「…………た、つ……ま…………っ」

……柳生が去り、陰の氣が薄れ始め。

やっと、仲間達は自由を取り戻す。

「龍麻ーーーーっ!!」

伸ばしたかった刹那、どうしても彼へと伸びてくれなかった腕が、足が、動くと知り。

振り絞るように名を叫びながら、弾かれた如く京一は駆け出した。

鮮血を迸らせる体が崩れ落ちて行く様は、何故か緩慢で、彼は精一杯、その腕を伸ばした。

「龍麻……。龍麻、龍麻…………。……龍麻っっ!!」

「……きょ……いち…………」

名だけを繰り返し、紅く濡れて行く彼を抱き留めれば、龍麻からは、ホロリと彼の名が洩れ。

震える右手が差し出された。

……それは、真冬の季節でも、常に腕捲りをされている京一の、剥き出しの左手首を強く掴んで、けれど。

「龍麻……っ。しっかりしろ、おいっ! 龍麻っっ」

体の一部である得物さえ、その手より零れさせて抱き留めた京一の腕の中で、龍麻はふっと、瞼を閉ざす。

「龍麻君っ!」

「アニキっ! しっかりしてやっ!」

揺り起こすことも出来ず、かと言って、腕を離すことも出来ず。

蒼白の顔色で駆け寄って来て、癒しの呪を唱え始めた葵と劉が、龍麻へと手を差し伸べても、京一はそのまま、龍麻を抱き続けていた。

「……嘘よ、嘘……。そんな……っ。血が止まらない……っ!」

「あかんっ。きっと、陰の氣を籠めた技で斬られたんや。このままやったら、傷が塞がるのに時間が掛かり過ぎる。何とかして、陰の氣を祓わな。……醍醐はんっ! 如月はんも、アランはんも、マリィちゃんもっ。一か八かや! 四神の方陣組んでや! やれるかどうか判らへんけど、アニキを囲んで立って、自分の氣ぃ高めやっ! そいから桜井はんっ! こっち来て、アニキに氣ぃ注ぐんやっ。京一はんもっ。あんさん等二人、陽の氣が強いさかいになっ! わいは活剄で、祓える限りのモン祓う! 美里はんは、そのままなっ。……行くでっ!」

活剄を元にした技も、精霊の力を借りる癒しも、容易には龍麻の傷を塞げぬと気付いて、葵は悲鳴めいた叫びを洩らし、劉は、厳しい顔付きで仲間達に指示を飛ばした。

「う、うんっ! 判った、やってみるっ!」

「やるぞ、三人共っ!」

彼に言われた通り、呆然としたままながらも、小蒔は龍麻の傍らに膝付き、醍醐は、如月達と共に、涙ぐみ始めたマリィを励ましながら、四方を囲む。

「……龍麻…………」

京一も、言われた通り、己に持てる全てをと、抱く腕に意識を傾け始めた。

「……! 止まり始めた! 劉クン、ひーちゃんの血、止まり始めたよっ!」

「ええ、傷の方も少しずつっ」

上手くいくかどうか、言い出した劉にも判らなかったけれど、それは、賭けてみるだけの価値があったらしく。

徐々に、少しずつ、流れ出る龍麻の血は勢いを衰えさせ始める。

「おっしゃ! したら、桜ヶ丘やっ!」

「ボク、車捕まえて来るっ!」

「小蒔! Meモ行キマスッ」

やっと何とか、移動に耐え得るだろうだけの状態に龍麻の容態がなったのを見て、救急車は呼べぬから、タクシーを拾って来ると、小蒔とアランが走り出し。

「頑張って、龍麻君…………」

葵はひたすらに、呪を唱え続け。

「……お兄ちゃん……。龍麻お兄ちゃんっ!」

役目を終えたマリィは、崩れるようにしゃがみ込む。

そして少年達は、龍麻を運ぼうとしたが。

「…………? 京一君?」

「……京一はん? どうしたんや?」

「何だ? どうかしたのか?」

京一の様子が何処となくおかしいことに、三人揃って気付いた。

「………………離れねえんだよ……」

すれば京一は、泣き笑いのような声で、囁くように。

「離れない?」

「……離れない……。離してくれない……。俺のこと掴んだままの手が、離れない……。……龍麻……。龍麻…………っ」

「京一…………」

龍麻の腕が、離れない、と。

泣いているのか、笑っているのか、その場の誰にも『本当』の窺えぬ声で囁き、京一は、深く面を俯かせ、醍醐はそっと、丸められた彼の肩を叩いた。

「アニキ……。京一はん…………」

「……この時間の、この場所だ。車は、簡単に捕まる。…………京一君、そのまま、彼を抱き上げられるか? 今、無理に引き剥がすこともない。僕達で、支えるから……」

劉は、龍麻と京一を見比べ、それぞれを心配そうに窺い、如月は静かに言った。

「京一君。小蒔が戻って来たわ。行きましょう?」

傍らで、一部始終を見ていた葵は、優しく、促すように告げる。

「…………ああ。少しでも早く、桜ヶ丘行ってやらねえと……。……龍麻。もうちっとだけ、我慢してくれな……」

皆に声を掛けられ、俯いたまま京一は、掴まれた腕をそのままに、龍麻の上半身を抱き起こした。

下半身を醍醐が支え、如月も劉も手を貸し。

小蒔とアランが捕まえたタクシー数台に、彼等は分乗すると、龍麻の姿に仰天した運転手を半ば脅かすようにしながら、桜ヶ丘へ急いだ。