二人が、新宿駅への抜け道になる裏通りを辿っていたら、駅で待ち合わせた筈の醍醐達三人が駆け寄って来た。

「大丈夫だった? ひーちゃんっ! さっきの揺れ、学校の方からだったから、どうしたかと思ったよっ」

「でも、その様子なら、大丈夫だったようだな、龍麻」

「京一君も一緒だったのね。良かったわ、何もなくて……」

先程の強震を感じ、駆け付けて来た三人は、龍麻や京一同様、制服を着ていた。

年が明けても、世界と異世界の境界が滲み始めても、多分……多分、生きて帰れるかどうか判らない戦いを目の前にしても、変わらない顔、変わらない姿、それがそこにあった。

「……うん。俺は大丈夫。皆、有り難う」

「ひーちゃんに、何か遭ったりする訳ねえだろ。俺がいるんだからよ」

醍醐、葵、小蒔。

三人の顔をそれぞれ、少しだけ長めに見詰めて、龍麻はにこっと微笑み、京一は、何時もの調子で声を立てて笑った。

「まーーーた、始まったよ、京一の馬鹿が……」

「うふふ。小蒔のそれも、始まったわね」

「……何時も通り、ということだな」

「うん、そうだね! 京一が馬鹿なのは、何時ものことだもんね!」

「…………いい加減にしろよ、美少年」

「ボクは女だ! そーゆー処が馬鹿なんだよっ!」

微笑み、そして高い笑い声。

……二人のそれに釣られたのか、少々、顔付きが厳しかった三人は、何時もの表情、何時もの調子へと戻り、毎度の、どうしようもない『漫才』も始まり。

「まあまあ。京一も、桜井さんも。……何時見ても、二人の『漫才』、楽しいけどね。────さ。行こっか。あんまり遅くなると、向こうで待ち合わせてる皆にどやされるからさ」

龍麻も、ケラケラと声を立てながら、改めて、新宿駅へと足先を向けた。

「漫才とは何だ、漫才とは! 俺は、俺の名誉の為に抗議してんだぞ!」

「そーだよ、ひーちゃんっ! ボクは、京一の馬鹿さ加減に、本当に怒ってるんだからね!」

「……はいはい。うん、そういうことにしてあげてもいいよ」

「…………いい加減にしないか、二人共……」

「あら。いいじゃないの、醍醐君。こんな風に賑やかなのも、私達らしくていいと思うわ」

一歩だけ、皆よりも先に進む彼を小走りに追い掛けて、取り囲み。

何処までも、ぎゃあぎゃあとした騒ぎを続けつつ。

五人は揃って、親しみ過ぎた駅舎より、決戦の地へと繋がる、電車に乗り込んだ。

上野駅・公園口改札に、午後十一時。

それは御門が、然りげ無く指定した、二十六名からなる仲間の待ち合わせ場所、待ち合わせ時間。

──新宿駅から上野駅までの所要時間は、ほぼ三十分。

上野駅近くの、深夜二時まで営業しているコーヒースタンドで適当に時間を潰してから、龍麻達は約束の時間よりも少しだけ早く、公園口改札に到着した。

「何で、上野駅なんだろーなー」

きょろきょろと辺りを見回し、未だ自分達だけか、とブチブチ言いながら、京一がそう洩らした。

「は? どういう意味? それ」

どうも、待ち合わせの場所が気に入らなかったらしい彼の呟きに、龍麻は首を傾げる。

「いやな。寛永寺なんて、名前しか聞いたことなかったからよ。家出る前に、地図見てみたんだ。そしたら、鴬谷の駅の方が、寛永寺には近かったから」

「ふーーーん。そうなんだ」

「鴬谷の駅は小さいから、集合場所には目立ち過ぎると思ったんじゃないかしら」

「あー、そうかも。団体さんだもんね、ボク達」

京一と龍麻の会話を小耳に挟み、葵と小蒔が、ここが待ち合わせ場所に選ばれたのは、大方そんな理由だろう、と推測を始め。

「……それだけが、理由ではありませんよ」

噂をすれば何とやら、そこへ、御門、村雨、芙蓉の三人がやって来た。

気が付けば、ゾロゾロと、改札を出た直ぐそこの片隅を陣取っていた龍麻達の方へと向かっている、他の仲間達の姿も窺えた。

「え、それだけじゃないんだ? 何か、理由でもあるんだ?」

やあ、だの、お待たせ、だの、口々に言いながら近付いて来た仲間達全員が揃うのを待って、龍麻は御門を振り返る。

「ええ。立派な理由が。──現在の寛永寺は、江戸時代に建立された寛永寺ではありません。現在の寛永寺本堂は、川越にあった寺の本堂を移築した物で、寛永寺本来の建物ではないのです。元々は、今の上野恩賜公園の、大噴水がある場所に、寛永寺の本堂はあったんですよ。戊辰戦争で、焼けてしまいましたが」

小首を傾げて問う龍麻に、御門はすらすらと説明を始めた。

「じゃあ……あいつがいるのは、そこ?」

「恐らくは。……尤も、寛永寺の建立年は、現在の東京国立博物館の敷地に、本坊が建立された年とされていますから、そこ、かも知れませんけどね。──まあ、何れにせよ、かつては上野公園の敷地全てが、寛永寺の境内だったそうですから、公園内を通って行くのが正解でしょう。……そういう訳で、待ち合わせ場所はここが良いと思ったんです」

「成程。……流石だねー、御門。そんなこと、全然知らなかった」

立て板に水の如く告げられ切ったそれへ、龍麻を筆頭に、「おーー……」と皆はパチパチと、拍手の真似をした。

「……私に言わせれば、貴方達が知らな過ぎるんです」

だが御門は、一切表情を変えず、きっぱりと言い切る。

「寺に興味持ったことなんざ、只の一度もねえからなあ」

「いいじゃん。誰かの知恵は、皆の知恵ってことで。適材適所。……じゃ、そういうことで、上野公園へ、Goー!」

「ちゃっちゃと行くか。あの野郎が湧いて出る場所が、国立博物館の中だったら、塀だの門だの乗り越えて、不法侵入しなきゃならねえしなー」

断言の後に、もう少し、貴方達も学んだ方がと言い出した彼を綺麗に無視して、とてもではないけれど、これから、己達の生死もが懸かる戦いに赴くとは思えぬ風情で皆へと号令を掛けた、龍麻と京一を筆頭に。

──午後十一時三十分。

仲間達は、台東区上野の、上野恩賜公園内へと踏み込んだ。