が、ぽつり、呟いた。

ヒトに、大地の力の象徴でさえある、神の如き存在の、黄龍の宿星が授けられることなど、本当に有り得るのかと。

「黄龍の宿星、ってのは、ちょいと違う。その者は、『黄龍の器』、だ。弦麻のような、類い稀なる『力』を持った者と、菩薩眼の娘の間にのみ生まれる存在。龍脈の力をも、使役出来るモノ。……弦麻の息子。もう、判ってるな? てめぇがその、『黄龍の器』だ。……否、『黄龍の器』、だった」

如月の問いに、そうじゃねえ、と緩く首を振った道心は、龍麻は、『黄龍の器だった』と、やけに不思議な言い回しをした。

「………………だった? じゃあ俺は、『黄龍の器』じゃないってことですか……?」

「いや、それとも違う。本来、一つの歴史の変革時に現れる『黄龍の器』は一人。単純な計算だな。…………菩薩眼の娘ってなぁな。確かに、菩薩眼の娘そのものが持っている、菩薩の如き『力』故に、龍脈が乱れし時、人々を浄土に導くと言われている。だが、菩薩眼の本当の力は、『黄龍の器』を産み落とすことだ。『黄龍の器』をこの世に産み落とせる唯一の存在だから、菩薩眼は、人々を浄土に導くと言われ、時の権力者共に狙われて来た。どうにも切ねえ話だが、『黄龍の器』を産み落とした菩薩眼は、必ず命を落とす。一つの時代に一人、それが、『黄龍の器』だからだ。……なのに、この時代に限って、『黄龍の器』は二人いる。陰陽の力、全てを治める『黄龍の器』の、その陰と陽が分かれちまった。……一人は、緋勇龍麻、お前だ。陽の器の、お前。そしてもう一人は、陰の器。……だからって、弦麻と迦代さんの間にもう一人ガキがいたとか、お前は実は双子だったとか、そういうオチじゃねえぞ。例えて言うなら、そうだな……、陽の器は天然物で、陰の器は養殖物、って感じか」

「魚みたいに例えんなよ、ジジイ…………」

「しょうがねえだろ、お前等の頭じゃ、こんな言い方が一番だろうが。……十七年前、俺達とやり合った『凶星の者』は、てめえ一人だけじゃ、黄龍の力を手に入れることも、制御することも叶わないと悟りやがったんだ。だから多分、最初あいつは、龍麻、お前を探したんだと思う。探し出したお前を傀儡にして、お前の中に黄龍を降ろして……、ってな。それが一番手っ取り早い。その為にあいつは、鬼道衆達を誑かした。……だが、事は、そう上手くは運ばなかった」

「じゃあ、鬼道衆すらも、その『凶星の者』に、ってことですか…………」

「そう考えるのが、一番辻褄が合うだろうよ。何処までも、俺の想像でしかないがな。……蚩尤旗が天に現れたのは、去年。あの星が現れたってことは、時代が『そう』流れる兆し以外の何物でもねえ。放っといても、龍脈は『黄龍の器』に宿り兼ねない。だが、それじゃあ『凶星の者』には都合が悪い。あいつの目的は、『黄龍の器』を『黄龍の器』足らしめることじゃなく、龍脈の力を我が手に、だからな。『黄龍の器』が何も知らねえで、のんびりぽややん生活してる内に、手を打っちまった方が楽だ。だが、龍脈を乱す為に鬼道衆共を動かしてみたら、連中は、『黄龍の器』じゃなくって、先祖から因縁深い、菩薩眼の娘を探し出すことに血道を上げちまった。挙げ句、龍脈が急激に乱れた所為で、『黄龍の器』を護る宿星達も目醒めちまった。…………どうよ、今んトコ、俺の想像に、酷い矛盾はねえだろう?」

時折、気の抜けるような表現を用いつつの道心の話は、未だ続いた。

途中から、彼の話は、彼の推測となったけれど、それは確かに筋が通っているように思えて、龍麻達は、話に聞き入った。

「そう……ですね。確かに、大きな矛盾はないような……」

「だろう? 俺も、調べはしたからな。──……だから、あいつは手段を変えた。龍脈の力を手に入れる為に、『黄龍の器』は必須だ。だが、天然物の『黄龍の器』は、少しずつ真実に近付き、器を護る為の宿星達も、確実に数を増やして行く。なら、次に手っ取り早いのは、あいつお得意の、外法や鬼道を用いて、器を創っちまうことだ。……何処から見付けて来たんだか、それは俺にも判らねえが、あいつは多分、それに適したガキを見繕えたんだろう。そして、陰の器に仕立て上げた。……ここだけは、俺の想像じゃねえ。事実だ。あいつは確かに、陰の器を手に入れてる。……意思持つ龍脈──いや、黄龍は、さぞかし困ったことだろうな。この時代に限って、器が二つ出来上がっちまった。でも、器を器で無くすことは流石に出来ない。その為、龍脈の力は恐らく、それぞれの器の役目を割ったんだ。片方を陽に、片方を陰に」

「その結果……ひーちゃんが、陽の黄龍の器、か……」

「……多分な。──こうなりゃ、『凶星の者』のやるこたぁ一つだ。『黄龍の器』も、菩薩眼の娘も、宿星達も、一切合切、あの世、へ。……あいつにしてみりゃ、器は二つも要らない。新たなる器を産み落とすかも知れねえ菩薩眼も要らねえ。天然物の器を護る、宿星連中も邪魔だ。…………だから秋以降、お前等はずっと、あいつに命を狙われてたんだよ」

────少年少女一同が、揃って聞き入った道心の話は。

やがて、俄には信じられない……否、俄には信じたくない話へと、辿り着いた。