十二月二十五日、金曜。真神学園の、二学期終業式当日。

こんな日に、他校と交流試合でもあるの……? と。

登校して来た生徒達が悉く首を傾げた、それぞれの得物を肩に、『二人』の登校を待ち侘びていた『異色の面々』に、『二人』──京一に貰ったマフラーを巻き、ほこほこな姿の龍麻と、全身から、ご機嫌オーラを放つ京一は待ち伏せられ。

龍麻は、心配掛けて御免なさい、と頭を下げるまで、京一は、薄情な真似をしてすいませんでした、とやはり頭を下げるまで、『異色の面々』──要するに仲間達に、喉元に得物を突き付けられつつの、強烈な説教を喰らった。

だがまあ、それも、生きるか死ぬかの状態だった彼と、親友兼相棒を失い掛けて、それまで頑に隠し続けて来た『本性』の一部分を透かせそうになった彼を心配してのことだったから、流石に、龍麻にも京一にも反撃は出来ず。

出勤して来た犬神に怒鳴り飛ばされ、蜘蛛の子を散らすように一同が逃げ出すまで、二人の『稲穂の頭垂れ』は続いた。

講堂にて聞かされる、どうしても睡魔に襲われる校長よりの長話に耐えることと、冬期休暇に関する注意事項と、成績表をマリアに貰う以外することはない終業式の日程が終わり、普段よりも大分早い放課後がやって来ても、真神組の面々には、ブチブチ、文句を言われ続けて。

「いい加減にしろってのっ! 未だ言い腐りやがるか、てめえ等っ!」

とうとう、放課後の教室で、京一が怒鳴った。

「あっ! 何、その反抗的な態度っ! ひーちゃんは兎も角、京一はそんなこと言える立場にいないだろっ! 何だよ、ひーちゃんの意識が戻った処に居合わせてたくせに、高見沢さんに口止めはするし、連絡寄越したのは夕方だしぃぃっ!」

だが、負けず劣らずのボリュームで、ぎゃあぎゃあと小蒔は喚き返し。

「……駄目よ、桜井ちゃん。こいつ、これっぽっちも反省してないわ。馬鹿に説教垂れてみても、暖簾に腕押しって奴なのよ。…………時間の無駄ね」

やれやれと、杏子は眼鏡のズレを直しながら肩を竦めた。

「あー……、その。京一だけ責めるのは、止してやって貰えるとー……」

「………………本当に、ひーちゃんは、この馬鹿のこと庇うよね……」

そんな少女達二人へ、そろっと龍麻は主張し、小蒔は溜息を吐く。

「まあ、いいじゃない。小蒔も、アン子ちゃんも。龍麻君も、京一君も、皆に色々言われて、多少は凝りたと思うわ。……それよりも。明日から冬休みでしょう? 職員室へ行って、マリア先生や犬神先生に、ご挨拶をしてから帰らない?」

すれば、まあまあ、と葵が一同を宥めて、職員室へ行こうと言い出した。

「挨拶、な……」

「マリアせんせーと、犬神のヤローにかあ……?」

しかし、京一に、マリアの様子がどうもおかしいと打ち明けられていた醍醐と、マリアに対する引っ掛かりをいまだ捨てずにいる京一の二人は、渋い顔をする。

「挨拶くらいしても〜、いいんじゃないかしら〜〜」

「醍醐クンも、京一もっ! 先生達には、凄くお世話になってるんだから、それくらいして当然だよっ。……ほら、ひーちゃんもっ。──職員室へ、レッツゴー!」

が、二人の細やかな拒否は、ミサと小蒔に握り潰されてしまい。

七名の団体で、職員室へ乗り込むべく、彼等は一階へと下りた。

「………………ん?」

「………………あれ?」

「………………まあ……」

「………………スクープ?」

一部は意気揚々と、一部は渋々、職員室前の廊下を辿っている最中。

彼等は、曲がろうとした角の向こう側で、当のマリアと犬神が、人目を忍びつつ、それぞれ酷く厳しい顔付きで対峙しているのに出会し、思い思いの呟きを洩らしながら足を止めた。

「………………もう、判っているんだろう?」

「……何を。私が、何を判っていると言うの」

「共に過ごした時間の長さが、君にくれた答えと。君を変えたことと」

「…………貴方、ふざけてるの? 『これっぽっち』の時間の長さが、私に何を教えたって言うの? 私は何も変わらないわ、私は何時だって──

──ならば何故、あの晩、桜────おい、お前等、そこで何をしている?」

主に少女達が、そうっと、忍者さながらに壁に張り付き、聞き耳を立てた二人の口論は、痴情の縺れとも取れて。

うひゃあ! と小蒔と杏子は身悶えし、葵は困ったように口許を押さえ、ミサは、ふ〜ん〜? と首を傾げ。

少年達が、顔を見合わせた処で、一同は犬神に見咎められた。

「立ち聞きか? 良い趣味とは言えんな。……とっとと帰れ」

「まあ、貴方達…………」

ヤバいっ、と、彼等が踵を返そうとした時には既に遅く、つかつかと近付いて来た、ヨレヨレの白衣がトレードマークな生物教師に、一同は冷たく睨まれ、マリアには、悲し気な顔をされ。

「マリア先生、犬神先生、さようならっ! 良いお年を! 来年も宜しくお願いしまーーすっっ!」

大声で、それだけを告げると彼等は、脱兎の如く、その場より逃げ去った。

「何だったんだろーねー……」

「ドキドキしちゃった……」

全速力で駆け、辿り着いた昇降口の下駄箱に手を付いて、小蒔と杏子は言い合い始める。

「…………マリアせんせーが、犬神のヤローに結婚でも迫ってたんじゃねえの?」

結果的に他人のプライベートを覗いてしまったことを反省しつつも、好奇心を隠し切れない目をして喋り始めた二人を横目で眺め、いい加減なことを京一は言った。

「そう、かしら……。そんな感じでもなかったような気がするけれど……」

が、葵はしきりに首を傾げ。

「……………………ミサちゃ〜ん、霊研に戻る〜。冬休みも、調べ物するんだ〜。……じゃあね〜、皆〜〜」

先程の出来事になど、一切の興味を持っていない風な素振りで、ミサは、部室へと去って行った。

「あっ! あたしも、アルバム編集の方に戻らなきゃ! じゃ、又ね、皆!」

とっとと去ってしまったミサの後を追うように、杏子も昇降口より消えて。

「ラーメンでも、喰い行くか」

「……そうだな」

「お腹空いたしね」

未だに首を捻り続ける少女達を、少年達は急き立てた。