比良坂紗夜、という少女と龍麻が巡り逢ったのは、偶然、新宿の片隅にある、桜ヶ丘中央病院、という、寂れた産婦人科医院の前を通り掛った時だった。
京一や醍醐達と、抜け道を通っている途中の出来事。
醍醐が、大の幽霊嫌いなのを知っていた京一が、ふと通り掛ったそこを見上げて悪ノリし。
この病院は『出る』って噂だぞ、身の丈三メートルを超える、大女の幽霊が、と怪談話を始め、案の定、そんな話は止めろと醍醐が血相を変え始めて、病院の門柱付近で足を止めてしまった彼等の前に、少女は現れた。
院内から出て来た彼女は、騒がしい彼等へと近付き、この病院に何か用があるのか、あるなら、自分の兄がここに勤めている医師だから、取り次いで貰うけれど、と話し掛けて来た。
その為、彼等は慌てて、そうではないと首を振り、その場より逃げ出した。
──比良坂、紗夜さん……。
…………京一と醍醐に腕を引かれつつ走りながらも。
龍麻は、じっと自分達を見送って来る、紗夜と名乗った彼女のことを、振り返らずにはいられなかった。
……何故か。どういう訳か。
彼女を象る色彩だけが、周囲の色彩よりも、酷く濃く、見えた。
柳生と、天龍院高校とは、何らかの関係があるかも知れない。
──杏子が言うそれを、何となく、納得出来なくはなかった。
だが、だからと言って、両者の間に一体どんな関係があるのか、何故、天龍院の緋色の制服を柳生は纏っているのか、それは判らないし、調べようもないし、と。
そちらの方は、取り敢えず杏子に一任しようと、彼等は決めた。
そして、その日は解散を決めて、………………三日後。
十二月二十七日。
──龍麻が、桜ヶ丘に舞い戻る羽目になってより数えて、三日が過ぎた。
その間、ひたすらに彼は眠り続けた。
『氣』は何処かに行ってしまったままで、眠る以外の生命維持活動が行われている気配は一つも窺えず、栄養剤等の点滴も、意味を成していない様子だった。
そんな彼の姿に、見舞いに訪れた仲間達は一様に渋い顔になったが、京一だけは相変らずの調子を見せていて、誰に何を言われても、その内起きるだろ、と、気楽に答え続けていた。
「…………あいつ、よく倒れねえよな」
……二十七日の午後。
少女達だけで連れ立って桜ヶ丘を訪れ、病室を覗き、今日も変わりなしかと落胆し、ロビーに屯して。
この三日、何時桜ヶ丘を訪れても見掛ける京一を指し、ポツリと雪乃が言い出した。
「舞子ねぇ、休んでって言ったのぅ。お家に帰って寝て、って。でも京一君、帰らないの。あれから、一睡もしてないんだよぅ、京一君……。ダーリンが迷子になったら可哀想だからって、言い張るんだよぅ……」
「え? 三日間、ずっと起きっ放し……?」
「うん〜。院長先生が、京一君のお家に電話して、『告げ口』しても駄目だったぁ……。……一回ね、京一君のお母さんがここに来たんだけど、少ぉしだけ、京一君とお話ししたら、『そこまで想うことがあるんだったら、好きにしなさい』って、帰っちゃった……」
「京一のお母さんだけあって、豪気だね…………」
感心や心配を通り越して、呆れしか感じられなくなってしまっている風な雪乃の呟きに、舞子は、己の知ることを皆へと語って、マリィと小蒔は、ぽっかり、馬鹿みたいに口を開いた。
「そんな風にしてて、大丈夫なのかしら……。言いたいことも、気持ちも判らなくはないけれど……京一君まで、倒れたりしてしまわないかしら……。体も心配だけれど、もしもこんな時に、何か起こったら……」
「そうですわね……。龍麻様だけでなく、蓬莱寺様まで欠くようなことにでもなったら、異形のモノ達に、太刀打ち出来ぬやも知れません。蓬莱寺様は、お強いですから……」
葵と雛乃は、どうしよう、と困ったように顔を見合わせ。
「無理矢理にでも寝かせちゃう? ……ほら、如月君の所に売ってる、気持ち悪い、ミイラみたいな手、あるじゃない」
「……あああ、『栄光の手』とかいう名前の付いてる、呪物ですか?」
「そうそう、あれ。あれ、催眠効果のある呪物なんでしょう? ……すり鉢かなんかですり潰して、コーヒーにでも混ぜて飲ませれば、効くんじゃない?」
「物凄く、効きそうですね、それ」
桃香とさやかは、少々物騒なことを言い合い始めた。
「本郷様、舞園様、それは…………」
「あらっ! 雛乃さん。案外いい手かもよ?」
「あたしも、賛成。ぶん殴ってても寝かせちゃえばいいんだよ」
幾ら何でも、それは過激過ぎるのでは、と、雛乃は慌てて二人を諌めようとしたが、杏子と亜里沙は、ナイス・アイディア! と握り拳を固める。
「じゃあ、如月クンに電話して、持って来て貰おっか、それ」
小蒔は、桃香とさやかが言い出した案をとっとと実行すべく、PHSを取り出して。
「大丈夫よ〜〜、皆〜〜」
が、そんな彼女等を、ミサが留めた。
「大丈夫って? 何が大丈夫なんだよ、裏密」
「う〜ふ〜ふ〜〜……。兎に角、大丈夫〜〜。もしも〜、今夜を過ぎても何にも変わらなかったら〜、その時、京一く〜んに、呪物飲ませるといいよ〜。何なら、ミサちゃ〜んが、薬作るから〜〜」
根拠のない『大丈夫』なんじゃねえだろうなと、雪乃が不審気に彼女を見たけれど、ミサは、何時ものニタリとした笑いを浮かべて彼女の追求を躱し、「呪物より、彼女の作る薬の方が、よっぽど効きそう……」と、少女達を沈思に追い込んだ。
「……あ、でも、それって……。今夜、何かが起こるってことなのかしら? ミサちゃん」
「ミサちゃ〜ん、知らな〜い〜」
──沈黙と思考から、真っ先に帰って来たのは葵で、彼女は、ん? と、ミサを見詰め直したが、相変らずの『うふふ笑い』でミサは、何も彼も誤摩化し。
「……………………今夜。改めて、ここに潜り込んでみる?」
「あ、賛成ー!」
「じゃあぁ、舞子、裏口の鍵、開けとくねぇぇ」
……冬休み真っ直中であることも手伝って、少女達はガッチリと、その日夜半の、桜ヶ丘侵入を誓い合った。