紗夜、という少女が、気になってどうしようもなかった。

もう一度、会ってみたいと思った。

……その為、或る日龍麻は、彼女に会えるかも知れないと、桜ヶ丘中央病院に行くことを決め。

一日中、何処となくそわそわとした態度を見せていた彼に気付いた京一に、桜ヶ丘に行きたいと打ち明け、なら、付き合ってやる、と言ってくれた彼と共に、病院前まで足を運んでみた。

────『運命』は、上手く廻ってくれた。

余程、兄との仲がいいのか、それとも、頻繁に兄の勤め先に所用でもあるのか、訪れた桜ヶ丘の門柱辺りに暫く佇んでいたら、院内から、紗夜は姿を見せた。

「…………あっ。……この間の……」

「あ、ああ……。紗夜ちゃん、だったよな。……えっと、俺は、蓬莱寺京一。こいつは、緋勇龍麻」

佇む二人を見掛け、あ、と立ち止まった彼女に、京一が答えた。

緋勇は言葉が喋れないし、ここまで来てはみたものの、どうしたらいいのか判っていない風だな、と。

「蓬莱寺さんに、緋勇さん……。……何か、御用ですか?」

「御用、っつーか……。あー、その。…………そ、そう! こいつがさ、もう一回、紗夜ちゃんに会ってみたいなー、な素振り見せるから! うん!」

だが、名乗ったはいいが、そこから先どうしたら良いのか京一にも判らず、彼は、至極適当だが、そう的外れでもないことを告げて、バン! と龍麻の背を叩いた。

……そんな彼と、紗夜の顔を、龍麻は見比べるしかなくて。

「…………? 緋勇さん……?」

すれば紗夜は、訝し気に龍麻の顔を覗き込んで、京一が、彼の抱える事情を語った。

遭った事故の所為で声が出せぬことと、記憶が混乱していることを。

「そうなんですか…………」

語られた話を聞き終え、彼女は、悲しそうな色を瞳に浮かべる。

「……どうしたんだい、紗夜」

「あっ、兄さん」

と、そこへ。

院内より、白衣を身に着けた一人の男性が出て来た。

近付いて来た彼を振り返った紗夜は、兄さん、と呼び掛け。

「兄さん?」

「はい。ここに勤めてる、私の兄です」

「初めまして。お二人は、紗夜の友達かな? 僕は、紗夜の兄の、比良坂影司です」

京一と龍麻を、妹の友人だと思ったのだろう影司は、にっこりと、少年達へ笑い掛けた。

「あ、どうも……」

誠に爽やかに挨拶をしてくれた彼へ、京一は、ぎこちなく頭を下げたが。

彼を一目見遣ってより龍麻は、動くことが出来なくなってしまっており。

「…………おい。緋勇? どうした?」

「緋勇さん?」

「……君? 顔色が悪いようだけれど、何処か具合でも?」

瞳を見開いたまま影司を見詰め続ける彼へ、三人は、それぞれ声を掛けた。

「緋勇。……緋勇っっ。頭でも痛ぇのか? 大丈夫か? しっかりしろ」

しかし、何を言われても龍麻は微動だにせず、京一は、彼の体を揺する。

そうしてみれば、やっと、影司に釘付けとなっていた龍麻の視線は、京一へと流れて。

…………龍麻は、ふるふると、首を横に振った。

「あ? 何だよ。何が言いたいんだよ。……違うのか? 緋勇。具合が悪いとかじゃねえのか?」

ひたすらに。違う、違うと訴える風に、激しく首を振る彼に、京一は困惑した。

「どうしちまったんだよ、緋勇…………」

緋勇、と呼び掛ける度、首を振る龍麻の様は益々激しくなって、眩暈か、然もなければ頭痛を覚えているかのように、ゆらり、と体は傾ぎ。

「……! おいっっ!」

己に縋り付くように崩れて行く龍麻の体を、京一は抱き抱えた。

「きょ…………い、ち……」

「えっ……?」

──その時、微かに、龍麻より己の名が洩れ、彼は目を丸くし。

「………………蓬莱寺さん。緋勇さんのこと、龍麻って、呼んでみてくれませんか」

何を思ったのか、紗夜は、異なことを言い出した。

「……は? お、おう……。……龍麻? おい、龍麻? 大丈夫なのかよ、おいっ!」

一瞬、何を言い出したんだ、この女は、とでもいう顔をしながらも、彼女に促されるまま、京一は、彼の名を呼び掛け続け。

──────途端。

パリっと、何かが割れるような音が、辺りに高く響いた。

──真夜中。

そろぉ……っと、わざと鍵を掛けなかった桜ヶ丘の裏口より侵入して来た、仲間達を眺め。

「あれぇ? 何で、皆揃ってるのぉ?」

少女達だけでなく、少年達もが顔を揃えていることに、出迎えた舞子は、きょとん、と首を傾げた。

……どうも、夜半の桜ヶ丘侵入計画を、少女の誰かが少年の誰かにバラして、結果、計画は全員に伝わり、皆、仲良く雁首揃えて、と相成ったらしい。

故に舞子は、少しだけ困った顔をしながらも、しぃーー、と唇に立てた指を当てて、極力物音を立てぬように告げると、ソロソロソロソロ、皆を病室へと先導した。

前回の時も、今回も、龍麻の病室は、産婦人科の患者として入院している他の者達とは別棟にあり、且つ、訳ありの患者専用の、それなりに広い個室なので、院長のたか子にさえバレずに辿り着ければ、後はどうとでもなる、と。

気配を殺した一同は、どうか、あの強烈な院長に会いませんようにと、それだけを祈りつつ、何とか別棟の、龍麻の病室に辿り着くや否や、もう、ここまで来れば大丈夫だとばかりに、わらわら、室内へと傾れ込んだ。

「……何やってんだ、てめえら」

その夜も、変わらず龍麻に付き添って、枕辺のパイプ椅子に一人腰掛け、いい加減な仕草で雑誌のページを繰っていた京一は、静かにドアが開いたと思った途端、ドド……っと入室して来た面々を、酷く嫌そうな顔で迎えた。

「ええと、だな。……そのー、だな……」

寝不足も、疲れも、誰にも見せようとしない、だがきっとある筈の心労も、溜っているのだろう。

その全てを写し取ったような、どうしようもなく悪い目付きで、ギロっと京一に睨まれ、仲間達は、龍麻以外では一番、京一に影響力を持っている醍醐を全面に押し出し、『バリケード』とした。

「こんな時間に、こいつの見舞いか? それとも、何か遭ったのか?」

皆のプッシュに抗えず、矢面に立って、苦笑を浮かべながら、しどろもどろになった醍醐へ、京一も又、苦笑を浮かべ、剣呑さを引っ込め。

「……ま、丁度いいか。話し相手がいた方が、退屈しねえし」

手にしたままだった雑誌を、ぽいっと彼は、サイドテーブルに放り投げた。