──一月一日、午後二時。
その三十分前に、中央公園にて待ち合わせた少年達は、花園神社の鳥居前に立っていた。
遅い、とか何とかぼやき始めた京一を、龍麻と醍醐は適当に躱し、それより待つこと暫し。
色鮮やかな振袖を纏った、誠正月らしい出で立ちの葵と小蒔、そして制服姿の杏子がやって来て、恥ずかしそうにしている葵、帯がきつくて屋台の食べ物が沢山入りそうにないと拗ねる小蒔、卒業アルバム編集の仕事で、どうしようもなく寝不足、と目を擦る杏子、そんな彼女等の背を少年達が押すようにしながら、一同は鳥居を潜った。
「裏密さんは、いなかったの?」
「ミサちゃんは、未だ調べ物があるらしいわ。それに、神社は余り好きではないんですって」
「そう言えば、校門の所で、本郷サンに会ったんだ。……他の皆は、どうしてるのかな」
「……ああ、ここに来るまでの間に、何人かには会ったぞ。雨紋はアランとナンパをしていたし、紫暮と壬生は、これから紫暮の実家の道場開きに行くと言っていたな」
「骨董屋と博打打ちにも会ったぜ。連中は今日は、蔵掃除だとさ」
「紅井と黒崎にも行き会ったよ。ヒーローショーに行く途中だった。舞園さんと、霧島にも上手くいき会ったし」
「ああ。今日は、連中とよく行き会う日だな」
「…………あんた達、皆、本当は暇人なんじゃないの? ……あー、それにしても、眠い…………」
参拝客でごった返す参道を、本殿へと進みながら、露店のあちこちに目移りさせつつ、仲間達の噂話を一同はして。
本当に、一月一日の星回りは、仲間達とよく行き会うそれだったのか、祖父と仲が良い花園の宮司の所へ顔を出しに来ていた雪乃と雛乃、晴れ着を着付けて貰い、ご機嫌で同級生達との初詣に来ていたマリィ等とも行き会い。
「…………あ! マリア先生ーー!」
もう間もなく本殿、という所で、小蒔がマリアを見付け、声を張り上げ呼んだ。
「あら、貴方達。新年、明けましておめでとう。……皆揃って、初詣? 先生も、初詣に来たのよ」
「明けましておめでとうございます、マリア先生」
「先生、明けましておめでとうー!」
「おめでとうございます、マリア先生。……先生も、着物着れば良かったのに……。さぞ、売れる写真……っと。えへへ」
軽く片手を上げ、にこやかに近付いて来たマリアへ、少女達は嬉しそうに、口々、新年の挨拶を告げる。
「……明けまして、おめでとうございます、マリア先生」
「おめでとうございます。今年も宜しくお願いします」
「せんせー、おめでとうさん」
が、少年達は。
そうだ、年末、マリアの様子がおかしかったことを、すっかり失念していたと、腹の底で思いながら、それでも、にこっと、それぞれ。
「折角だから、皆のお詣りに、先生も混ぜてくれる?」
「勿論! 早く行こう、先生!」
しかし、今の己達の敵は、柳生唯一人だと、少年達は、少女達と共に先行くマリアに大人しく従い、漸く辿り着いた本殿にて、お詣りを果たした。
「ひーちゃん、神さんに、何、お願いしたんだよ」
「俺? ……色々。そう言う京一は? 無事に卒業させて下さいとか、その辺?」
「…………う。……それも、頼んだ。目一杯」
「京一だもん、その程度よねー。それが、一番切実だしねぇぇ」
「うるっせーな、アン子……」
本殿前は、これっぽっちも風情に浸れる雰囲気ではなく、少し外れた所に避難しながら、一同は又、きゃあきゃあと始め。
「それじゃあ、先生は行くわね。学校に戻って、仕事しなきゃ。…………ああ、そうそう。緋勇君」
「はい? 何ですか?」
「貴方に話があるの。だから、そうね……、七時頃、学校に来てくれる?」
「……はあ。判りました」
「有り難う。──それじゃあ、皆、又。冬休み明けに、学校でね」
控え目な声のトーンで、マリアは龍麻へ登校を求め、去って行った。
「何かしら。龍麻君にだけ、学校に来い、だなんて……。今日は元旦なのに」
「さあ……。京一が呼び出し喰らうんだったら、ボク、凄く理解出来るけど、ひーちゃんだけっていうのはなあ……」
「…………あ。あれじゃない? 龍麻君、十二月の頭になっても、進路のこと曖昧にしてたから。それじゃないの? ……って、あー。でもそれは、京一もか……」
「京一は、見捨てられたんだよ、アン子」
「……成程」
人混みに紛れて行くマリアの背を見送りながら、少女達は首を傾げ、勝手な憶測を言い始め。
「……………………ひーちゃん、後で話がある」
「……ん。判った」
言いたい放題の三人を無視し、京一がこそっと、龍麻の耳許で囁いた時。
「アーニーキーーー! 新年、明けましておめでとうさん! わい、アニキに会えて嬉しいわぁ」
御門と共にやって来た劉が、ヒャッホーー! と、龍麻に懐いた。
「おめでとう、劉。御門も」
「おめっとさん。……随分と、珍しい組み合せじゃねえか?」
「あはー。言われると思っとったわ。わいと御門はん、結構行き来があるんやで? わいも御門はんも、符術使うさかい、互い、情報交換っつーの、出来るしな」
「成程……。……じゃあ、そういう絡みで友情育んだ者同士、初詣に?」
「それもあるけど。わいは、アニキ達の顔見たかったことやねんし、御門はんは、アニキ達に伝えたいことがあるから、て。何時に何処に行けばアニキ達に会えるか、御門はんに占ってもろうて、ここまで来よったっちゅー訳や」
本当に血の繋がっている兄に懐く如く、わきゃわきゃとはしゃぐ劉は、龍麻や京一に問われるまま、御門と二人、ここまでやって来た経緯を語り。
「伝えたいこと?」
「ええ、そうです。──今宵。一月二日、午前零時丁度。龍命の塔が、完全なる復活を果たします。そして、龍命の塔より引き出される最大最強の龍脈の力を我が手にすべく、時同じくして、柳生宗崇が、陰の器を伴い姿現すのは、『寛永寺』」
御門は、新年の挨拶も告げず、本題だけを彼等へと語った。
「寛永寺……。やっぱり、あそこなんだ」
「午前零時ジャスト、か。……今が三時だから……後、九時間後、だな」
「……確かに、伝えましたよ。………………では、又後程に。十一時頃、上野駅・公園口改札前辺りに、私達は向かいます」
「あ、もう行かはるんか? 御門はん。──ほな、わいも行くさかい。又後でな、アニキ等。わい、もう一寸、日本の符術について、御門はんに聞きたいことあるんや」
語るべきことだけを語って、龍麻達が、後九時間後、と顎を引いたのも気に留めず、御門はとっとと踵を返し、劉も、その後をひょこひょこ付いて行ってしまった。
「………………皆。一度、家に帰ろう?」
「……そうね。そうしましょう。私や小蒔は、着替えなくてはならないし」
「うん。家族揃って、お節料理食べるんだ」
「じゃあ……午後九時、新宿駅に改めて集合しよう」
「あたしも今日は、家に帰るわ。……あんた達、色々あるでしょう? 皆への連絡は、あたしがしといてあげる。…………頑張りなさいよ」
「頼んだぜ、アン子。──じゃあ、午後九時。新宿駅東口で」
────決戦は、九時間後、『寛永寺』で。
……それを知らされ、彼等は。
それぞれ、口には出来ぬ想いを胸に、花園神社前でそのまま別れた。