待ち合いの椅子の片隅を占め、そっと喋り出した彼女へ向き直り。
「………………ミサちゃん……? 今、普通に喋らなかった……?」
杏子は、ギョッと目を丸くした。
今この状況で、そのようなことを感じるゆとりなど、正直誰にもない筈なのだが、杏子も、他の者も、『極普通に喋る裏密ミサ』に、それまでと違う意味で、顔色を悪くせざるを得なかった。
「パズルのピース」
「……は?」
「ひーちゃんと京一君の『星』はね、パズルのピースみたいなものなんだよ」
しかしミサは、仲間達より注がれ続ける、奇異のモノを見遣る眼差しなど感じていない風に、淡々と、言葉を紡ぐ。
「パズルのピース……。例の風水で言う、陰陽の関係みたいなものですか?」
抑揚なく続ける彼女へ、そろっと霧島が問いを放った。
「……違う。そうじゃない」
「じゃあ……、一寸、ドラマの科白みたいですけど……、魂の半分、とか」
アイドルとしての仕事をキャンセルしてまで、桜ヶ丘へ駆け付けたさやかは、首を傾げた。
「それも、違う。どれもこれも似たような物だけど、そうじゃない。──……ミサちゃん、ずっと、面白いって思ってた。ひーちゃんの『星』も、ひーちゃんの周りにいる皆の『星』も。……だから一回、興味半分で、ひーちゃんのこと霊研まで引き摺ってって、ひーちゃんの星を視て、ひーちゃんにタロットの話を無理矢理聞かせたことがあるの」
「あ、タロットって、あれでしょ? 何時だったか如月君の家で、占って貰った時の奴でしょ?」
「そう、それ」
淡々と呟きを続けてミサは、タロットカードが、と言い出し、何時ぞやの宴会の出来事を思い出した桃香は、ああ、と相槌を打った。
……と、ミサは、何故か、酷く何かを後悔している口調になって。
「タロットは。『愚者』が。何も知らない彼が。『一つ一つ』を知りながら、『世界』に辿り着くまでの、旅物語。『愚者』は、旅の終わり、『世界』に辿り着く寸前、『太陽』に巡り逢う。幸福を教えてくれる、『太陽』に。……ミサちゃんが視た、その時のひーちゃんの『星』は、『愚者』そのものだった。京一君の『星』は、『太陽』そのものだった。…………その占いが、ホントに当たってるんなら。京一君の『星の一つ』は、ひーちゃんを幸福にする為だけにあるってことになる。ひーちゃんの『星の一つ』は、京一君がいないと幸福になれないってことになる。………………あの二人は、そういう関係。二人の、そんな『星』の一部分だけじゃ、『パズル』は完成しないけど、そのピースは隣り合ってるから、何方かが欠ければ、『その部分』は終わってしまう。…………………………視なきゃ、良かった…………。ひーちゃんが、『黄龍の器』だって言うんなら。京一君が、そんなひーちゃんの、護り人の宿星だって言うんなら……」
…………酷く酷く、後悔を滲ませたままの声音で語り続けて、ミサはひたすらに、腕の中のフェルト人形を弄んだ。
「……………………裏密さん。貴方はどうして、視なければ良かった、と。そう思われるんです?」
「あ〜ら〜〜? ミサちゃ〜ん、そんなこと言った〜〜?」
──すれば。
ぱちり、と、白扇を閉じる強い音立てさせながら、御門は彼女の横顔を眺め、が、彼女はニタァっと笑いながら、彼の問いを流す。
「ミサちゃ〜ん、知らない〜〜〜」
「…………まあ、良いでしょう。貴方程の方だ。貴方の視ているモノと、私の視ているモノは、恐らく同じなのだと、勝手に解釈させて頂きますよ」
常通りの喋り方で、ミサは何処までも御門の視線を無視し続け、口を割らないつもりなら、と御門は肩を竦め。
「裏密様? 御門様?」
「何、二人だけで納得しやがんだよっ。途中から、話が見えねえぞっ!」
雛乃は小首を傾げ、雪乃は苛立ちの声を上げた。
「……要するに、あれだろ。『良くねえ』ってこったろ」
「京一君と龍麻君の星の一つである、『愚者』と『太陽』というパズルのピースの関係は……、という奴ですか」
「そうなんだろうな……。それは、黄龍の器と宿星、という関係に於いては、決して…………」
その脇で、最近、京一を含め、麻雀仲間としての関係を築きつつある、村雨、壬生、如月の三人は、ボソボソと言い合い。
「蓬莱寺のことだ。大丈夫だとは思うが…………」
「そうだな…………」
紫暮と醍醐は、手術室の扉と、正面玄関の扉とを、忙しなく見比べた。
時刻は、もう真夜中近く。
仲間達に背を向けた京一は、人通りの途絶えた、桜ヶ丘の正門前に佇んで、夜空を見上げた。
冬の夜空を覆う空気は、気味が悪い程に澄んでいて、けれど。
所詮は東京の夜空、星は殆ど見遣れなかった。
「護れなかった…………。俺は、龍麻を…………」
星も瞬かぬ夜空を遠退けるように眼差しを伏せ、己が手首に残る、龍麻が残していった赤い痕をじっと見詰め、彼は強く、竹刀袋越し、得物の鞘に爪を立てる。
自責の念だけを抱えて。
今尚、己が手の中には、刀が在るのに、と。
誰かを、何かを護る為ならば、誰かを、何かを斬ることも厭わぬと取った得物は、確かに手の中に在り、が、あの刹那、これっぽっちも役には立たなかった、と。
彼の為に。彼を護る為に。
握り続けて来たのに。
「俺は……俺は何の為に、あいつの傍にいたってんだよ……っ。俺は、何なんだよっっ。大事な大事な奴一人、護れもしねえでっっ! あいつを護る為に強くなるって、そう決めたのに…………っっ」
得物へと立てられた爪は、彼の叫びと共に込められる力が増され、キリキリと嫌な音を放ち出し。
やがて、バキリと割れた。
けれど、割れてしまった爪より迸る血が、指先全てを濡らし、紫の竹刀袋へと滲み始めても、京一は、手に込める力を緩めず。
「………………師匠……。馬鹿シショー……。俺は、ほんっ……とうに、大馬鹿だ……。当分、あんたみたいになれそうもねえ……。でも……でもっ。でもなっっ……。強くなりてぇよ……。俺は、強くなりたい……。……龍麻……」
ふるふると、腕を、肩を震わせ続ける彼の、一人きりの呟きは続いた。