柳生に斬られた日より数えて、一日が経っても、二日が経っても、龍麻の意識は戻らなかった。
容態が危篤なのも、変わらず。
京一はと言えば、早朝、桜ヶ丘へ顔を出して龍麻を見舞い、登校し、が、授業には出ず、一人、ひたすら旧校舎に潜って、潜り続けて、宵の口頃桜ヶ丘へ舞い戻り、真夜中、自宅へ帰る、という二日間を送っていた。
他の仲間達も、入れ替わり立ち替わり、龍麻の見舞いにやって来ては、今日も……と、何処となく落胆している風に肩を落としつつ帰って行く、ということを繰り返しており。
──重苦しいだけの日々が始まって、三日目。
時計の針が午後九時を指す頃、単身『暴れて来た』のが見て取れる程の風情で、その夜も、京一は桜ヶ丘を訪れた。
三日連続で、丸々一日、旧校舎に籠った疲れが齎すものでもなく、憔悴が齎すものでもない、無意識の溜息を何度か零し、冷たいリノリウム貼りの廊下を進んだ彼は、ノックもせずに、龍麻の病室のドアを開けた。
「…………あっ……」
「……え?」
正規の面会時間は疾っくに過ぎているこの時間帯、仲間達の誰かと行き会うことも殆どないから、中に、龍麻以外の誰かがいたとしても、宿直当番に当たった舞子か、たか子の何方かくらいだろうと思っていたのに。
龍麻の枕元には、マリアが立っていた。否、立ち尽くしていた。
酷く思い詰めたような顔をして、じっと、龍麻の寝顔を見下ろし、京一が入室して来たことに気付いた刹那は、彼女らしくない狼狽えを見せた。
直ぐ様、何時もの彼女に戻りはしたけれど。
「マリアせんせー? どうして、ここに……」
京一も京一で、そこにいるのがマリアだと知り、一瞬、あからさまに目を瞠ったが、瞬く間に彼は、マリアや学友達のよく知る『蓬莱寺京一』としての笑みを刷き、にこっと、彼女へと笑い掛けた。
緩く細めた瞳にだけは、鋭さを乗せたまま。
「あ、ああ……。蓬莱寺君。緋勇君のお見舞い? 先生も、そうなのよ。緋勇君が、入院したって聞いて……。でも、今は学期末でしょう? 仕事が中々終わらなくて、こんな時間になってしまったの。……蓬莱寺君は? 一寸、酷い格好だけれど……、又、何処かで喧嘩でもしたんじゃ……」
「そんなんじゃねえって。心配すんなよ、マリアせんせー。……それにしても、大変だな、せんせーって仕事も。……誰に聞いたんだ? ここのこと。判り辛かったんじゃねえの?」
「そんなことはないわ。直ぐに判ったわよ」
「地図でも書いて貰った?」
「ええ、その、遠野さんに」
「ああ、アン子。……気を付けろよー、せんせー。あいつに貸し作ると、せんせーでも、校内新聞売り付けられるかも知んねえぜ?」
「……まあ、蓬莱寺君ったら、そんなこと言って。大丈夫よ、遠野さん、私にはそんなことしないわ。……じゃあ、先生は帰るから。貴方も、病院に御迷惑にならない内に帰宅しなさいね?」
「へーーーーい」
漸々、凍り付いている身を動かした、とでもいう風な感じで踵を返し、病室を出て行くマリアを見送り、彼女の足音が遠離って行くのを確かめてから、京一は、PHSを取り出した。
……電話を掛けた先は、杏子。
龍麻の為にも、仲間達の為にも、自分の出来ることをしたいと、柳生に関する情報を集める為、あちらこちらを飛び回りつつ、卒業アルバムの制作委員の仕事もきっちりこなしているらしい彼女は今、酷く忙しいらしいとの噂は、この三日、教室の方に顔を出していない京一の耳にも届いていて、その噂通り、電話に出た彼女の第一声は、やたらと殺気立っていたが。
お構いなしに京一は、彼女が、龍麻が桜ヶ丘に入院していることをマリアに喋ったのか否かを確かめ、否、の答えを得ると、「どういうことよっ!」と電話の向こうより響く怒声を無視し、とっとと電話を切った。
────当人に確かめるまでもなく。
杏子が、マリアへ龍麻のことを喋ったというのは嘘だろうと、彼は確信していた。
念の為の確認は、確信を裏付けるものでしかなかった。
大方、明日も京一はエスケープするだろうと踏んで、適当なことを言ったのだと。
……龍麻の欠席は、酷い風邪を引いたから、との理由で、葵や小蒔達が上手く誤摩化す、と言っていた。
日本刀で斬られて危篤なので、入院しています、などと、言えよう筈も無いから。
…………仲間達の誰も、本当のことを、『担任』に話す訳がないのだ。京一が自ら、『スピーカー』と渾名した杏子であろうとも。
彼女とて、仲間を裏切ったりはしない。
「と、なると。マリアせんせーは、一体何処から…………」
──故に、PHSを仕舞い込んだ京一は、竹刀袋を握ったまま腕組みをし、深く考え込んでより。
病室の片隅に畳まれてあったパイプ椅子を引き摺り出すと、相棒の枕辺に付き添った。
龍麻が目覚めるまで、例えたか子に窓から放り出されようと、桜ヶ丘に泊まり込むと決めて。