どうにも寝苦しい、と、京一は、無意識に呻き声を上げた。

目も浅く覚めてしまい、が、もう少し寝ていたいと寝返りを打とうとしたけれど、何かにがっちりホールドされているようで、全く動けず。

イヤー……な予感がして彼は、のそっと、首だけを巡らせた。

辺りを見回してみれば、イヤー……な予感通り、己の背中に、びっっ……とりと張り付いた龍麻が、自分を抱き枕代わりにしていると判った。

……京一的には、抱き枕代わり、と言うよりも、全く掛け方の正しくないコブラツイストを喰らっているかの如し、だったが。

「筋、違えんだろ。……離せ」

だから、何で俺はこいつに、コブラツイストを掛けられなくちゃならねえんだと、ジタバタ暴れ、でも、万力相手に暴れているかと思える程、龍麻の腕の力は強く、とうとう彼は、文句を吐いた。

「……やだ」

──文句を言った処で、どうせ寝ているのだろうから、と思ったのに、予想を裏切り、龍麻からは返答があって。

「やだ、じゃねえ。離せ。俺は、野郎にコブラツイスト掛けられながら起きる趣味はねえぞ」

「俺だって、野郎にコブラツイスト掛けて起こす趣味はない」

「……このっ…………。一々、挙げ足取りやがる野郎だな……。兎に角離せっつってんだよ、鬱陶しい! 男に寄り添われて目覚めても嬉しかねー!」

疾っくに起きていたと言うなら遠慮はいらぬと、京一は、声を張り上げた。

「でも、やだ」

しかし、龍麻の返答は変わらず。

「お前な…………」

「……あの、さ」

肺の中の空気全てを溜息に変えた京一へ、ぽつり、と話し掛ける。

「…………何だよ。グラマーなオネーチャンになるから、抱き着かせてくれ、とでも言う気か?」

「そうじゃない。ド阿呆。──…………『夢みたいな世界から』、俺、還って来られた」

「……そうだな」

「比良坂さんも、還って来た」

「おう。……良かった……じゃえねか。……うん、良かったと思うぞ」

ギリギリと、『コブラツイスト』には力が増されたけれど、プロレス技を仕掛けて来ているとしか思えぬ龍麻の声は、態度とは裏腹に、少々の苦みがあって、仕方無くを装い、京一は、その体勢のまま、話に付き合う覚悟を決めた。

「俺が還って来られたことも、比良坂さんが還って来たことも、良かったんだと、俺も思うよ。──………………京一。『夢みたいな向こうの世界』でさ。俺、色んな人に会ったよ。京一や、醍醐や美里さんや桜井さんは、やっぱり同級生で、担任はマリア先生だった。どういう設定だったんだか、転校生だった俺は、遭ったっていう事故の所為で記憶がぐちゃぐちゃで、喋ることも出来なかったけど。皆、優しかったよ。親切にしてくれた」

「……当たり前だろ、『夢みたいな世界』でも、俺達は俺達だ」

「…………かもね。……真神は真神で、『魔人学園』なんかじゃない、平々凡々な所で、毎日の生活も平々凡々で、『力』なんて何処にも存在してなくて、旧校舎は取り壊されてて、俺は、喧嘩もまともに出来ないくらい弱くって、一寸『ふりょお』な京一や醍醐に、いっつも庇って貰ってて、美里さんや桜井さんには世話焼いて貰ってた。……何か俺って、情けないなあ、……なーんて思いはしたけど、幸せだったよ、それなりにね」

「情けなくても?」

「情けなくても。……俺が幸せだったみたいに、皆々、幸せそうだった。雨紋は唐栖と親友同士で、何時も一緒にいる風で、京一とは喧嘩仲間で、藤咲さんは、しっかりしろって嵯峨野のお尻叩きながらも、彼の面倒見て歩いてて、自動車整備工になってた凶津は、今度、久し振りに一緒に遊びに行こうって、醍醐のこと誘ってた。比良坂さんは、桜ヶ丘に勤めてる医者のお兄さんと、凄く仲良さそうだった。……皆、幸せそうだった。この世から消えてしまった人達も。誰も彼も。『世界』も。……現実の世界じゃなかったけど。幸せそうだった。この世界ではもう、戻って来ないことが。………………還って来られたことは、良かったけど。比良坂さんが還って来たことは、良かったけど。皆のそんな幸せは、どうして、置き去りになっちゃったんだろう……」

「………………『夢みたいな世界』、だったから、だろ。この世界、じゃねえから」

「……そうなんだよね……。『夢みたいな世界』だから。現実の世界じゃないから。……でも、あの、それなりな幸せが、置き去りにならなければ良かったのにって。この世界に還って来られた今でも、一寸だけ、思うこと止められなくってさ……。……………………でもさあ……俺も、それなりに幸せだった筈の世界が、俺には不思議で不思議でしょうがなくって、ずっと、物凄い違和感感じてた。皆、俺のこと、緋勇としか呼んでくれないし、京一は優しいんだけど、暖かくもなければ痛くもなくって、蓬莱寺京一は、世界でたった一人の筈なのに、偽物認定せずにいられなかった。けど、だから、かな。あの世界で、唯一『本当のこと』を知ってた比良坂さんに言われて、あっちの京一が、俺のこと、龍麻って呼んでくれた途端、こっちの世界と、向こうの世界が混ざって。……俺、還れる、って思ったんだ。皆の、それなりな幸せを置き去りにしちゃうことになんて、気付きもしないで……」

──『夢みたいな世界』の出来事を語った彼は、最後に、低く、良かったのかな……、と呟いた。

「……なあ、龍麻。『夢みたいな世界』は、『夢みたいな世界』でしかねえんだって、俺は思うぜ? 夢は、夢でしかねえんだ。夢の世界の幸せなんて、置き去りにするも何もねえだろ。そもそも、夢なんだから。……夢に比べれば、現実は辛いのかもな。辛くて、痛いのかもな。夢の方が、甘くて優しいのかも。でも、夢なんて、所詮夢だ。で以て、俺達の世界は現実。……現実に生きてる他の連中だって、心配しなくても、てめぇで幸せくらい掴むさ。黙って、そのまま立ち止まってるような連中じゃねえだろうが」

「…………ああ、それは言えてる。皆、逞しいと思うよ」

「だろう? 第一、あれだ。お前が飛ばされてた、『夢みたいな世界』は、あの糞っ垂れが創った世界なんだから。……忘れろ。お前が、そんなことで悩んだなんて知った日にゃ、連中、怒り狂うぞ」

ギシギシと軋む体に渋い顔を作りつつ、龍麻の話に耳を貸せば、彼が、何かを悔やんでいる風な呟きを洩らしたから。

それは、お前が思い悩むことじゃない、と。

少しばかりきつい口調で、京一は言い切った。