朝まで、如月の家で宴会を続けた少年達が、太陽が黄色い……、と呟きながら家路へと着き。

街中、年末と年始がこの上もなく混ざった三十日も過ぎ。

──迎えた大晦日。

一九九八年 十二月三十一日 午後十時ジャスト。

夜分の織部神社は、初詣客を迎える支度に忙しかった。

社のあちらこちら、境内のあちらこちらで、氏子達が立ち働いていた。

雪乃と雛乃は、二人揃って足りない物の買い出しに出ており、一人残った二人の祖父──老宮司は、氏子達にも滅多に近付かせることない、別棟の見回りをしていた。

「………………ん? 誰だ? 誰かいるのかね?」

──人気のない別棟の回廊を辿っていたら、ふっと、宝物庫前を人影が横切った気がして、宮司は足を止めた。

薄い灯りが所々に灯るだけの暗い回廊に、微か……に、緋色の布地が浮かび上がったと思えた。

「……おい! 御主! 何を持っている! …………! それは……!」

回廊を進む足を早め、慌てて駆け付ければ、宝物庫の扉前には、緋色の学生服を身に着けた、赤い髪を緩く三つ編みにした男が、中振りの桐箱を小脇に抱えているのを見付け、彼は声を張り上げたが。

くるり……、と振り返った学生服の男──柳生宗崇は、表情一つ変えずに、抜き去った刀で、宮司に一太刀浴びせた。

「これで、鍵が揃った」

悲鳴と血飛沫上がる中、愉快そうに彼は嗤い、待宵の月へと桐箱を翳し。

「……今宵は気分が良い。お前は殺さずに生かしておいてやろう。この先我が築き上げる混沌の世界を、その身で感じ、慄くように」

露のように、消えた。

──同日、午後十時半。

蓬莱寺家一丸の誘いを断り切れず、京一の家で年越しをすることになった龍麻と、公共放送が流す年末恒例の歌番組での、さやかの出番を待ち侘びている京一が、京一の両親と共に、蓬莱寺家の居間にて、少し早めの年越し蕎麦を啜っていたら、双方のPHSが、一斉に鳴り出した。

「ああ? 誰だ、こんな日のこんな時間に」

「すみません、うるさくして……。──こっちも、誰かな……」

京一は、うるせえな、と丼と箸を掴んだまま、龍麻は、京一の両親に恐縮しながら、それぞれ己のPHSを取り上げ。

「あ? 醍醐?」

「あれ。俺は桜井さんだ」

小さな液晶画面に映った、各々の電話の発信者名を見遣って、彼等は同時に首を傾げた。

「オーッス。何の用だ? 醍醐」

「桜井さん? 何か遭った?」

だが、まあ、と電話に出てみれば。

「……ひーちゃん。雪・雛んトコの、じー様が……」

「…………うん、桜井さんの電話も、それ」

PHSの向こうで、二人は同時に、全く同じことを告げられたようで、手早く電話を切ると、適当な言い訳だけを告げて蓬莱寺家を飛び出し、桜ヶ丘へ向かった。

──午後十一時十分。

幹線道路も空いているようだったので、途中でタクシーを拾い、桜ヶ丘の正面玄関に横付ければ、中から醍醐が飛び出て来た。

「京一! 龍麻!」

「あ、醍醐! 雪乃さんと雛乃さんのおじいさんが、斬られたんだって? 兎に角、こっち来ちゃった方が早いと思って、桜井さんからの電話、手早く切っちゃったから、あんまり詳しいこと判んないんだけど……」

「暴漢にでも襲われたのか? 強盗とか?」

「俺も、桜井から、彼女達のおじいさんが斬られたらしいから、桜ヶ丘に兎に角来てくれと言われただけで、詳しいことは判らん。……桜井と美里が、病室の方に行っている」

「なら、俺達も行こうぜ」

が、二人に合流した醍醐も、詳しい事情は判らないと言い、何はともあれと、彼等は足早に廊下を抜け。

酷く憔悴した顔色の雛乃と、雛乃を支えるように挟んで立つ、小蒔や葵を見付けた。

「……皆様、大晦日のこのような時間に、申し訳ありません…………」

駆け付けた彼等へ、頬を青褪めさせながらも雛乃は気丈に頭を下げて、事情を語り出した。

雪乃と二人、買い物から帰って来たら、祖父の姿が見当たらず、境内を探した処、別棟の宝物庫前にて、血塗れで倒れていた祖父を見付けたこと。

助け起こした祖父が、絶え絶えの息で、宝物庫より、乃木大将よりお預かりした桐箱が盗まれたことと、それを盗み、自身を斬り捨てて行ったのは、緋色の学生服姿の男だったことを、彼女等に伝えたこと。

………………そんな事情を。

「……で、雛乃ちゃん達の、じー様は…………?」

「傷は深かったのですが、命に別状はないそうです。岩山先生も、ご尽力下さいました……。もう、大事ないと……」

「そうなんだ。良かった…………」

雛乃が語った話に、緋色の学生服の男……、と、誰もが目の色を変えつつも、敢えて彼等は、その名を出さず。

彼女等の祖父の命の無事に安堵し。

「……ああ、そうですわ。龍山先生も、いらっしゃって下さったのです。正面ロビーにいらっしゃる筈かと……」

雛乃に連れられるまま、待ち合いへと彼等は戻った。

「おお、揃っておるな」

待ち合いの長椅子の片隅に、肩を落としている雪乃と二人、座っていた龍山は、ゾロゾロとやって来た龍麻達に気付き、立ち上がる。

「龍山先生も、報せを聞かれて?」

「そうじゃ。織部の宮司とは、長い付き合いじゃし。乃木大将お預けの桐箱が盗まれた、と聞いたからの…………」

彼がここにいる理由は、雪・雛の祖父と昵懇だから、が理由だと思った醍醐は、そう彼に話し掛けたが。

それだけが理由ではないと、龍山は首を振った。

「乃木大将の桐箱…………。……そう言えば、それの中味は、完成するとこの国が変わる、『塔』に関する何かだと、以前、織部神社にお邪魔した時、雪乃さんと雛乃さんが言っていた物じゃないかしら……?」

──柳生宗崇が織部神社より盗み出し、龍山がしきりと気にする桐箱。

それは確か……、と葵は、九月、織部神社にて聞かされた話を思い出し。

「その通りじゃ。あの箱の中味は……────…………ん? ……すまないが、小蒔嬢ちゃん。テレビのボリュームを、大きくしてくれるか?」

深く頷きながら、桐箱の中味に関して語ろうとした彼は、ふと口を噤み、意味無く流されていた、テレビの画面に目を留めた。