「ひーーーーちゃーん……。たーつーまー……。……てめぇ、このっ!」

「わーーーっ、御免、京一っ! これには、事情がっっ!」

逃げるように消えた彼女と入れ替わりに、龍麻の傍らへ走って来た京一は、あからさまに、「怒ってるんです」との表情を浮かべて迫り、ずいい……っと迫って来る怒り顔を遠ざける風に、目一杯両腕を伸ばして、龍麻は言い訳を口にし始めた。

「事情って、何だよ。逆ナンされたのが事情かっ? 退院したばっかの身の上で、何か遭ったらどーすんだ、ものの十五分も待てねえのかっ! これ以上、俺の寿命を縮めんなっ!」

「そうじゃないってっ! 自販機の所にいたら、女の子の悲鳴が聞こえたから、どうしたんだろうって思って、この路地覗いたら、あの子追い掛けてた不良に絡まれて、それで……」

「絡まれただあ? お前、喧嘩したのか? 喧嘩なんかすんな、なんて、間違っても言わねえけど、今日くらいはてめぇの体労ろうとか、思わねえのか、この馬鹿!」

「何で、何言っても怒るんだよーーーっ! 仕方無いだろうっ、俺が売った喧嘩じゃないんだからっっ。俺の話も聞いてくれーーっ!」

そのまま、そこで二人は、ゼイゼイと息が上がるまで口喧嘩を続け、やっと何とか、激しくエキサイトしている京一を宥めた龍麻は、全ての事情を語り終えた。

「緋色の学生服を着た野郎に、お前のことを教えられた女、だと……?」

すれば、一旦は落ち着いた京一は、再び、怒り狂いそうな気配を漂わせ。

「んな学生服着てて、お前や俺のこと知ってるのなんざ、柳生の野郎しかいねえじゃねえかっ! だってのに、何で、あいつのことなんか持ち出す女と、のほほん会話してやがったんだ、お前っ!」

「……判った、判ったからっ! 謝るからっ! 反省してる、心からっ! 迂闊だったかもって思ってるからっ! 落ち着け、京一っっ!! …………で。どう思う?」

「どうもこうも。どう考えたって罠だろ。その六道って女が、自分から野郎に手を貸してるか、野郎に嵌められただけかの違いしかねえよ、きっと。……っとによー。頼むぜ、ひーちゃん……。もう少しだけでいい、その『おっとり』を何とかしろ……。俺、マジで寿命縮む……」

「……自分でも、一寸そう思った……。…………脅かして、御免」

ブンブン、竹刀袋を振り回し、京一は、再びのエキサイトを見せてから、はあああ……、と項垂れ。

龍麻も又、シュン……、と項垂れ。

「まあ……いいさ。今日の処は、大事にゃならなかったんだし。以後気を付ける、ってことで」

小さな子供のように落ち込む龍麻の頭を、くしゃりと京一は撫でた。

『これ』も、すっかり癖になっちまったな、と思いつつ。

「……うん」

「おし。じゃあ、ラーメン喰い行くか。日も暮れて来たし」

「あ、そうだね。お腹空いた」

ぐっしゃりと、握り潰す風に髪を乱されて、龍麻は少し拗ねたようだったが、直ぐさま機嫌を直し、京一と肩を並べて歩き出し。

「それにしても……、あいつ、何がやりたいのかな?」

「あいつ? ……ああ、あの糞っ垂れ野郎か? 六道を出しに何やるつもりなのか、それは判んねえけど……、嫌な感じはするぜ。六道が、あの野郎にお前のこと聞かされたのは、昨日なんだろう? お前の目が覚めるかもって気付いて、そんなことしたんだったら……どう考えても、良い予感はしねえな」

「それは、同感。どうやって、そんなこと知ったんだろうとは思うけどね。俺が気が付いたの、真夜中だったし。……ホントに、ムカつく奴だなあ……」

「確かにな。……ひーちゃん。お前、当分一人で行動すんなよ。俺も、出来る限り一緒にいるようにすっから。でないと……」

「心配症だなあ、京一も。でも、そうまで言われるんなら、背後霊みたいに、京一に、べーーーー……ったり、取り憑いてやる」

「……一緒にいると、取り憑くは、別モンだと思うぞ……」

──徐々に徐々に、行く足を速めて二人は、辿り着いた王華の暖簾を、久し振りに潜った。

ラーメンライスに餃子、というメニューを、ぺろっと平らげた二人が王華を出たら、もうとっぷりと日は暮れており、クリスマスケーキを買いに新宿駅西口に出た頃には、靴の中の足先が、痛い、と感じる程、寒さも厳しくなっていた。

「うぇぇぇ……、寒い…………」

「そうか? これくらいなら、俺は未だ。……ひーちゃんの実家って、長野の山ん中なんだろ? 東京よりも、ずーっと寒いだろうに」

「ふっふっふっ……。甘いよ、京一。……寒さの厳しい地方の人間は、冬の間は、寒冷地仕様のごっつい住宅の、ほっかほかの部屋の中から、必要以上に出ないのが相場なんだ。寒い所の奴の方が、寒いのには弱いんだよ」

「……お前だけじゃねえの? んなの。あっちの方とかって、ガッコの体育の授業も、ガキの内はスキーだったりスケートだったりするって言うじゃん」

「あー……、小学校の体育はそうだけど。俺に言わせれば、ウィンタースポーツなんかに現を抜かす奴等の気が知れない。冬の楽しみは、コタツに蜜柑に渋茶、これだよ! 次点で、漬け物と餅」

「………………ジジ臭ぇ……。すげぇジジ臭ぇ……。それが、ピチピチの十七歳、後一ヶ月後には十八歳、な男子高校生の発言か……?」

暖かいデパートの中から出たくないと、入口付近でぐずりながら、ブツブツ言い出した龍麻と、呆れ顔になった京一の二人は、暫し、帰る、もう一寸、の小競り合いを繰り広げ。

「ジジイでいい。寒いよりいい」

「やだやだ……。俺と同じ誕生日のくせしやがって。俺まで、ジジイになった気がすんだろうが。もう少し、若者らしいことしよーぜ。……うん、そうだな、それがいい。ひーちゃん、ツリー見に行くぞ、ツリー」

「は? ツリー? ここのデパートとか、駅前のアレじゃなくって?」

「ああ。都庁の方に、Nビル、あんだろ? あそこの池んトコ、毎年この時期になると、ツリーが飾られんだよ。Mビルの広場もクリスマスイルミネーションだらけだし、Wホテルのロビーなんかも。……どれがいい?」

寒い中でも楽しむのが冬だ! と、京一は無理矢理、龍麻を路上へ引き摺り出した。

「どれがって言われても、困るよ。俺、どれも見たことないもん」

「……それもそうだな。…………おっしゃ! じゃあ、クリスマスイルミネーションの、品評会だ!」

「ええーーー? マジで……?」

「マジ!」

手首を掴まれたまま歩き出されても、未だ、龍麻はブツブツと文句を零していたが、京一に引き摺り回されつつ、西口の高層ビル群のあちらこちらを、綺麗なイルミネーションを見ながら廻っている内、機嫌も直ったらしく。

「何処も、すっっごい綺麗!」

「だろー? 何処も彼処もカップルだらけなのは癪だけどよ。綺麗な物は、綺麗だから」

「凄く、クリスマスっぽい。都会ー、って感じだし。…………って、うわ、京一! ホントに雪降って来た!」

Nビルの池の中に設置された電飾のクリスマスツリーが、水面に映り込むのを見遣ってはしゃいでいた彼へ、トドメとばかりに、天より雪が齎された。

「…………凄ぇ。何年振りだ? ホワイトクリスマスなんて」

「……悪いね。折角のホワイトクリスマスに、隣陣取ってるのが、野郎の俺で」

「ホントだよ。むさ苦しいこと、この上ねえな」

「嘘でも、そんなことない、とか言えないかなー、この男は……」

チラチラと舞い始めた、白くて冷たい雪を、二人揃って馬鹿面を拵えながら見上げて、あはは、と彼等は笑い合う。

「…………………………忘れるな、か……」

「……ん?」

「ほら。ガキの頃、馬鹿シショーに言われた例の科白。俺の見る、この風景を忘れるな、って。…………忘れねえよ、一生……」

「…………俺も、忘れないな、一生……」

だが京一は、すっと、その頬よりふざけの色を消して、ぽつり、呟き。

龍麻も、誘われたように声を潜め。

「……ひーちゃん。未だ言ってなかったよな? ……メリー・クリスマス」

首に巻いていたマフラーを外した京一は、それを、龍麻に掛けた。

「え?」

「いい加減、寒いだろ? それ、やるよ。しとけ。…………さ、帰ってケーキ喰おうぜ」

「う、うん」

そうして、戸惑う龍麻を置き去りに、雪の舞う中、京一はさっさと歩き始める。

「…………京一!」

天に光を伸ばし、池の水面に姿を映す、綺麗な綺麗なクリスマスツリーのイルミネーションをバックに、雪を纏わり付かせながら先行く彼を、龍麻は高く呼んだ。

「……ん?」

「メリー・クリスマス!」

「…………おう」

「……んで。俺のこと、置いてくな!」

呼ぶ声に振り向いた彼へ、龍麻は、大声で告げ。

薄情者ー! ……と、その後を追った。