十二月二十九日、午後四時。
予定通り、北区王子の如月骨董品店を毎度の如く会場とし、彼等の忘年会は始まった。
宴会を始める直前、マサキの安全の為に結界を張り直すと言い出した御門と、飛水家直伝の結界がそんなに信用出来ないかと、こめかみに青筋を浮かべた如月の間で、一寸した『戦い』があったが、これだけの面子が揃っているのに、秋月君がどうにかなる筈無いから、不毛な喧嘩は止める! と龍麻に間に割って入られ、それはまあ、事なきを得て。
「えーーと。……今年はお疲れ様でした。皆、来年も宜しくー! で、一寸過ぎちゃったけど、マリィ、一寸早いけど、雪乃さんに雛乃さん、お誕生日おめでとーーー!」
お前が音頭を取れと皆に言われた龍麻が、一応最初はジュースのグラス片手に、乾杯ー! とやって、直ぐさま、馬鹿騒ぎに傾れ込み。
それより過ぎた、数時間。
その様相は、一言で言えば『ぐちゃぐちゃ』だった。
切っ掛けに過ぎないにせよ、仲間達がこうして集った理由は、各々に芽生えた『力』で、その中心にいるのは龍麻に他ならず、この先──直ぐそこに迫っている未来、東京や世界や、自分達の運命がどう転ぼうとも、彼が一命を取り留めたこととか、無事に還って来たこととかを、喜び合いたかったし。
妙な、と言えないこともない縁で繋がっている自身達が、こうして集ったことを、幸せとして噛み締めたかったから。
誰も彼もが皆、たまには羽目を外したって、と。
口には出さず、そう思っていた。
一寸だけ変わっているかも知れないけれど、何処にでもいる高校生としての楽しみや、時間や、幸福や。
他にも沢山ある、様々な、本当に様々なことを、もう二度と還って来ないこの歳の、そしてこの年の、この日に。
ひたすら続いた馬鹿騒ぎが、漸く落ち着きを見せ始めた、午後十時少し前。
名残りは尽きないけれど、そろそろ女子は帰宅した方が良いだろう、との流れになって、少女達は、揃って帰って行った。
尤も、さやかはどうしても抜けられない仕事があるからと、その二時間程前に霧島と共に一足先に席を立っていたし、同じ頃、マサキも、芙蓉や御門と共に帰宅していたし。
年末のヒーローショーの予定が詰まっている紅井に黒崎、実家の道場の稽古締めが翌日にある紫暮、伯父夫婦と買い物に行く約束があるアランも、少女達を送りがてら、帰って行った。
でも。
何時まで『今日の内だ』と言い張ろうが一向に構わぬ、居残った少年達は、ここからが本番だ! と、醍醐が渋い顔を作るのを無視し、本格的に呑み始め。
「…………さっきから思ってたんだけどさ。劉、今日は一寸元気ないね。どうかした?」
自分が酒に強くないのを充分過ぎる程判っていながら、酒のグラスを離さない龍麻が、ふと言い出した。
「えっ? そないなことあらへんで」
「そっかなー……」
「ひーちゃん。何で劉が元気ないのか、当ててやろうか」
老酒で満たしたグラスを手に、何処かぼーーっとしていた劉は、彼に話を振られ、慌てて空元気を見せ。
どう見ても取り繕っている風でしかない劉の今を、如月、壬生、村雨の三人と共に麻雀を打ち始めた京一が、くすりと笑った。
「京一、理由知ってるんだ?」
「知ってるんじゃなくて、想像だけどな。──劉。お前、芙蓉ちゃんのこと、苦手なんだろ」
「…………! そ、そそそそ、そないなこと、あらへんっ!」
「ほう。当りか、劉。……何で、あいつが駄目なんだ? ……ま、いけ好かない女だがな」
京一に図星を指されたらしい彼の真意を、雀牌を掻き混ぜながら、村雨が問い。
「……やから、そーゆーんやなくて……」
「じゃ、何?」
龍麻も、追い討ちを掛けた。
「…………わいな、末っ子やねん。上に、姐さん達がおったんやけど……姐さん等、ほんっっっ……まに、も、トラウマっちゅーんになるくらい、強烈やったんや……。やから、その……芙蓉はんみたいな、『大人の女性』タイプのお人等は、苦手やねん……。姐さん等思い出して、怖いんやもんーーー!」
故に、諦めを覚えたらしい劉は、溜息付き付き、理由を語る。
「へー…………。そんなに強烈だったんだ、お姉さん達」
「あー、成程。家の姉貴も強烈だけど、お前んトコも、相当だったんだな」
「京一んトコのお姉さんが強烈だって話は知ってるけど、その割には京一、年上好みだよね。…………シスコン?」
「馬鹿野郎! アレが人類の女じゃねえだけだ! アン子でも十倍はマシなくらい、凄ぇんだぞ! アレを女と認めたら最後、俺はどんな女とも付き合えなくなるっ!」
記憶の中の姉達がどうにも恐ろしくて、年上や、年上を想像させるタイプの女性は苦手なのだとの彼の告白を受け、ぎゃーぎゃーと、龍麻と京一は騒ぎ出して。
「だが……兄弟姉妹がいるというのは、良いことだと思う。俺は一人だから、そういう話は、少し羨ましい」
「兄弟姉妹、か……。いたら、楽しいかも知れないな」
「そうですね。僕も一人っ子ですから、兄弟姉妹の悪口を言えたら、と思うことはありますね」
醍醐や如月や壬生は、ちょっぴりだけ羨むように、京一と劉を見た。
「………………でも、さ。それだけで元気がなくなるって、一寸、おかしくないか?」
と、おやぁ? と雨紋が、本当にそれだけかと首を傾げ。
『親決め』の為の賽子を振りながら、ニタニターーーっと、又、京一が笑った。
「心当たりがあるのかい? 旦那」
「お前だって、大体察しは付くだろう? 村雨」
「……そりゃ、まあな」
「な、何やねんっ! 京一はんも、村雨はんもっっ! わいが、何やっちゅーねんっ! はっきり言いやっ!」
「……………………言ってもいいのかー? いいのかー? 劉」
「かまへんっ! 言うたらええやんかっ!」
「……劉はー、雛乃ちゃんと仲良くしたかったんだよなーーー。でも雛乃ちゃん、帰っちまったもんなー」
彼の笑いに釣られたように、村雨も忍び笑いを洩らし、何がおかしい、と劉は声を荒げ、話に付いて行けなかった残りが、きょとん、と首を傾げる中。
じゃ、お言葉に甘えてと、何処までも笑いながら、京一は、『爆弾』を投げ込んだ。