霊的治療を受ける患者の為だけにある、その別棟に現在入院しているのは、龍麻唯一人だけだから。

真夜中に、こっそり忍び込んで雁首揃えている少年少女達を、遠慮なく、『桜ヶ丘のドン』は怒鳴り飛ばした。

見た目も中味も、それまでの人生に於ける経験も、十七、八の少年少女とは到底思えない者達ばかりが揃っている一同だが、どうしたって、彼等が生きて来た長さは、十数年。

誰も彼もを『子供』としか思っていない、体躯も性格も強烈過ぎるたか子に、ビシバシ説教を喰らわされて、彼等は、高校生らしく、シュン……と項垂れ、大人しく叱られるに任せた。

彼等とて、未だ、『大人』ではないのだ。

だが、たか子の説教も、程無く止み。

盛大な雷を落としても目覚めぬ、熟睡中の京一と、目覚めた途端、元気溌剌になったらしい龍麻と、見慣れぬ少女──紗夜を見比べた彼女は溜息を付き、とっとと帰れとだけ言い置いて、病室を出て行った。

…………でも。

たか子に叱られたばかりだと言うのに、転んでも只では起きない一同は、大人しく帰ろうともせず、声と気配だけは潜め、一体何がどうなっているのかの、一大説明大会を、龍麻と紗夜に求め。

求められるまま、紗夜は事情を語った。

品川区の廃屋で、兄と共に業火に包まれた後、気が付いたら、黄泉の縁なのだろうとしか思えぬ場所を、延々、彷徨い歩いていたこと。

こんな場所からでも、自分に優しくしてくれた、変われることを気付かせてくれた龍麻に、何時か、恩返しがしたいと思い続けたこと。

そうしている内に、輪廻の輪より外されてしまったらしい、黄泉路を彷徨うしかない己に、ひたすら思い続けた所為なのか、『力』が生まれたこと。

その『力』のお陰で、己と同じように、輪廻の輪より龍麻が無理矢理外されたことに気付き、彼が流された『世界』へ向かったこと。

向かった『世界』で、何とか龍麻と巡り逢え、現実の世界への入口も開けたこと。

現実の世界へ戻ろうとした刹那、咄嗟に龍麻が自分へと手を伸ばして、その手に引き摺られるに任せてみたら、次に気が付いた時には、自分も、『生前の世界』──現実世界の、桜ヶ丘の正門前に立っていたこと。

……それらを、彼女は、辿々しく、皆へ。

──彼女よりの説明を聞き終え、そういうことだったのか、と一同は納得し。

紗夜は恐らく、何かの弾みで輪廻の輪より外れてしまったが為、死者でも生者でもない位置におり、同じく、外れた輪廻の輪より、現実世界に戻ろうとした龍麻に連れられるまま、黄泉比良坂よもつひらさかを遡ったのだろうと、御門が言った。

「中国では、黄泉のことを、こうせん、と読むのです。彼の国でも、死者の国は地下にあると考えられていて、黄泉の『黄』は、陰陽五行の、土の意です。要するに、黄泉こうせんとは、地下の泉。……大地を司る、黄龍の領分ですね。……だから、なのかも知れません。比良坂さん、貴方が、黄泉路を遡れたのは。貴方の手を引いたのが、黄龍の器である、緋勇、だから」

『黄龍』の領分である『地』より、『黄龍の器』たる者に導かれたのだから、黄泉比良坂を遡れたとて、不思議ではないのかも知れぬと、御門の言葉は続き。

「難しいことは、どうだっていいよ。何がどうだろうと、全部、現実に起こったことなんだし。比良坂さんは、還って来たんだから。…………お帰り、比良坂さん」

けれど龍麻は、理屈なんかどうだっていいと、嬉しそうな笑みを、紗夜に向けた。

「…………有り難うございます……。龍麻さんのお陰で、私……」

純粋に、生き返ったことを喜んでくれている彼に、紗夜は声を詰まらせ俯く。

「処で……、比良坂さん、お家は……? お兄さんと、二人暮らしだったんでしょう? 帰る場所が…………」

「え? ええ……。そうですね、帰る場所は…………」

「あっ! そぉだぁ。紗夜ちゃん、看護婦さんになりたかったんでしょお? だったらぁ、うちの学校に編入しちゃおうよぉ。寮もあるしぃ。院長先生に頼めば、推薦状とか書いて貰えるかも知れないしぃ、前の学校の記録も、上手く誤摩化してくれそうだしぃ。ね? 明日、お願いしてみようよぉ。今夜はぁ、舞子と一緒に、寮の舞子の部屋に帰ればいいしぃ」

そんな彼女の今後を葵は案じ始め、言われてみれば……、と、紗夜当人も、他の者も、ふと、現実へと立ち返って、でも。

きゃぴっとした声で、大丈夫! と舞子が言い出した。

故に、その後。

──少女、であっても、女という生き物は、真実逞しいのかも知れない、と。

少年達はしみじみ思うしかなかった勢いで、比良坂紗夜のこれから、という現実を一体どうするかを、少女達は誠にしっかり検討し、舞子の通う、鈴蘭看護学校への編入と入寮が叶うまで、取り敢えずは皆の家を泊まり歩いてしまえー、と言い合い。

それじゃ、又。二十九日の忘年会は決行だよね? と、口々に言いながら、龍麻も目覚めたことだしと、それぞれ、家路に着いて行った。

少年達も、又。

少女達の勢いに流されたように、ぽつりぽつり、帰ると言い出し、大人しく家路に着く者、麻雀卓でも囲むかと、骨董屋に傾れ込むことを勝手に決める者、どうせなら夜の新宿で遊んで帰ると、雑踏に紛れることにした者、と、それぞれ。

ポンポンと、無事に還って来た龍麻の肩を叩いて、笑顔を向けて、京一に宜しくと言い置き、去って行った。

………………唐突に、静けさの戻った病室に一人残された龍麻は、帰って行く皆を手を振って見送ってより、ぽかりと口を開け、時折、ンゴ、と間抜けな呼吸音を轟かせる京一の寝顔をしみじみと眺めてから。

「……俺、他に寝る場所、ないんだよねー……」

もそもそっと、京一が転がっているベッドの隅へと、潜り込んだ。