義兄弟・龍麻との、感動の抱擁を終えてより、劉は。
その場に居合わせた仲間達一人一人に、「今まで、色々内緒にしとうて堪忍な」と、懇切丁寧に頭を下げて廻った。
だから、そんな騒ぎは暫く続いて。
「……ひーちゃん。…………龍麻」
感情豊かな劉が引き起こした騒ぎを端より眺めつつ、京一はそっと、龍麻を呼ぶ。
「何? 京一」
「…………大丈夫か?」
「うん、大丈夫。俺は、大丈夫。…………道心さんに教えられたことは、重たくて、途方もなかったけど。大丈夫だよ、京一」
「そっか。……なら、いい。──……護るから。何が遭っても、俺がお前を護るから。一緒に戦って、一緒に護り合うから。……一緒に、最後まで」
「……………………うん。有り難う、京一。最後まで、一緒に。皆で。護りたいモノを、護ろう」
「ああ。……そんでよ。全部が、終わったら……」
「……一緒に、中国」
肩を並べて立つ親友へ、労りに溢れた眼差しを京一は送り、龍麻は微笑みを返した。
未だ、傍らにて仲間達の織り成す喧噪が続く中で。
「おい。剣術馬鹿の、馬鹿弟子」
と、並び立つ二人へ、暫く黙って脇に引っ込んでいた道心が声を掛けた。
「あ? 何だよ、じーさん」
「お前、一寸こっち来い」
「だから、何だってんだよっ!」
呼ばれ、ちょいちょいと手招きをされ、ブチブチ言いながら、京一は龍麻の傍らを離れ、道心の傍に寄る。
「…………剣術馬鹿の、馬鹿弟子。『剣聖』。……お前に、特別に教えといてやる」
やって来た彼を見上げつつ、道心は、京一を『剣聖』と呼んだ。
「剣聖?」
「それが、お前の宿星の名だ。……理由は、俺にも未だ判らねえが。何でか、剣聖の宿星背負ってるお前と、陽の器のあいつは、やけに結び付きが固てぇ。そういう星回りらしいのは、俺にも視える。確かに、『剣聖』は、器の守護者の筆頭が役回りだと言われちゃいるが、それにしても。……だから。…………気を付けろよ」
「気を付けろ? 何を? これ以上、何を気を付けることがあるってんだよ」
わざわざ、己だけを手招いた道心の話を大人しく聞いてみれば、やけに重々しく言われ。
京一は、首を傾げた。
「運命に、負けんなって意味だ」
「はあ? ……もうちっと、判り易く言えよ」
「……出来の悪りぃガキだな、今生の剣聖はよ……。…………いいか? お前は、天然物の器と最も結び付きが固い宿星だ。器の、最大の護り人と言ってもいいかも知れねえ。その意味が、解るか?」
「意味、って……。言葉通りの意味なら」
「…………ホントー……に阿呆だな、お前は。……こんなこたぁ、言いたくもねえが。そんな宿星のお前にゃな、四通りの未来がある。何処までも、可能性だがな。……一つ目。柳生の奴をぶっ倒し、仲間達と共に、龍脈を抑える未来。二つ目。護り人とのしての役目を果たせない未来。三つ目。柳生を倒し、陰の器を制した後────」
不思議そうな顔を崩さぬ京一へ、溜息付き付き、重たい口調のまま話を続けていた途中で。
不意に道心は、口を噤んだ。
「────……え? 一寸待て、何だ……?」
それ故、京一は、先を促そうとしたが。
彼も又、顔色を変えて、近くにいる筈の龍麻を振り返った。
……彼等は、共に。
その刹那、言い知れぬ『不安』を感じた。
京一が道心に呼ばれたので、仲間達の輪の中へ戻ろうとした龍麻は。
「……あれ…………?」
そちらへと向け掛けていた足先を、全くの別方向へ向け直した。
……何やら、嫌な予感がした。
酷く強い、『不安』のようなものを感じた。
「これ、何だ…………?」
だから彼は、思うまま……否、何かに引き寄せられたかのように。
ふらふらと、その場より一人歩き出す。
だが、辺りに変わった様子はなかった。
道心が創り上げた結界は、ここへと踏み込んだ時、少女達が口々に言っていたような、清廉な氣を保ち続けていた。
空を見上げても、地を見下ろしても、それまでと、何も変わらなかった。
「気の所為かな…………」
けれど、『不安』は消えなくて。
彼は、頻りに首を傾げる。
しかし、途端。
これまでに幾度か耳にした、ガラスの破壊音によく似た、結界が破られる音が、彼の頭上を中心に、周囲に響いた。
甲高い音が響くと共に、凄まじいまでの陰の氣が渦巻き始めて。
「な…………──」
………………でも。彼は動けなかった。
指先一つ、視線一つ。
……何も、彼自身の自由にはならなかった。
だと言うのに、眼前には何処からともなく、一人の男が舞い下りて来た。
腰まである、血のような色した長髪を緩く三つ編みにした、右の額から左の頬に掛けての傷痕目立つ顔の、緋色の学生服を纏った男。
──柳生宗崇。
…………その、彼を目前に。
酷く歪んだ嗤いを浮かべる彼を前に。
龍麻は声一つ、放つことも出来なかった。
京一が龍麻を振り返るや否や、結界が打ち破られる甲高い音が上がった。
パリパリと砕けて行く結界の隙間から、怖気立つような、溢れんばかりの陰の氣が流れ込むのが判ったが、京一も、他の誰も、微動だに出来なかった。
……何とかして、腕を、足を、龍麻の許へ少しでも、と足掻く内に、手を伸ばしたい彼の眼前には、一人の男が現れ。
「『刻』は満ちた。……陽の器。貴様はもう、用なしだ」
酷く歪んだ嗤いを深めると、男──柳生宗崇は、手にしていた刀を抜き去り。
深く深く、龍麻を斬り付け、霞のように消えた。