──1999年 01月──

──一九九九年 一月一日 午前一時十分。

世界的に有名な某予言者が予言したアルマゲドンの年だと、先日までは冗談めかして笑っていた年がやって来たことに、大した感慨も抱けぬまま、慌ただしく新年は明け。

毎度の如く、新宿駅前広場で仲間達とは別れ、京一と龍麻は、家路を急ぐべく、新宿中央公園内を抜けていた。

「一時半、だったよね、待ち合わせ」

「ああ、タイショーと俺達は、一時半にこの公園で。美里と小蒔とは、二時に神社の鳥居前で。……アン子の奴が、卒業アルバムの編集の詰めで、ガッコに泊まり込んでっから、あいつ迎えに行ってから、花園に来るとよ」

「……大晦日だっていうのに、大変だよねー、遠野さんも」

「まーな。……でも、あいつはそういうことが、生き甲斐なんだろ」

「…………言えてる。遠野さん、カメラマンの才能もあるもんなあ……。……終業式の日にさ、卒業アルバムに載せる、遠野さんが撮った写真、幾つか見せて貰ったんだ。すっごく、良く撮れてた。皆、いい写真ばっかりで」

「へー、そうなのか?」

迎えたばかりの新年を祝って浮かれている者達、二年参りの帰りらしい者達、これから初詣へ向かう者達、そんな人々が通りすがって行く、この時間でも今宵は賑やかな公園を抜けつつ、二人は相変らずの会話に興じる。

「うん。俺達の写真もあったよ。美里さんが、体育祭の時に生徒会長として開会宣言してるトコとか、醍醐がレスリング部で試合してるトコとか。桜井さんの弓道の大会の写真もあったし、どうやって隠し撮りしたんだか、京一が珍しく部活してる写真もあったっけ」

「………………あいつ、それ、裏で売り捌いてんじゃねえだろうな……」

「多分、売ってるよ、言うまでもなく。皆の写真は、よく売れるんだってさ」

「やっぱりな……。あの野郎…………。……ん? ひーちゃんの写真はなかったのか?」

「俺? ……それが、あるにはあったんだけどさ。俺が映ってる写真って、どれもこれも殆ど、京一と一緒に映ってるんだよね。も、笑うしかなかった。俺達、こんなに年中一緒にいたっけ? って」

「……あー………………。まあ、いたな。年中一緒に」

「うん。遠野さんにも、思いっ切り笑われた。あんた達、仲が良いにも程がある、って」

「…………んなこと言われたってなあ?」

「そーそー。そんなこと言われたってね。……多分、これからも当分一緒だし」

「そうだな」

相変らずの会話は、杏子が撮影したこの数ヶ月の写真の話になり、龍麻が見せて貰ったという自分達のそれを、二人は、しょうがない、と笑って。

「………………京一」

馬鹿笑いが絶えてより、不意に龍麻は、遠い目をした。

「何だよ」

「こんなこと言うとさ、京一にはぶん殴られるかも知れないけど。……この数ヶ月の間に、随分と。人が死ぬ……ってことが、身近になっちゃったね、俺達……」

「………………本当に、ぶん殴ってやろうかと思うようなことを、唐突に言い出すな、お前」

「だから、断ったじゃん、殴られるかも知れないけど、って。……でも。悲しいし、言いたくもないけど、それが今の俺達の現実なのかなあ……って。元旦にするには、全然相応しくない会話だけど、一寸、改めて考えずにいられなくなっちゃったんだ。……俺達は、極々普通の高校生よりは、人の死を見過ぎてしまってる。心の底から、俺達だけは……なんて、そんな風には信じられないくらい。…………でも。でも……明日は、大丈夫だよね。皆揃って決着を付けて、皆揃って、帰ろう」

何処を見詰めているのか判らない眼差しを見せつつ、龍麻が言い出したのは、一寸した不安と、一寸した決意で。

「……なーーーにを、当たり前のこと言ってやがんだかな」

京一は、わざとらしい溜息を零した。

「全員揃って、あの糞っ垂れ野郎との決着を付けて、全員揃って帰る。……んなこと、当たり前の話だ。──この数ヶ月、人が死ぬ所を、俺達は何度も見て来た。俺達自身が、そうしたことだってある。俺達が倒したのは異形のモノ達だけど、元はヒトだった奴等だって、何人かはいた。……でもな。あいつ等にはあいつ等の、望んだことがあるように、俺達には俺達の、望んでることがあるだろう? 早々簡単に、俺達のタマ、くれてやる訳にゃあいかねえから。立ちはだかるモノ、徒なすモノ、それを斬って来ただけだ。……少なくとも、俺はな」

「……うん、まあ……それは、俺も一緒かな」

「そういう意味で、俺達はずっと、死ぬってことと隣り合わせだったし、こうしてる今だって、死ぬってことと隣り合わせだけどもよ。……根拠なんか、要らねえよ。理由のねえ自信で構わねえよ。死ぬ訳にはいかないなんて、悲壮な想いも覚悟も、不要だ。……大丈夫だ。俺達は、大丈夫。何が遭っても、きっと明日、無事に帰って来られる。この、新宿にな。もう二度と、あの糞っ垂れに、ふざけた真似なんかさせねえ。俺が、させない」

「おーーー。相変らずの、自信家発言。……でも、京一のそういう所も、俺、結構気に入ってるよ。京一がそういう風に言ってくれるお陰で、何度も、気が楽になったから」

大仰な溜息の後に、微笑みを浮かべ、ウィンクを一つして。

すらっと京一が言えば、龍麻は嬉しそうに笑った。

「……帰ろうぜ。未だ蕎麦しか喰ってねえから、腹減った」

「腹減ったってのには同感だけど……京一のご両親、寝ちゃってるんじゃないかな。こんな時間に俺達がバタバタやったら、ご迷惑なんじゃ」

「う。確かに。寝てそうだ。でもなあ、腹減ったしなあ……。……新年初っぱなの飯にしちゃあ侘しいが、コンビニで何か買ってくか」

「それがいいかもねー。確かに侘しいけど、何となく、らしいし」

────それぞれの笑みの後にやって来たものは、互いが互いを、確かに信じる面と。

常通りの、他愛無い会話と。

家路へと続く、足取りだった。