「これ以上は、って。……言い出すのが遅ぇよ、ひーちゃん。どれだけ呑んだと思ってんだ、お前」

「えー、そこまで言われる程、呑んでないってー」

ドカっと、背中に背中をぶつけられ、あまつさえ、ケプっ……と洩らされ、牌を掴みながら京一は龍麻を振り返った。

「呑んだだろ、充分」

「そんなことないー。……それよりもさあ、俺にも麻雀教えてくれよー」

「…………教えてやっただろ……。何度も教えてやっただろうが。麻雀覚えたいってお前が言う度、手取り足取り! その度、判んないってブーブー言ったのは何処のどいつだ!」

「あ、そうだっけ?」

しかし、振り返った京一に、ギロッと睨め付けられても、苦情を垂れられても、ケタケタと龍麻は笑うだけで。

「……お。先生、とうとう、オツムにまで酒が廻ったな」

「…………みたいだな。放っときゃ、その内寝んだろ」

「珍しいね、龍麻君がそんなに呑むのも」

その様を村雨は笑い、京一は疲れたように溜息を零し、壬生は気遣わし気な顔をした。

「その辺に、布団でも敷こうか?」

そして家主の如月は、雑魚寝用に布団でも、と腰を浮かせ掛けたが。

「あー、要らないー。如月、布団要らないー。この部屋、暖かいしー。枕あるしー」

ケタケタ笑いを続けながら、龍麻はそれを断って、グラスも手放さず、そのままズルズルと、京一の膝を枕に横たわってしまった。

「零すだろーが。……っとによー。大人しく寝てやがれ。麻雀に飽きたら起こしてやっから」

「んーーー」

だから、慌てて彼の手より京一はグラスをもぎ取り、がしがしと、酷く乱暴に膝に乗った頭を撫でて諭しながら、近くに放り投げておいた己の上着を、毛布代わりに掛けてやり。

諭された方は、誠、素直に目を瞑って。

だまーーーって、成り行きを見詰めていた一同の間に、『ブリザード』が吹き荒れた。

「俺様……、今、何かイケナイモノ見てしまっているよーな……」

「わいも、そないな気分や……」

「……旦那。女好きを返上して、趣旨替えしたのかい?」

──目の前で、当たり前のように膝枕を求めた者と、それを至極当然に許した者とを見比べ、一部から、目一杯乾いた笑いが洩れた。

「…………俺は、もう見慣れた」

「ええええっ? 見慣れた、て! 醍醐はん、何、然りげ無く恐ろしいこと言うてんのや!」

「でも、見慣れた」

そこへ、当事者二人の同級生の、或る意味衝撃の告白が覆い被さり、乾いた笑いは、劉を筆頭に悲鳴へと変わる。

「……騒ぐようなことか?」

だが、当事者の一人は平然と、牌を打ち続けて。

「…………騒ぐようなこと……だろうね、世間一般的には」

「女性好きな京一君が、男に膝を貸してるだけで、気持ち悪いよ、正直」

如月と壬生は、揃って唇の端を引き攣らせた。

「しょーがねーだろ、ひーちゃんが、俺に引っ付いて来るの止めねえんだから。いい加減、慣れちまった。……俺の氣が、こいつには気持ちいいんだと」

「……氣?」

けれど、京一は何処までもケロッと言い続けて、「氣が何だって?」と一同は、きょとん、とし。

「ああ。俺には未だにピンと来ねえけど、年中、んなこと言ってるぜ。……要するに、あれだ。猫と縁側の関係」

「猫と縁側…………?」

「そう。こいつが、日向が好きな猫で、俺が日向のある縁側。──あー、その『発』、ポン」

それだけのことだ、と笑いながら京一は、サクサクと麻雀を続けた。

──だから。

猫と縁側の関係と言われてしまえば、それまでだし。

当人同士、そうすることもされることも、別段気にもしていないようだから、外野が兎や角言うことではないのだろうが、果たして、本当にそれでいいのか? と思いつつ。

吹き荒れ続けている、ブリザードな雰囲気の中、一部は惰性で酒を煽り続けながら、一部は惰性で麻雀を打ち続けながら、京一と龍麻を見比べて、ふと。

『あの日』、桜ヶ丘の玄関ロビーで、ぽつぽつとミサが語ったことを、全員が全員、何とはなしに思い出した。

京一と龍麻の『星の一つ』に関する話。

京一の星の一つは、龍麻を幸せにする為だけにあって、龍麻の星の一つは、京一がいなければ幸せになれない、そんな話。

………………でも、それは。

宿星と黄龍の器という関係に於いては、決して、『良い』とは言えぬことらしく。

「やっぱり、俺も混ざるーー」

「出来ねえんだから、大人しく寝てろ、酔っ払い!」

「悔しーー! 腹立つーー! 新年会までに、絶対覚えてやるーー!」

「……覚えられるもんならな。新年会やるってのには、賛成するけどよ」

頭上で、ポンだのチーだの京一が喚くから、上手く眠れなかったのか、ぎゃあぎゃあ言い出した龍麻と、ぎゃあぎゃあ言い返す京一を、もう一度見比べ。

「新年会、な……」

「それも、ええんちゃうの」

「宴会は、何度やっても楽しいしな」

「大学受験組から、文句が出ないならね」

「先生。何なら、俺が教えてやるぜ、麻雀。きっと、京一の旦那の教え方がマズいんだろうよ」

「やるのは構わないが。……又、会場は家か……?」

新春の集まりを、彼等が望むなら、と、二人が言い出したことを、静かに認めた。

──もう間もなく、今年も終わる。

そしてもう間もなく、『凶星の者』との戦いの刻がやって来る。

この一年近く続いたことの、決着の刻。

………………だから。

新年会、という、直ぐそこに転がっている筈の未来さえ、本当は、酷く遠いけれど。

自分達の未来さえ、酷く遠い気がするけれど。

直ぐそこに転がっている未来を一つ一つ手繰り寄せて、その果て、遠い未来をも手繰り寄せて。

仲間達の全てが、大切だと思う全てのモノが、幸せで在るように。

幸せで在る為の、約束をするように。