葵達に連絡を貰った御門──と村雨と芙蓉が桜ヶ丘に駆け付けた時には、何故か、杏子を除く仲間達全員が、先日のように、玄関ロビーにいた。
たか子が御門を呼べと言ったのだ、間違いなく、『そっち方面』の話だろうと葵と小蒔は想像し、だったら、雪乃と雛乃も呼んだ方がいいのかも、あ、ならミサちゃんも、と『連絡網』を広げている内に、あっという間に、事と次第は仲間内の間を駆け巡り、玄関ロビーには、ずら……っと。
「…………御門だけで、良かったんだけどね……。……まあ、いい…………」
気を遣っても、人数が人数だけに、それなりの大きさになる足音達を聞き、ひょいひょいひょい、と開け放たれた病室のドアから視線を注いで来る少年少女達に溜息を零して、たか子は、御門を手招いた。
「事情は聞いたかい?」
「ええ、一通り」
「……で? どうだい?」
「岩山先生が想像された通りで、間違いはないかと」
チロー……っと、頭のてっぺんから足の先まで、舐め回すように見詰める女傑の視線を物ともせず弾き返し、龍麻を横目で視つつ御門は言い、たか子は一人頷く。
「だから……っ。二人だけで納得してんじゃねえよ。何だってんだよ……」
「そうや! アニキに、一体何が遭ったんやっ!?」
龍麻の枕辺から離れようとしない京一、ドアから上半身を覗かせた劉、その二人が、声のトーンだけは控え目に、彼等に噛み付いた。
事情を話せ、と。
「相変らず、せっかちな人達ですね。──六道世羅という少女は恐らく、輪廻の輪を開くか、ねじ曲げるか出来る『力』を、持っていたんでしょう。……輪廻、という言葉を知っていますか?」
「それくらいは知ってる。生まれ変わり、って奴だろう? 前世、とか」
「おや、蓬莱寺。貴方が知っているとは、意外でしたが。……そうです、判り易く言えば、輪廻とは生まれ変わり。この世に下りた迷いある生命が、死後、六道と呼ばれる六つの世界の何れかに転生し、生前の罪を購いつつ、生死を繰り返す、という、あれです。少女の体を乗っ取った柳生が言った、魔縁、とは、その六道から外れた者のこと。所謂、外道という奴で、六道の世界の何れにも属さず、輪廻の輪から外れる天狗道、という地獄に堕ちた者、の意味です。…………だから。或る意味では、命を絶つよりも、簡単で確実かも知れない方法を、柳生宗崇は取ったのかと」
「殺すよりも簡単で、確実な方法て、なんや…………」
「六道世羅の力を使い、輪廻の輪を開き、ねじ曲げ、その輪より外れた世界へと、緋勇の存在だけを送り込んでしまう方法。……黄龍の器である彼は、あれだけの手傷を負わされても、一命を取り留めた。だから柳生は、彼の息の根を止めるには、首を切り落とすか、心臓を抉り出すかくらいしないと駄目だ、とでも考えたんでしょう。けれど、流石にそんなことは容易には出来ない。相手は黄龍の器。宿星達も彼を護っている。……ならば、『心』だけでも、違う世界に放り込んでしまえば良いと。医者にも、宿星達にも手の出せない、緋勇自身が、そここそが己の本来在るべき場所だと、信じ込んでしまうような『世界』へ。……彼が自ら、『世界』に留まり続けることを望めば、現実のこの世界より、彼は消えることになります。肉体も、何れは朽ち果てる。しかも、現実世界でそれを成してしまうのは、『世界』に留まり続ける、彼の意思。彼が自ら、『世界』が偽りであることに気付き、現実世界へ戻ろうと思わぬ限り、この状況を何とか出来る者は、皆無ですね」
「……皆無って、そんなっ! そんなにあっさり言わなくったっていいじゃないか、御門クンっ! 何とかならないのっ? ひーちゃんをここへ戻す方法はないのっ? ひーちゃんが連れてかれちゃった『世界』に行くとか、出来ないのっっ?」
長かった御門の語りが終わるまでは大人しくしていたものの、その言い種が気に入らないと、小蒔は怒った顔をして、何とか、と大声で叫んだ。
「……時逆の門──時を遡り、門を開き、輪廻の輪を渡る力を持っていた彼女が、柳生に殺された今となっては、誰にも、時逆の門を開くことは…………。陰陽道とて、万能ではないのですよ……」
しかし、己にも、求められることを成す力はないと、珍しく、御門は眼差しを伏せた。何処となく、悔しそうに。
「……………………何だ、そんなことか……」
仲間達の一部より、何時でも、自信に満ち溢れ過ぎた、嫌味ったらしい態度ばかり取ると、ブーブー言われる御門の有り得ない様に、きっと、本当にどうしようもないのだと、一同は皆、声を失くしたが。
握り締めていた竹刀袋を肩に担ぎ直し、京一は唯一人、場違いな明るい声を放った。
「そんなこと…………?」
「そんなこと、だろう? っとによー、脅かすなよ、御門。いっつも涼しい顔してやがるお前まで、深刻なツラしやがるから、どうしようかと思ったじゃねえかよ」
「……蓬莱寺。私の説明が、本当に判ってるんですか?」
「あったり前だ。──あの糞っ垂れ野郎、頭悪過ぎるんじゃねえの? 馬鹿だよなー。んなトコに、ひーちゃんが何時までも迷い込んでる訳ねえっての。ひーちゃん、おっとりだからよ、二、三日くらいは、『ここは何処』って悩んじまうかも知れねえけど、放っといても、ちゃんと、そこが現実じゃねえって気付くさ。判らない訳がねえ。おっとりだけど、しっかりしてやがんだから、あいつも」
告げたことを、『そんなこと』とあしらわれ、御門も他の者達も、立て続けに襲って来たこの事態に、とうとう京一はおかしくなったかと慌てたが、窺うように顔を覗き込まれた当人は、ケロッと言い切った。
「……………………旦那の言うことは、尤もかも知れねえな」
随分と厚い信頼で、と、己とて、龍麻のことも、仲間達のことも厚く信じているくせに、村雨は苦笑を浮かべた。
「そうだろう? 帰って来られねえ訳がねえんだ、ひーちゃんが。俺達がいるのは、ここ、なんだから。あいつの、唯一の居場所も。──あー、心臓に悪かった」
そんな彼へ、京一は何処までも気楽に告げて、ほてほて、病室を出て行く。
「京一、何処へ行く?」
口では自信たっぷりに言いながらも、先日のように、内心では己だけを責めて、一人何処かで打ち拉がれるんじゃ、と、醍醐はその背へ声を掛けた。
「ん? ロビーの自販機で、コーヒー買って来る。出来る限り傍にいて、起きててやんねえとな。帰り道に迷うかも知んねえだろう? あいつ。そーゆー所は、トロいから。……お前も飲むか?」
「……いや、いい」
くるっと、首だけを巡らせて、何処までも普通に、当たり前のことのように京一は言い、ほんの少しだけ絶句して、醍醐は、コーヒーは要らないとだけ答えた。
「………………何か……」
「どうしたの? 小蒔」
「……何か。京一は、何処までも馬鹿で、実際、馬鹿の筈なのに……。馬鹿の京一が、物凄く遠い所に行っちゃった気がする…………」
「そうね………………。何となく、遠いわね、京一君……」
十戒のように道を空けた仲間達の間を縫って、ロビーへと向かう京一を見送り、小蒔と葵は、ぽつりと呟き。
「清明様」
「何です? 芙蓉」
「人間というモノが、仲間や友に対して見せる、信頼、とは、あのように、鬼気迫るものなのですか?」
「……………………特別製ですよ、蓬莱寺のあれはね」
常通りの、誠正しい姿勢で御門を振り返った、式神の芙蓉は、人の持ち得る信頼に対して主へと問い、問われた主は、肩を竦めつつ、ぱちりと白扇を閉じた。
「……あの馬鹿は、又今夜も、ここに泊まるつもりなのかい……」
そして、たか子は、聞き分けのない子だねえ……、と。
溜息を零した。