病院というのも、病室というのも、何時だって、何処だって、無機質極まりなく、そんな空間が、京一は唯でさえ大嫌いなのに。

つい、数時間前まで元気だった、己の傍らで笑っていた親友兼相棒が、意識もなく横たわり、様々な管や機械に繋がれている姿は、目を覆いたくなる程嫌で、辛くて、枕辺のパイプ椅子に腰掛けた京一は、唯々、唇を噛み締めた。

伏せたくて堪らない眼差しだけは、意思のみで、龍麻に注ぎ続けたけれど。

────己を指して、『黄龍の器』だと告げられた夜、自分は一体『何』だと、彼は、酷く不安気に瞳を揺らしていた。

けれど、道心の話を聞かされた後には、大丈夫だからと、微笑んでいた。

黄龍の器だとか、宿星だとか。

運命だとか、宿命だとか。

言葉にしてしまえば、どうしようもなく嘘臭く響くそれを、彼は確かに受け止めて、立ち向かう覚悟を決めたのだろう。

……龍麻とて、ヒトなのだから。そんな事実を知らされれば、心が揺れて当たり前。不安を感じて当たり前。

極普通の、何処にでもいる、高校三年生なのだから。

でも、彼の芯はとても強くて、凛としている。

普段はおっとりとしていても、彼の『中心』は、そんな風だ。

…………彼は強い。とても。様々な意味で。

でなければ、自分は彼を、相棒とまでは思わなかっただろう。

……なのに。それなのに。

黄龍の器の運命だとか、宿星が齎す宿命だとか、そんな、嘘臭いものをそれでも受け止めて、立ち向かおうと彼が決めた矢先に、『運命』は、こんな風に転んだ。

龍麻の抱えた覚悟さえも、もぎ取って行くかのように。

それは、酷く、惨いことだと思う。

こんな風に横たわっているしかない彼を見遣る己、彼を護れなかった現実を突き付けられている己も、辛くて、悲しくて、悔しくて、惨い、と、正直思うけれど。

誰よりも、何よりも、辛くて、悲しくて、悔しくて、惨い、と感じているのは、龍麻なのだろうと思う。

命さえも奪われ掛けたから、ではなくて。

彼が決めたこと、彼が抱えたこと、その全てを、もぎ、断ち切らんとされたから。

…………そう、それは、誰よりも、龍麻にとって。

……惨い。

「龍麻……」

固く瞼を閉ざし、横たわり続ける彼を見下ろし、唇を噛み締めながら、想い。

京一は、鬱陶しいだろう管を繋げる為、毛布の上に出されている、龍麻の手を握り込んだ。

──『京一は、真夏の太陽みたいな氣だから。引っ付いていると気持ちいい。ひなたぼっこしてるみたいで』。

……未だ、本格的な夏がやって来る前から、龍麻はそう言っていた。

止せと言っても、「だって、気持ちいいから」と、それだけを言い張って、二人きりの時は、よく京一の背中に張り付いていた。

京一の氣が──京一の場所が判れば、何処からでも帰って来られると、そうも言っていた。

………………なら、こうしていたら、死の淵からでも彼は、還って来てくれるだろうか、と。

京一は、龍麻の手を握る指に、『己』を籠めた。

「…………なあ、たか子せんせー」

そのまま、彼は。

そうした姿勢の、何一つ揺らがせずに彼は、何時しか病室へとやって来ていた、たか子を呼ぶ。

「何だい」

己がいることを、どうせこいつは気配で悟っていると、確信していたたか子は、壁に背を預けたまま、至極当然に応えた。

「こいつ、何時頃起きんだ?」

「…………保証は出来ないと、そう言った筈だよ」

「……龍麻は、何時、目覚める?」

「…………………………さあね。……何で、そんなこと訊くんだい」

「こいつの実家に、連絡した方がいいのかな、とか、でも、何て言やぁいいんだよ、とかさ。俺だって考えんだよ、それくらい……。出来れば、少しでも良いこと、言ってやりてぇじゃねえか。こいつのご両親は、育ての親だって話だけど、話聞く限りじゃ、仲良さそうだし。あんまり、ショックなことは言いたくねえなあ、って……」

「馬鹿だね。お前みたいなガキが、心配するこっちゃないんだよ。……それよりも。今晩だけは大目に見てやるから、朝になったら帰って学校にお行き。緋勇の心配をするのもいいが、自分の心配もおし。……京一、お前がここにいること、お前の母親に報せてやろうか?」

背を向けたまま、取り乱しているのか冷静なのかの、判断が付け辛いことを彼が言い出したから、たか子は少々呆れ顔を作って、が、意地悪気に、イヒヒと笑いを洩らしながら、京一に告げる。

「……っ。何で、お袋のことなんか言いやがる、ババアっ」

「お前が、帰ろうとしないからだろう? ……医者には医者の、医者にしか出来ない仕事があるように、お前達にはお前達の、お前達にしか出来ない仕事がある。……殊勝なこと考えてる暇があるんだったら、とっとと根性入れ直しといで」

「ババアに言われなくっても、判ってんだよ、んなことくらいっ。しょうがねえだろうが、今夜くらいはこいつの傍にって、そう思うんだからよ……っ」

「重体患者の枕元で、ぎゃあすか騒ぐんじゃないよ。本当にお前は、頭の足りないガキだね。……だから、今夜は大目に見てやると、そう言ったろう?」

母親に『告げ口』してやろうか、とケロリ言われ、漸く振り返った京一の眦は、この上無く吊り上がっていたが、たか子は、ふん、と『子供』を鼻で笑い、保護者が必要なくなってから大口をお叩きと、病室を出て行った。

────時刻は、もう丑三つ時。

夜は、唯、静かに、更けて行くのみで。

陽が昇り、朝が来ても、彼等の手と手は、繋がれたままで。

けれど、冬の陽光が、天頂に届く頃。

静かに、離れた。