世羅に宿った『力』は、龍麻や京一達が操る氣の力よりも、何方かと言えば超能力の類いに近かったが、相棒に徒なすモノは、女だろうと手加減はしない、との宣言通り、『世羅』が抱えているらしい『事情』には一切見向きもせず、本当に全力で以て叩き潰しに掛かった京一に、その力を駆使しても尚、彼女は地へと倒された。
「……俺が言うのもアレだけど……。……もーちょーっとくらい、『優しく』ても良かったんじゃ……。『あたし』の彼女は兎も角、『私』の彼女の方が、可哀想だよ」
「任せろ、骨は折ってない」
「いや、そーゆー問題じゃなくて。……ま、いっか。峰打ちは峰打ちだし。こっちも、命懸かってるしね」
戦いの最中、時折、もう二度と『あんなの』は御免だと、そんなことを呟きながら、彼女へのトドメの一撃をくれた京一へ、龍麻は若干の苦笑を送り、が、ケロッと面持ちを変え。
「そういうこと」
「さて、どうしようか。……結界、消えないね」
「……だな。未だ、続きがあるのかもな。あの女に俺達がどうこう出来るとは、あの野郎だって思っちゃいねえだろうし」
未だ解けない結界に、彼は京一と二人、渋い顔になる。
「……………………嫌……。嫌……嫌ああああああっ! 私の中から、出てって! 貴方は私じゃないっ! 私じゃないの、出てって! 出てってよっ!」
と、突然、倒れていた世羅が、カッと目を見開いて、苦しみ始めた。
「『私』? 六道さん?」
「嫌ーーーーーーーーっ!!」
いきなりの叫びに、彼等は仰天し、彼女と周囲を見比べて。
「この氣……。まさか…………っ」
「……っ。ひーちゃんっ! こっち来い、龍麻っ!」
突如、彼女の『内』より沸き上がった凄まじい『陰』に、彼等は顔色を変える。
『……陰の世界を手にすれば。全てを、手にすれば。お前の望みも叶う。……六道世羅。「あたし」のお前。…………お前だけ。お前だけ、を。「私」でないお前だけを、確かに、この世に』
陰の氣を迸らせながら、ゆらりと立ち上がった世羅より洩れたのは、確かに柳生の声だった。
「柳生が……憑依してる……?」
『六道世羅。「あたし」のお前。我にその「力」を与えよ。──開け、時逆の門! 汝、緋勇龍麻、六道輪廻の道より外れ、魔縁となれ!』
今、世羅の『中』に在るのは柳生かと、仲間達が得物を構え直す様を見詰めながら、世羅の体と『力』を乗っ取った柳生は、彼等の腹の底に響くような声で呪を唱え、舌を噛み切った。
「六道さんっ!」
ボタボタと、溢れ返る血潮が歩道のアスファルトへ滴る音に、龍麻も、仲間達も、一層顔の色を失くし。
「『あたし』……だけ…………」
──…………何時しか、その『中』より柳生が去った世羅は、『あたし』のまま、嬉しそうに微笑み、歩道へと倒れた。
「六道さんっ! 六道さんっっっ」
「君っ、しっかりしてっ!」
口より血を吹き上げながら崩れた彼女に、葵と小蒔が駆け寄った。
「あ……んっの、糞っ垂れ野郎っ!!」
「一切の手段を選ばん男なんだな…………」
目の前で少女を『殺され』、京一は憤り、醍醐は低く唸る。
「柳生……柳生宗崇………………」
『声だけの姿』で、再び己が前に現れ、彼女を『殺し』、去って行った男に、龍麻は、怒りで目の前が白くなって行くのを感じながら、瞼を閉ざした。
何が遭っても、あの男だけは倒してみせると、そう誓いながら。
『………………お前が「ゆく」のは、お前に相応しい世界だ。……お前の望む、「日常」、を』
なのに、彼の耳許でだけ、又、消え去った筈の男の声が湧き上がり。
「……ひーちゃん…………? おい! ひーちゃんっ! 龍麻っっ!!」
「龍麻君っ!」
「ひーちゃんっ!」
「龍麻っっ」
──あれ……? と。
仲間達の声を遠くに聴きながら、急に離れ出した意識を、彼は引き戻そうとしたが。
それは、叶わなかった。
世羅に舌を噛み切らせて逃げ去った柳生に、憤り、という言葉では表し尽くせぬ怒りを感じ、身を震わせていたら、傍らの龍麻の体が揺らぎ。
「……ひーちゃん…………? おい! ひーちゃんっ! 龍麻っっ!!」
前触れもなく崩れた体を何とか抱き留め、京一は声を張り上げた。
「龍麻君っ!」
「ひーちゃんっ!」
「龍麻っっ」
一体、何が、と葵達三人も、龍麻と京一を取り囲んだが、京一に上半身を掬い上げられたまま、ことりと首を傾げる龍麻の瞼は、開かなかった。
「……………………もしかして、ひーちゃん、寝てる……?」
恐る恐る、彼の口許に掌を翳して呼吸を確かめ、顔を覗き込んだ小蒔が、眉間に皺を寄せた。
「寝てる、の……? 気を失ったのではなくて?」
「寝てしまったのか、失神しているのか、何方なのかは判らないが……。確かに、寝ているようには見えるな」
小蒔の弁に、葵と醍醐は顔を見合わせる。
「寝てる、な。確かに……。気ぃ失ったってのとは、少し違うみてぇだ。……でも………………」
……そう、本当に、唯、深い眠りに付いてしまったようにしか思えぬ彼の様子を窺い、京一は、酷く困惑して。
「でも、何だ? 京一」
「寝てるとしか思えねえのに……、息もしてて、暖かくて、確かに生きてるのに……龍麻の氣が、消えた……」
が、一瞬後に、覚えた困惑を無理矢理に振り払った彼は、ガッと、龍麻の体を抱き上げた。
「逃げるぞ。結界が晴れて来た。このままいたら、騒ぎになる。巻き込まれたら厄介だ。一刻も早く、桜ヶ丘に行かねえと……」
四日の昏睡を経て、昨日退院したばかりの龍麻は、同年代の少年にしては、軽い、と思える処まで、体重が落ちており。
肩に担がなきゃならねえくらい、重たい方が未だ良かったと、京一は、溜息を零した。
簡単に抱え上げられる、痩せてしまった彼の体だとか、男に抱き上げられても起きない彼とか、彼の氣が消えてしまったこととか、又、彼を護れなかったらしい自分とか。
やりたい放題やって、さっさと姿を消した柳生とか、歩道の直中に出来た血溜りの中に横たわり続ける六道の亡骸とか。
その、全てに情けなさを感じつつ、一つだけ溜息を付いた後、彼はその場より駆け出す。
醍醐達が後に続いているか否か確かめもせず、流石に、抱えて走るには重たい龍麻の体を、気合いだけで支え続け、解かれ行く結界の綻びから、現実の世界へと滑り出た。
……途端、目の前に飛び込んで来たタクシー乗り場に、ちゃんと後を付いて来ていた仲間達と共に彼が滑り込んだ時。
少し離れた所から、通行人の悲鳴が聞こえた。