皆と別れた後、自分も一度、自宅へ帰る、と龍麻は言ったが。

駄目だと言い張った京一に引き摺られて、結局彼は、再び蓬莱寺家に戻る羽目になり、京一と二人、彼の部屋で向き合い。

「…………処で京一、話って?」

「……マリアせんせーの話だ」

己の主張を捩じ伏せてまで、ここまで引き摺って来た理由を龍麻は問い、問われた彼は、去年末、十二月二十二日、深夜の桜ヶ丘の病室での出来事を語った。

「……成程ね。…………本当に、何でマリア先生は、俺が入院したこと知ってたんだろう。犬神先生も、知ってるっぽいんだよね……」

「ああ。……その、色々遭ったからな。俺も、このことはすっかり忘れてたんだけどよ。ひーちゃん、呼び出されたろう? …………どうにも、気になるんだ。行かない方がいいんじゃねえかって」

「でも……そういう訳にもいかないと思う。特に何かやらかしたんでもないのに、俺だけ、しかも元旦の夜に、学校へ来いっていうのは、かなりおかしな話だけど、ホントに、担任として自分の生徒を呼び出した、っていうだけのことなら、すっぽかすのもなあ、と」

「………………そうだな。卒業、懸かってっかも知れねえもんな。……ガッコまで、俺も一緒に行こうか?」

「ううん。大丈夫。俺一人で行って来る。九時にはちゃんと、新宿駅に行くから、せめて、少しの間だけでも、京一は、ご両親と一緒に家でゆっくりしてよ」

「だがよ……」

「いいから。本当に、大丈夫だから。……あの男は多分、今は、龍命の塔を復活させることに掛かり切りだと思うから、俺の方まで、手なんか廻らないよ。あいつさえ、ちょっかい出して来ないなら、大抵のことは、俺一人でも何とかなる。……違う? 相棒クン」

「……まあ、な。──少しでも、きな臭いと思ったら、とっとと引き返せよ。何か遭ったら、連絡しろよ。絶対だからな?」

「心配症だよねー、京一。口うるさい、兄さんみたい」

「あんだとぉ?」

「冗談だって。……判ってるよ。何か遭ったら知らせるし、学校出る時にも電話する。それでいいだろう?」

──だから、マリアの呼び出しに応じるのは、考え直した方がいい、と京一は言い出したが、そういう訳にもいかないだろうと、渋る彼を龍麻は説得し。

「という訳で。一人で行って来るよ」

「…………判ったよ。もう止めねえ。──七時、だったよな。家で、飯喰ってから行けよ」

「えー、いいよ。悪いよ。昨日から、お世話になりっ放しだし……」

「気にすんなっつってんだろうが。俺だって、お前ん家で、散々、飯集って来たろ」

又、京一の押しに負けて、彼の母が振る舞う夕食をきっちり頂いてより。

午後六時少し過ぎ。

龍麻は、制服を身に着けて、真神学園へ向かった。

──午後七時。

呼び出された時刻丁度に、真神学園の、職員玄関に龍麻は着いた。

だが、校舎の灯りは全て落ちていて、職員室も例外ではなかった。

職員玄関の施錠だけは外れていたから、校内に入ることは出来たが、廊下の窓から射し込む、誠に覚束無い灯りだけを頼りに向かった職員室のドアは、しっかりと鍵が掛けられており、入室は出来なかった。

「おかしいな……」

この時間に学校に来いと言ったのは、マリア当人なのに、と訝しみつつ、仕方無し、龍麻は職員玄関まで戻って、暫くの間、そこでマリアを待ってみることにした。

…………しかし、十分が過ぎても、二十分が過ぎても、マリアは姿を現さず、もう、帰ってしまおうかと思い始めた頃。

「……何だろう…………」

不意に漂って来た気配に、ぴくりと彼は、肩を揺らした。

陰の氣であることは確かな、けれど、今までに触れて来た陰の氣とは何処となく違う、それでいて、何故か覚えのある気配を感じ。

気配が漂って来る方へと、龍麻は足先を向けた。

────気配は、校内から感じられた。

やけに薄いそれを辿って行けば、廊下を伝い、階段を昇る結果となり。

着いた先は、屋上だった。

キ……と、軋む音を立てる鉄の扉を開けて、屋上へと踏み込めば、思いの外、新宿の夜景が綺麗に映えているその直中に、ぽつん、と、マリアが一人、立っていた。

元旦の夜なのに、新年最初の日なのに、不気味さだけを醸し出す、血のように真っ赤な望月を背負って、彼女は。

「来てくれたのね、緋勇君……。……私は本当は、何方を望んでいたのかしら。貴方が来ることを、望んでいたのかしら。それとも、貴方が来ないことを望んでいたのかしら。…………もう、私にも、判らないの……」

「……マリア先生……?」

「……………………今夜はね。私は貴方を、私の生徒として呼んだのではないわ」

紅色の満月に溶け込みながら、密やかに、そして思い詰め切ったように。

彼へと、告げた。