いい加減、悩むのは止めろと、京一が引導を渡せば。

「…………う。確かにこのドツボは、皆に失礼だったかも……。…………ああああ、又、学校の成績は底辺な京一に、諭された……」

引っ付きっ放しの親友の背へ、ぐりぐりと額を押し付け、ムキーっと龍麻はいじけた。

「ふっ。こう見えても俺は、苦労人だ。……そーゆー訳で。納得出来たんだったら、離れろ」

「あ。さっきのドツボとは、きっぱり手を切ることにしたけど、それと、京一の背後霊になってるのとは、又別」

「はああ?」

だがそれでも、『コブラツイスト』が解かれることはなくて、一体何なんだと、京一は唯々、項垂れたけれども。

「『夢みたいな世界』から抜け出した先は、真っ暗闇な所だったんだ。上も下も、右も左も判らないんだよ、そこ。でも、一箇所だけ、ほんわか暖かく光ってる所があって、しかも凄く馴染みがあったから、直ぐにそれ、京一の氣だ、そこが京一のいる所だって判ったんだ。そこ目指して歩いて来たら、目が覚めた。……比良坂さんが言ってた通り、京一、俺が迷子にならないように、待っててくれたんだね。京一が何処にいるか判れば、何処からだって俺は還って来られるって言ったの、覚えててくれたんだね。…………有り難う。京一が待っててくれなかったら、俺、暫く迷子だったかも知れない。帰り道、判らなかったかも知れない。……有り難う。京一は、何時もそうやって、俺のこと、護ってくれる…………」

「え? いや、だってよ。お前、変な所トロいから、迷うかも知んねえって、それだけのことで……」

「京一にとっては、それだけのこと、でしかなくても。俺は、物凄く嬉しかった。…………で・も。凄く有り難かったけど! 滅茶苦茶嬉しかったけど! 三日間もぶっ続けで起きてたら、普通は倒れるっ! 何で寝なかったんだよ、馬鹿京一っ! お前、この間の入院の時だって、俺に付き添ってくれてたろうっ? ってことは、あの時だって、碌に寝てないってことじゃんかっ!!」

ひっそりとした声で感謝を告げてから、一転、龍麻はギリギリと京一の首を締め上げた。

「しょうがねえだろ、俺が寝たら、ひーちゃん迷っ……。……っ! ひーちゃん、チョーク入ってる、チョーク!」

「オチるまで喰らえ、愛の鞭! ……それでお前が倒れたら、俺が責任感じるだろうがっ。それにっ! 一寸考えれば判るだろ、寝てたって起きてたって、強さ弱さの違いはあっても、氣は消えたりなんかしないんだからっ。いてくれるだけで良かったんだよ、このド阿呆ーーーー!」

「……………………おお。言われてみりゃ、そうだ」

「……馬鹿…………。ほんっとーーーー……に、馬鹿だ、京一はっ……」

思うまま、馬鹿な親友を怒鳴り飛ばして、乱暴も働いて、やっと満足いったのか、漸く龍麻は、京一を羽交い締めにするのを止めた。

「頼むからさ……、無理しないでくれよ…………」

そうして、最後にぽつりと言い落とすと彼は、するりとベッドを下りる。

「まあ、そう怒るなって。そうする以外にねえか? って、思い込んじまったんだからよ」

起き出した彼を追い掛けて、京一も、身を起こした。

「怒りたくもなるよ……。……とっとと寝ちゃって起きないから、俺が寝てたベッドに転がしとくしかなかったし、でも俺だって、寝るトコはそこしかないから、引っ付いて寝る羽目になっちゃったのに、京一、昼過ぎても起きないしさー。京一の氣に引っ付いてるのは気持ちいいけど、俺が、ポロッとそんなこと言ったから、寝なかったんだよなー、とか思ったら、腹立って来て。絶対、首締め上げてオトしたる! なんて思ったって訳。…………感謝はしてるんだよ、ホント。有り難くて嬉しいけど…………」

「判った、判った。悪かった。皆まで言うな。──っと、もう三時か……。もう退院して構わねえんだろ? 飯喰いに行かねえ?」

「あ、行く。朝も昼も食べたけど、未だお腹空いてる」

二人共によく寝たのだろう、テキパキと身支度を整えた二人は、ささっと病室を後にし、退院の手続きも済ませて、新宿の街へと溶け込む。

「王華行くか。金曜、食べ損ねたしな」

「うん。……あ、今日は、俺が奢るよ」

「そうか? じゃあ、俺が餃子奢ってやる」

「……それじゃ、奢る意味無いじゃん」

「そうでもねえぜ? どうせお前は、この三日の詫びに、奢るって言い出したんだろ? で、俺は、お前の退院祝いの代わりに、細やか……に、餃子を奢る、と」

「…………ま、いっか。じゃあ、そういうことで」

「おう」

クリスマス・イブの日、二人で辿ったルートをそっくりなぞって、王華へと向かいながら、昨日までに過ぎた三日間も、イブに終わった五日間も、何一つなかったかのように、二人は明るく喋り続けた。

「あ、そうそう。高見沢さんが言ってたよ。明日の忘年会は決行で、四時に、如月の家に集合、だって」

「四時な。了解。……折角の忘年会だし、お前も戻って来たし、この間はマリィの誕生日だったし、秋月家連中も来るし、紗夜ちゃんも参加すんだろ? 賑やかにやるかぁぁ」

「だよねー。賑やかなのがいいな、俺も。元々、あの集まりは賑やかだけど。如月と村雨と雨紋が、醍醐や紫暮には内緒で、酒用意するって言ってたことだし」

「基本だろう、そこは。どんちゃん騒ぎに酒は外せねえ。醍醐達、目の色変えて怒りそうだけどな。──あ、そうだ、ひーちゃん。話変わるけど、お前、今夜俺ん家来い。お袋が、退院したら連れて来いっつってたから」

「え、何で?」

「お袋達は、お前が何で入院したとか知らねえから、ひーちゃんは一人暮らしが祟って倒れたって、勝手に思い込んでるみてぇでな。何時も俺が世話になってる代わりに、冬休みも帰省しねえんなら、『あたしが面倒を見る!』……だとさ。大晦日も、家で年越ししろ、だと」

「えええ、でもそれは、申し訳ないよ」

「別に、遠慮するこたぁねえだろ。今更だし。お袋も親父も、お前のこと気に入ってるしよ。つー訳で、正月も家な。断れると思うなよ。相手は、お前曰くのパワフルな一族だ」

「……凄く遅いけど、実家電話して、京一の家に、お歳暮かお年賀、送ってくれって言っとこう……」

────何処までも、明るく賑やかに喋り続けて。

二人は、夕暮れの新宿の雑踏に消えた。