京一が一人佇み続けてより、果たして、どれ程の時が流れた頃か。
「京一はん……」
遠慮がちな声が、彼の背後より掛かり、緩く落ちた肩に、ポン、と手が乗せられた。
「劉……。……何だ?」
「そろそろ、中入ろ? な? こないな所に何時までもおったら、風邪引いてまうで。皆、心配しとるさかいに。アニキの手術も、未だ終わらんよって。……な? 京一はん……」
「……放っといてくれ」
迎えにやって来た者は劉で、京一は振り返りもせず肩に乗った手を払った。
「あかん、て。どないしたかて言い張るんやったら、醍醐はんと紫暮はんに、病院ん中、引き摺り戻して貰うで? 京一はんかて、アニキの為に、ぎょうさん血ぃ採っとったやんか。こないな寒う所にいてええ訳ない。……今、アニキは京一はんの傍におられへんのやもん、義弟のわいが、アニキの代わりに、アニキがごっつう大事に思うとる、京一はんの世話焼かな。京一はんが倒れでもしたら、アニキが心配するさかい……」
しかし劉は、根気良く説得を続け。
「龍麻が、か…………」
「そうや。アニキが、や」
「龍麻………………」
「……劉? 何だ、お前もいたのか」
そこへ、醍醐もやって来た。
「あ、醍醐はん」
「全く、お前という奴は……。……コートくらい着ないか」
姿見せた彼は、片腕にコートを引っ掛けており。
溜息付き付き、それを京一に放り投げる。
「お前の気持ちは、一応判るつもりだ。俺も、お前と似たような想いだ。……だがな、今、俺達が倒れる訳にはいかんだろう? 違うか、京一。お前のことだ、今夜はここに泊まり込むつもりなのだろうし」
「そうやで。醍醐はんの言う通りや。……って、ああ、もうっ! 何やっとるんや、京一はんっ! 爪、割ってもうてからに……っ」
自身を挟んで立った醍醐の声にも劉の声にも、過ぎる程に判る労りが滲んでいて、静かに見詰め続けて来る醍醐と、ブツブツ言いながら活剄の術を唱え始めた劉を見比べ。
「………………悪かった」
京一は、そうっと詫びを吐いた。
「ここ飛び出して、歌舞伎町辺りに暴れに行かなかっただけ、マシだと思ってくれや」
「おや。やっと、軽口が叩けるようになったじゃないか。……お前は、そうでないとな」
「どうせ、俺は何時も、お調子者だよ」
「…………ああ、そうだな。お前は何時だって、そうだ。俺達の前でさえも。それが、お前の本性でもあるまいに」
「……醍醐…………?」
すまねえな、と爪を割ってしまった指先を癒してくれた劉に礼を告げながら、高一の頃からのダチを振り仰げば、何処までも静かに、そう言われ。
目を瞠るしか、京一にはなかった。
「俺だって、伊達にお前と付き合って来た訳じゃない。真神の総番の看板も、一応は伊達じゃない。学園では『お調子者の蓬莱寺京一』が、それこそ、歌舞伎町の裏路地辺りではどんな評判なのか、時折、俺の耳にだって届いてた。学園でのお前の評判とは、隔たりのあり過ぎる評判がな。……俺とて、それなりにはお前を知っている。何方のお前が『本当』なのか、判らん筈も無いだろう? ……だがそれが、お前自身で決めた、お前の役回りだと言うなら、俺は何も言わん。但し、今、本性を透けさせるのは止めろ。どんな時でもお調子者の筈のお前の本性が、こんな時に透けたら、皆が不安がる」
けれど、醍醐の態度は何処までも、『静』のままで。
「……………………醍醐」
「何だ」
「……すまねえ」
苦い笑いを、京一は口許に刷いた。
「…………あれやな。前から思っとったんやけど、醍醐はんは、京一はん等の、オトンみたいやな」
「オ、オトン…………?」
そんな二人のやり取りを眺めていた劉は、さらっと感想を口にして、父親の如しだと評された醍醐は、軽く落ち込む。
「……戻るか」
「ああ」
「そやな」
親友を叱咤しに来たのに、何故、『オトン』と言われなければならないのだろうと、肩を落として項垂れる醍醐と、何で落ち込むんや? と首を傾げる劉へ、それぞれ、クスリと忍び笑いを洩らして、京一はやっと。
佇み続けていたそこを離れた。
宵の口より閉ざされ続けた、桜ヶ丘の手術室の扉は、日付が変わり、小一時間程が経った頃、やっと開かれた。
微かに軋む音を立てて扉が開け放たれた瞬間、仲間達は一斉に立ち上がり、出て来たたか子と舞子を見詰めた。
──誰も彼もが、縋るような視線を送って来る中。
たか子は、手術は無事に成功した、とは言った。
……だが、たか子の表情も、舞子の表情も、厳しいままで。
それでも、龍麻が瀕死の状態……危篤であるのに変わりないこと、そして。
意識が戻る保証もないこと、それを、重く告げた。
故に、一同は息を飲み、たか子へと、何やらを言い掛ける者もいたが。
彼女は問答無用で、少年少女達を自宅へと追い返した。
これ以上、自分達に出来ることは何も無いのだと言わんばかりに。
たか子や舞子の制止を振り切り、龍麻に与えられた病室へと入ってしまった、京一を残して。