クリスマス・イブの新宿駅前付近は、想像以上に混雑が酷かった。

昨今の東京の気候にしては珍しい、誠冬らしい寒い日なのに、それを物ともせず人々は溢れていて、陽も落ちぬ内から店という店がライトアップされ、イルミネーションは目に痛い程で、あちらこちらで、調和の欠片も無く掛かりまくるクリスマスソングは、只の雑音と化していた。

そんな街中の唯一の取り柄は、『和製クリスマス』の雰囲気だけは、御免なさいと言いたくなるくらい満ちていることで。

「クリスマスだなー……」

「イブだねー……」

「あっち向いても、こっち向いても、カップル、カップル、カップル……。うんざりするぜ。かーーーっ、どいつもこいつもぉっ!」

「この状況は、確かに侘しい……。虚しい……」

「クリスマスは、カップル通行禁止にするべきだな。歩き辛ぇこと、この上ねえ……」

「僻みだけど、さんせー……」

良くも悪くも、クリスマス気分は、たっ…………ぷり、嫌と言う程味わえるけど……、と、龍麻と京一の二人はげっそりしながら、新宿通りを駅目指して進んだ。

「駅が遠い……」

「だぁなあ……」

が、人波の所為で、歩みは遅々として進まず。

普段なら、ものの数分と掛からぬ距離だけれど、このままでは、何時まで経っても駅に着かないと、脇道に逸れるべく、彼等は足先を変える。

「……あ、そうだ。どうせ、人混みに揉まれるんなら、と。──ひーちゃん、一寸待っててくれっか?」

「いいけど。どうしたの? 京一」

「すっかり、忘れてたんだけどよ。……ほら、例のガキ。明。あいつに、クリスマスプレゼントくらい贈ってやっかって、思ってたんだよ。序でに、それ調達して来るわ」

「ああああ、例の子。……付き合おうか?」

「いいって。通りよりも、店ん中の人混みの方が酷ぇし。退院したばっかなんだから、人に酔うかも知れねえだろ? ……そうだな、そこの、自販機んトコででも待っててくれ、直ぐ戻って来る。動くなよ? ぜってー動くなよ? 逸れたら探せねーぞ?」

「大丈夫だって、子供じゃないんだから」

その途中、駅近くの家電量販店前を通りすがった時、ふと京一は足を止め、行方不明になっていた際、縁を持った少年に贈るプレゼントを調達して来ると、龍麻の顔を間近で覗き込み、戻って来るまでここから動くなと、何度も何度も念押ししてから店内へ消え、指差された自動販売機に凭れながら、京一が戻って来るのを待つことにした龍麻は、昼間、言われるまま家の鍵を貸した彼が、服と一緒に持って来てくれたコートのポケットに手を突っ込んで、寒そうに首を竦めた。

脇目も振らず、京一は家電量販店に入って行ったから、何を贈るのかもう決めてあるということで、まあ大方、ゲームソフト辺りなのだろうけれど……ソフトのタイトルまで定めてあっても、この混雑では当分帰って来ないだろうと、亀のように首を竦めたまま、彼は自販機で、缶コーヒーを買い求めた。

何処にも行くなと厳命されてしまったから、通りの向かいの本屋で、時間潰しをする訳にもいかないと。

「きゃああああ!」

……と、パッカン、と龍麻が音を立ててコーヒーのプルトップを立てた瞬間、直ぐ脇の路地裏から、悲鳴が聞こえて来た。

「……何だろう」

こんな日の、こんな時間だから、ひょっとして喧嘩かな、とも思ったが、悲鳴の主は、どう考えても少女としか思えなかったから、口も付けていない缶コーヒーを販売機の上に放置し、彼はひょいっと、裏路地を覗く。

「……あっ!」

「何だ、てめえ。女の前で格好付けようなんて魂胆なら、止めといた方がいいぞ。俺達のダチ傷付けやがったこのアマ、許す気はねえからな!」

その途端、見るからに前時代的な不良、といった感じの少年達に追われていた風な、長い黒髪をした、ブレザータイプの制服姿の少女に縋られ、不良達には絡まれ。

「そういうつもりじゃないんだけど……。──御免、一寸下がっててくれる?」

一対七かあ、とぼんやり思いながら、少女を下がらせ、問答無用で挑み掛かって来た少年達を、彼は、誠にあっさり倒した。

一年近く、異形のモノ達と戦い続けて来た彼の相手を務めるには、不良達は役者不足過ぎた。

「幾ら何でも、弱過ぎ……。良かったねー、相手が俺で。京一だったら、ふざけんなって、逆ギレされてるよ」

お決まりとしか言えない捨て台詞だけは残し、這々の態で逃げ去っていく少年達の背へ、ヒラヒラっと片手を振り、やれやれと彼は、肩を竦める。

「……あ、あの。有り難うございました。…………貴方、緋勇龍麻さん……ですよね……?」

そうして、もう大丈夫だからと、物陰に隠れていた少女を振り返れば、怖ず怖ずと出て来た彼女は、ぺこりと頭を下げながら、窺うように言い出した。

「えっ? 君、どうして俺のこと……」

初対面の少女の口から、自身の名が飛び出たことに、龍麻は瞳に警戒の色を浮かべる。

「えっと……。……私、六道世羅と言います。足立区の、逢魔ヶ淵高校の二年です。いきなり何をって思われるでしょうけど、私の話、聞いて頂けませんか? …………私、今年の春から、変なことが出来るようになったんです。突然、手が光り出して、触りもしないのに、物を動かしたりとか、浮かせたりとか、出来るようになってしまって……。どうしちゃったんだろうって、誰にも言えずに悩んでたんですけど……」

だが、世羅と名乗った彼女は、ジリッと龍麻が一歩引いたのにも気付かず、俯きながら、切々と話を始めた。

「…………うん、それで……?」

「……昨日のことなんですけれど、学校帰りに、変な人に待ち伏せって言うか、話し掛けられたんです。何処の高校かまでは判らないけれど、緋色の、一寸珍しい色の学生服を着てた、男の子。……男の子、って雰囲気でもなかったですけど……」

「緋色の学生服……?」

「ええ。……で、その人に、言われたんです。新宿の、真神学園の三年の、緋勇龍麻に話をすれば、きっと、その不思議な『力』に関する相談に乗ってくれるから、って。……だから私、貴方のこと、知ってるんです。写真も見せてくれて、赤茶色の髪の、何時でも竹刀袋担いでる同級生と、大抵は連れ立ってるから、直ぐ判る、とも言われて」

「……そうなんだ…………。その、緋色の学生服の彼が、ね……」

「はい。……あの、緋勇さん。突然こんなこと言われて、困るとは思うんですけど……相談、乗って頂けますか……? 今日じゃなくていいんです。近い内に……。もう直ぐ、何処の学校も冬休みだから、お暇な時で構わないんです、お願いします……っ」

「………………それは別に、構わないけど……」

嘘偽りなく切羽詰まっている風に、縋る目で世羅は訴えを続け、どうしたものかな、と、曖昧な応えを龍麻は返し。

「……あっ! あそこから動くなっつったろーが! この馬鹿! 人の話を聞いてなかったのかよ、ひーちゃんっ! 逸れたらどーすんだっ!」

そこへ、路地の入口より、京一の怒声が響いた。

「あ。京一…………」

「ご、御免なさい、緋勇さん。私、今日は帰りますっ。……あの、私の相談に乗って頂けるんでしたら、お暇な時、ここに電話下さい。それじゃあっ!」

それに耳を劈かれ、ヤバい、怒ってる、と、飛ばされた親友の罵声に龍麻が顔を顰めれば。

世羅は慌てたように頭を下げ、龍麻の手の中に、携帯の物らしき電話番号が記された紙を押し付けて、バタバタと駆け去って行った。