俄には信じられない、信じたくない話。

けれどそれは、現実なのだろう……、と。

これまで、自分達が遭遇し続けて来た出来事を振り返った彼等は、一様に押し黙った。

彼等は今まで、『凶星の者』が己達を排除しようとしているのは、その目的を果たす為の単なる障害だから、だと思っていた。

……その者にとって、自分達が障害であることには変わりないのだろうけれど。

単なる障害であるが故に排除を目論まれることと、排除そのものが目的の一つであることは、敵の望む結果は同じでも、明らかな相違だった。

「現実って奴ぁ、何時だって重たいモンよ。だが、受け入れるしかねえな。あいつの立場に立って語りゃあ、お前等には全員、『殺すだけの価値』がある。筆頭は、黄龍の器。次点で菩薩眼の娘。四神の宿星持ち、炎の矢の乙女、飛水家の末裔、秋月家に連なる者共、織部神社の巫女達、緋勇家に伝わる古武道の『陰』を受け継ぐ暗殺者、それに、剣聖。……その他の連中も、皆。……あいつ…………『狂星の者』。柳生宗崇にとっちゃ、な」

けれど道心の口調は、何処までも素っ気なく、唯、現実を突き付けるだけで。

「柳生宗崇……。それが、『凶星の者』の正体なんですね……」

……やっと。

やっと告げられた真の敵の名を、龍麻は、己に言い聞かせるように飲み込んだ。

「………………倒しゃいいんだろ。その、柳生って奴を倒せば、何も彼も丸く収まるんだろ。……やってやろうじゃねえか。やるしかねえんだし。そんなふざけた野郎に、仲間の誰にも、手なんざ触れさせねえ。誰も彼も、俺のダチなんだぞ。俺達の……。舐め腐った真似は、許さねえ」

京一も又、己自身に誓うように、きつく前を見据えながら、低く呟いた。

「……ま、そういう話だ。俺に出来る話は、これで全てだな。……後は、うちの居候と親睦でも図れ。弦月は弦月で、お前等に出来る話もあるだろうよ」

想いを口にしたのは、京一だけだったけれど。

少年少女達の誰もが、彼と同じ眼差しをしたのを見て取って、道心は、ガキ共のくせに……、と囁き、一同の輪より少しばかり外れて立っていた劉を、彼等の眼前へと突き出した。

「あ、そうだ、劉。……劉、何で? 何で道心さんの所の居候なんだよ。何でこのこと、今まで黙ってたんだ? 何か、理由でも……?」

「龍麻のアニキ…………。……堪忍な。アニキも、京一はん等も……。……あんな。今更やけど、わいの話、聞いてくれるか……?」

突然、一同の視線集中砲火を浴び、義兄弟と、勝手に定めた龍麻には気遣わし気に問われ、肩身狭そうに、劉は俯く。

「うん。聞くよ。大丈夫だから、話して」

「……おおきに……。…………なんや、ごっつう嬉しいわ。弦麻殿の息子はんが、こんなに良いお人で……」

「え? まさか、劉。父さんのこと、知って……?」

「そうや。直接知っとる訳やないけど、知っとる。それにな、わいとアニキは、十七年前に、一度会うとるんやで。わいもそうやし、アニキも、そん時のことは覚えておらへんやろうけど」

誠、バツが悪そうにしながらも、うっすら、目尻に涙さえ浮かべつつ、劉はそれより、己が身の上を語り出した。

──十七年前に『出来事』が起こった、中国福建省、客家の村。

そこは、地図にも載らぬような小さな村で、封龍と呼ばれる一族全てが、客家土楼という独特の住居に、大家族さながら暮していた。

劉は、龍穴を護る為だけに存在し、全てを風水が司るその村の、その一族の者だった。

黄龍を護る為に生き、黄龍を護る為だけに死ぬ運命の一族。

そんな一族に生まれた己も又、そうやって生き、そうやって死んで行くのだろうと劉は思っていて、己が産まれた頃、『凶星の者』──柳生と戦い、龍脈を護り抜いた緋勇弦麻のことを、強く尊敬していた。

互い赤子の頃に、一度だけ対面したことがあると両親に教えて貰っていた、弦麻の息子の龍麻のことは、幼い頃からずっと、一人勝手に、義兄弟とも定めていた。

二度と、会うことはなかろうとも、と。

……だが、去年。

空に蚩尤旗が現れた時、弦麻が命を賭し、己が一族が門外不出の呪法で封じた岩戸が破られ、十七年の眠りより柳生は目醒めて、彼の復活と共に、村は一瞬にして消し去られた。

封龍の一族も、共に。劉、唯一人を残して。

だから、一人生き残った劉は、復活した『凶星の者』が目指すだろう、次に龍脈が活性化する地──即ち東京へと、海を渡った。

幼かった頃、何度か故郷の村に立ち寄った、道心を頼って。

「………………やからな、わい、ここにおんねん……。一族の仇を取らなあかん、あいつに復讐したい、思うて……。……アニキ達と巡り会うたんは、ホンマに偶然やったけど、わいには直ぐ、アニキが弦麻殿の息子はんやって判ったさかい、仲間に入れてもろたんや。アニキ達と一緒におれば、柳生の手掛かりも掴めるんやないか、て。……こないなわいが、アニキ達に親しゅうして貰うんは、どうにも気が引けたんやけど、弦麻殿は、わいの村では英雄やったし、アニキと親しゅうもなりたかったんや。……わいの、弦月って名はな。逝かれてもうた、弦麻殿の影っちゅう意味があるんやて。弦麻殿に倣って、一族の使命を護れるように。弦麻殿の息子はんを、影からでも護れるように。……そないな意味籠めて、長老が付けてくれた、て聞いてた。やから、今までズルズル……。…………ほんま、堪忍な、アニキ……。そやけどな、もう、あかんわ。もう、わいは、アニキ達と一緒には戦えん。わいが柳生と戦うんは、私怨や。一族の復讐て、私怨。アニキ達とは、理由がちゃう。…………そういう訳やさかいに。……今まで、有り難うな、アニキ……」

……身の上を語って、『今』を語って、想いを語って。

幾度も幾度も、堪忍な、と呟き、劉は、仲間達へと背を向けた。

「一寸待った、劉。一緒に戦えないって、どうしてさ」

が、龍麻は言葉で彼を引き止め、京一は無言で、去ろうとする彼の襟首を、ムンズと引っ掴んだ。

「何すんのや、京一はん…………」

「ひーちゃんが、今言っただろうが。……何で、一緒に戦えねえんだよ」

勢い締まった喉元より、グエっと潰れた声を洩らし、ジト目になって劉は振り返り、負けず劣らずの目で、京一は彼を睨み返す。

「何で、て。……アニキ達は、自分等の大事なモン護る為に戦うんやろ? けど、わいは、復讐の為に戦うんや。敵討ちや。護る為やない。殺す為や。……あんまりにも、理由が違い過ぎるやないか……」

「理由が違っても、目的は一緒だろうが。お前一人、放り出す必要なんざねえよ」

「そうだよ、劉。今まで一緒に戦って来たんだし。俺達、仲間だろう? 仲間だし、友達じゃないか。それに、十七年前の話を知った今では、俺だって、父さんの敵討ちがしたいって、思ってる部分あるよ。今更、水臭いこと言わなくったっていいと思うけど? 戦うんなら、一緒に戦おうよ。……俺と劉は、義兄弟の契り、交わした仲なんだろう? 俺の、義弟なんだよね? 劉は」

「おっとりタイプなひーちゃんの義弟にしちゃ、お前は賑やか過ぎっけどな」

「…………アニキ……。京一はん…………」

今更、何言ってんだ、この馬鹿は、と言わんばかりの顔付きになった京一にあっさりと言われ、龍麻にはやんわりと諭され、感極まったのか劉は、ボロボロと泣き出した。

「わい……、わい、嬉しゅうて堪らんわ……。ほんっまに、アニキ等、良いお人達や…………。……アニキーーーーーっ!」

「わあっ! 劉、危ないっ!」

「……毎度のことながら、喜怒哀楽の豊かな奴だなー……」

泣きながらも全開の笑みを浮かべ、飛び付く風に劉は龍麻へ抱き着き、タックルに近かったそれを、龍麻は慌てて支え、激しい……、と京一は、呆れと共に、溜息を吐いた。