──午後十一時半。
それまで、誰が見ている訳でもない、大晦日の空騒ぎ的な特別番組を流していたテレビ画面が、臨時ニュースに変わったのを視界の端で拾って、小蒔に、音声を高くしてくれと龍山は言い出した。
『……番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。本日午後九時頃、東京都千代田区九段下の靖国神社に、刃物を持った男が侵入し、警備員一名を殺害した後、宝物殿に納められていた桐の箱を強奪、逃走した模様です。犯人が使用した刃物は日本刀と見られ、現在も逃走中です。奪われた桐箱の中味は公にされておりませんが、日露戦争の頃、旧日本海軍大将、東郷平八郎が納めた品と…………──』
求められるまま、小蒔がボリュームを上げたテレビは、そんな臨時ニュースを伝え続け。
「桐箱……? 靖国神社でも……?」
「何しやがる気だ、あの糞っ垂れ……」
龍麻も京一も、皆も、顔付きを厳しくし。
「靖国も、か…………」
「織部神社と、靖国神社にそれぞれ納められていた桐箱の中味は、何なんですか、龍山先生」
醍醐が、話の先を急かした。
「……織部に乃木大将が、靖国に東郷大将が、それぞれ預けて行かれた箱の中味は、双頭の龍を目覚めさせる為の鍵じゃ。明治の頃、時の政府は東京の地下に眠る龍脈に目を付け、研究を進めていたと聞く。その結果、旧日本軍は、双頭の龍──即ち、龍命の塔の存在を知り、龍命の塔をこの世に出現させる手段をも知った。……あの二つの桐箱に納められていたのは、龍命の塔を出現させる為の鍵じゃよ」
「龍命の塔……。龍脈の力を手に入れる為の、塔……」
「そうじゃ。……龍命の塔は、別名を、双頭の龍と言う。別名の通り、二つの塔を以て、黄龍を降臨させる物だからじゃ。だから、必要になる鍵も二つ」
「…………で? 何処にあんだよ、その龍命の塔は。それが出現する場所に行きゃあ、いやがるんだろう? あの糞っ垂れが。塔が出現する前に、ぶっ潰しちまえばいいだろうが」
──盗まれた二つの桐箱の中味は、龍命の塔を出現させる為の鍵だ、と龍山は皆へ語り、だと言うなら事前に阻止を、と京一が訴えた。
「……悔しいが、それは無理じゃな」
しかし龍山は、ひっそりと首を横に振った。
「何でっ!?」
「龍命の塔は、この世界のモノであって、この世界のモノではない。要するに、物理的に存在する塔ではないんじゃよ。鍵さえ手に入れてしまえば、呪術で、それぞれの塔の封印を解くことも可能じゃ。塔が封印されし場所に、柳生が現れるとは限らぬ」
「塔の封印を、護ることは出来ないんですか? 塔が封印されている場所を、柳生の呪術から護ることは……?」
そう思う通りに事は運ばぬと、重々しく告げる龍山に、龍麻も必死の声を絞った。
「……それは………………」
だから、龍山は某かを言い掛けて…………が。
『一九九八年が、間もなく終わろうとしています!』
付けっ放しだったテレビの、臨時ニュースが終わった画面では、再び始まった娯楽番組が、耳障りな程に明るく、新年へのカウントダウンを始め。
『新年、明けましておめでとうございます!』
お約束が終わった直後、アナウンサーが一九九九年の訪れを告げた瞬間。
一同は、グラリ……と足許が揺れるのを感じた。
「地震っっ!?」
「わあっ! これ大きいよっっ!」
全身が揺すられるような強い揺れを受け、彼等は咄嗟に身を屈める。
「…………収まったか……?」
「そのようだが……おい、おかしいぞ。この番組は生放送の筈なのに、何事もなかったように、続いている……。あんなに強い地震だったのに……」
数分間続いたと思えたような、長く強い揺れが収まり、一同は安堵を浮かべて立ち上がったが、ふと、テレビ画面を視界の端に引っ掛けた醍醐が、不思議そうに首を傾げた。
「……ホントだ。生放送だったら、何か言ってもいいよね」
そんなことって、と龍麻はテレビに近付き、カチャカチャとチャンネルを変え、しかし、何処の局の番組も、地震などなかったように、始まったばかりの新年を祝う放送を続けていた。
暫く待ってみても、地震速報すら流れなかった。
「…………間に合わん」
どうやら、先程の揺れは、普通の地震ではなさそうだ、と一同が気付き始めた頃。
龍山もそれを悟ったようで、ぽつり、と洩らした。
「先生?」
「彼奴は既に、龍命の塔復活の為の術を始めたんじゃ。恐らく今の揺れは、塔の起動が始まったが故の揺れ。龍脈に連なる者や、宿星以外には感じることない、世界と異世界が交わり始めた振動……」
「じゃあもう、封印も破れちまったってことかよ…………。俺達には、どうしようもねえのか? じー様っっ」
「……御主等に出来ることは唯一つ。黄龍の器と宿星達の『力』で以て、柳生の手に渡る前に、龍脈を鎮めることのみ。──龍命の塔の復活は、始まってしまった以上、最早誰にも止められん。塔の復活後、柳生が動き出すのを待つしかない。……文献によれば、龍命の塔の復活には、一昼夜を要するらしいから……」
「一月二日……。その日に、あいつと決着を付けろってことですね。俺達の手で」
「…………そうじゃ」
────龍命の塔復活を阻止は、最早手遅れだ。
……そう言う龍山に、残る唯一の手段とタイムリミットをも告げられ、静かに龍麻は頷いた。
「一月二日、か……。後一日だけの猶予、か…………」
「一日だけの猶予、なんて、悲壮な言い方すんじゃねえよ、醍醐。……後一日も、猶予があんだろうが。……後一日、あるだろう? 今更、じたばたしたって始まらねえんだ、普通に過ごせばいいさ。──つー訳で、明日……じゃねえか、今日は初詣な」
「そうだね。元々皆で行く予定だったし。花園で、必勝祈願でもしようよ。いいよね? 醍醐も美里さんも桜井さんも、それで。……又、露店で焼きそばでも食べよっか。……お好み焼きでもいいなー……」
「……ボク、たこ焼きも食べたい! クレープとかもいいよね」
「あ、いいわね。私もクレープが食べたいわ」
…………とうとうやって来た決戦の刻まで、残る猶予は僅か一日。
その事実に、どうしても張り詰めがちな雰囲気を、京一と龍麻が押し留め、一同は何とか明るさを取り戻した。
「私共も、祖父のことは病院の皆様にお任せして、家に戻ります。初詣にいらっしゃる方々の、お世話がございますし」
「そうだな。もう、押し掛けて来てる連中いるだろうしな。……ああ、オレ達、花園の方にも顔出すと思うからさ。……又、明日な」
雛乃と雪乃も、神社の巫女としての役目があるから、今夜はこれで戻る、と言い出し。
「…………うん。又、明日」
にこっと龍麻が笑うのを待って、彼等は桜ヶ丘を後にした。
────彼等の、一九九八年は。
こうして、終わりを告げた。