京一も、醍醐も小蒔も葵も、自分のことを屈託なく受け入れてくれたから、学校が楽しい、と。

龍麻は、『日々』を過ごしていた。

家族の顔は思い出せず、どうして、記憶が混乱することすらある己が、一人暮らしなぞ出来ているのかが不思議でならなく。

京一達が、自分のことを、緋勇、と呼ぶのに、酷い違和感と、虚しさを感じたが。

それでも、『日々』は楽しいと思えた。

何時しか彼は、メモ帳とペンを、肌身離さず持ち歩くようになっていて、様々な人と、筆談で会話をした。

醍醐や葵や小蒔は、一緒にいる時間が長い所為か、一寸した頷き方の違いや表情の違いで、龍麻の言いたいことを大体は汲んでくれるようになったし、京一に至っては、人の心の機微に元々から聡いのか、メモ帳を取り出さずとも、完璧に、言いたいことを判ってくれたし、代弁もしてくれた。

………………『日々』は、とても居心地が良かった。

平々凡々とした学園で、平々凡々とした高校生活を送るだけだけれど。

所謂、不良と世間からは呼ばれる人種ではある京一や醍醐や、彼等二人も含め、学内は疎か、他校でも有名人である友人達の日常を端で見ているだけで、少しだけ、特別な気分も味わえた。

……なのに。

そんな、居心地の良い『日々』は、何故か、『不思議』や違和感や虚しさと、常に隣り合わせだった。

現在、京一達、真神学園の面々と揉めている真っ最中の、渋谷区神代高校の者──雨紋という、槍術を習っているらしい彼と、彼の親友の唐栖という彼に、偶然、新宿駅前で行き会って、京一と雨紋が、余り揉めている間柄とは思えぬ会話を交わし始めたのを見た時も。

日本史のレポートを作成する為に、皆で五色不動尊巡りをした際、亜里沙と呼ばれていた少女や、嵯峨野という少年を見掛けた時にも。

醍醐の家へ、揃って遊びに行く途中、彼の中学時代の『悪友』であるらしい、凶津という少年に出会った時にも。

違和感は、常に龍麻の傍らにいた。

行き会った、見掛けた、出会った、そんな少年少女達が、それぞれの友と、それぞれ、それなりに幸せそうにしている姿は、どういう訳か、『大きな喜び』と感じるのに、どうしたって、違和感は去らず。

違和感を覚えてぼんやりしてしまう度、大丈夫かと体調を気遣ってくれる京一に、緋勇、と呼び掛けられて、その都度、虚しさが湧き上がって。

どうして『この蓬莱寺』は、『暖かく』ないんだろう……、と。

そんなことまで、龍麻は考えた。

……皆々、幸せそうで、皆々、優しくて。

『変わらず』に優しくて、京一は、特に優しくて。

でも彼は、『暖かく』もなければ、『痛く』もない、と。

幸せで、優しい人々に囲まれる、居心地の良い『日々』の中で、龍麻は。

本当の蓬莱寺京一を、自分は知っている、と。

本当の彼は、暖かくて、時に痛い、と。

思うことを止められなくなった。

ズーー……と、紙コップ入りの熱いコーヒーを、待ち合いのソファに腰掛け啜り出した京一を中心に、身を寄せ合いながら。

先程たか子に叱られた通り、ここで、二十名以上の高校生が団子のように固まっていたら、只の迷惑にしかならないから、一旦、解散しようか? 出来ることもなさそうだし、と。

桜ヶ丘のロビーにて、誰からともなく言い出した時。

「一寸! 龍麻君が、又入院したって話、ホントなのっ? 倒れたってっ?」

バン! と玄関のドアを開けつつ叫びながら、杏子が桜ヶ丘に飛び込んで来た。

「うるせー、アン子」

「うるさいとは何よ! 馬鹿京一っ。……で、大丈夫なの? 龍麻君。何が遭ったの……?」

「大丈夫……は大丈夫だろ、あいつのことだし。何が遭ったか説明すっと、長ぇけど」

「ほんっとーに、いい加減なことしか言わない男ね、あんたって……。いいわよ、美里ちゃんと桜井ちゃんに、後で訊くから」

騒がしく登場した彼女を、ギロっと京一は睨み、暢気にコーヒーを啜り続ける彼を、杏子も、キィッ! と睨み返して。

「で? 何しに来たんだ、お前」

「何しに来たとは失礼ねっ! 話聞いて、駆け付けて来たんじゃないっ! まあ、それだけじゃないんだけど」

バキっと、京一の顎にグーでパンチを入れてから、杏子は、スカートのポケットから、小さな手帳を取り出す。

「……手の早ぇぇ女だな……。──それだけじゃない?」

「そうよ。あたしには、あたしに出来ることってのがあるでしょ? だから一寸、調べてみようと思ったのよ、例の、柳生とかいう男のこと」

「柳生、だと……?」

グーパンチを入れられた顎を摩りながら、ボソっと、暴力女、と洩らし、眼前でページを繰られ始めた杏子の手帳を眺めていたら、柳生、と言われ。

京一は、少々目の色を変えた。

「何か、判ったのか?」

「それが、なーんにも。さっぱり。途中で、幽霊のことでも調べてんのかしら、あたし、って気分にすらなったわよ」

「……てめぇな……。思わせ振りなこと言うんじゃねえよ……」

「でも、少しだけなら判ったこともあるわよ。──如何せん、全く手掛かりがない相手でしょう? だからね、今年の春から今までに起こった事件を、片っ端から、洗いざらい調べ直してみたの。天野さんにも協力して貰って。そうしたらね、一つだけ、引っ掛かることが出て来たの」

噂の男に関することは、何一つ判らなかったと肩を竦めながらも、ムスっと拗ねてみせた京一へ、彼女は真顔を向けた。

「一寸前に、男子高校生の連続行方不明事件、あったでしょ?」

「あー、あの、オカマ陰陽師が起こした奴。……何だっけ? ともちゃん、だっけ?」

ちろっと、村雨の方を横目で見遣りながら、フンフンと彼女の話を聞いていた小蒔が言った。

「そう、あれ。今年の春に、東京の高校に転校した少年が、軒並み、って奴。……あれを調べ直してたらね、別の、行方不明事件の話が出て来たの。新しく出て来た子の事件は、あの事件が取り沙汰され始めた、十一月中旬辺りに起こった訳でもないし、転校生って訳でもなかったから、最初は、全く関係ない事件かと思ったんだけど。──京一や、醍醐君なら判るかしら。……天龍院高校、知ってる?」

小蒔の声に頷きながら、話を始めた杏子は、そこで、京一と醍醐を見比べた。

「天龍院? ……ああ、確か、都庁の向こう側にある、西新宿の高校だったな」

「知ってるぜ。天龍院の方が、真神よりも、家にゃ近いからな。でも、何年か前に廃校が決まって、今じゃ、三年だけがひっそり通ってるガッコだぞ?」

「その、天龍院の三年生だったそうなの、その子。でも、同級生達は、誰も、その子のことを覚えてないの。行方不明になった同級生が一人いるってことを、覚えてる子は覚えてる。でも、何て言う名前だったのか、どんな子だったのか、誰も思い出せないって言うのよ。挙げ句、学校の記録からも、その子のことは抹消されてしまってる始末。…………で。もう一つ思い出して欲しいんだけど。……天龍院高校の制服の色は、何色だった?」

「天龍院の、学ランの色……? あそこの学ランの色は、確か…………。……そうか、緋色、だ……」

「思い出した? ……そうなのよ、天龍院の制服の色は、柳生って奴が着てた制服と同じ色なのよ。東京中の高校の資料も調べてみたんだけど、緋色の学ランが制服なのは、天龍院しかないの。何で、柳生が天龍院の制服なんか着てるのか、それは判らないけど……、そいつ、天龍院高校と、何か関わりがあるんじゃないかしら。不思議な消え方をした子も出てることだし、可能性はあると思うわ」

時折、手帳に目を走らせながら、杏子は、柳生と、天龍院高校とは、何らかの……、と、そう言って。

一同を見回した。