「俺は。幕末──動乱の時代から、この姿のまま生き続けている。……百三十年だ。百三十年の長きに亘り生き続けて来た、そして永劫を生き続ける俺に、貴様等が敵う筈など無い。貴様等は所詮、高がヒト、ではないか」

『遠い昔』の境内に、高い嗤いを響かせて、柳生は言う。

「……だからって…………。……だからって! この街を好きになんかさせるもんかっ! ボク達の住む街を、好きになんかさせないっっ」

と、キリキリと弓を握り締め、ダン! と足を踏み鳴らし、小蒔が叫んだ。

「そうだ。百三十年の間、お前が何を見て来たのか、俺には判らない。だが、高が百三十年如きを生きて来たからと、お前に、俺達ヒトの、一体何が解る?」

叫ぶ小蒔を庇うように、その前へと進み出て、醍醐は静かに吐き出した。

「高が、百三十年如き、だと……? 貴様達程度には想像も出来ぬだろう年月、世界を見詰め、街を見詰め、愚かなヒトの、愚かな歴史を見詰め続けて来た、この俺に向かって、ヒトの何が解るか、だと? …………愚かなるヒトよ。愚かなる生き物よ。愚かなるままに生き、この土地に、この世界に栄え、愚かな歴史のみを築き上げて来た貴様達こそ、俺の何が解る? 愚かしいだけの貴様達に。……貴様達は。貴様達のような生き物は、この世界に相応しくなどない」

「…………。……私達は、確かに愚かな生き物で、愚かな歴史ばかりを積み上げて来たのかも知れない。……でも、私達が愚かだと言うなら、私達の、高が百三十年の歴史が愚かだと言うなら、貴方は何なの……? ヒトの成すことを、愚かだと泣くだけの、歴史と時間の中で、唯、膝を抱えて泣いていただけの、赤子と変わらないわ。貴方の百三十年を、高が、と言えば、貴方は怒るけれど、その百三十年、貴方は何をして来たの? 思うようにならないからと、自分だけが好ましい世界が欲しいと、我が儘を言う以外の、何を……?」

「貴様等……。言わせておけば……」

小蒔に、醍醐に、そして葵に、それぞれ想いを言葉にされ、柳生は、顔色を変えた。

「皆々、本当のことじゃないか。……あんたが、何を見て生きて来たのか、俺は知らない。あんたが、百三十年の中で、何を知ったのかも、俺は知らない。でも、百三十年、なんて、『高が』の年月だ。『あの人』に比べたら。『あの人』の年月に比べたら……っ。──あんたの言うことは、これっぽっちも心に響かない。俺の中の、何にも打たない。何一つも、頷けやしない。あんたからは、あんたが『そうなっただけの理由』が滲んで来ない。……なのにあんたは、自分はヒトじゃないみたいな言い方をして、ヒトじゃないみたいなことを、手にしてる力のことを、まるで、自慢でもするように言って、世界までも欲しがる。…………あんただけには、何が遭っても、絶対に、負けない。あんたみたいな奴に、俺達が、負けたりなんかするもんか」

龍麻も又、きっぱりと、彼へと向け、言い切り。

「随分と、生意気な口を利く」

苦々しそうに、柳生は呟いた。

「……『陽の器』。貴様は、何を言っている? 類い稀なる『力』持つ者と、菩薩眼の娘の間に産まれた、生まれながらにして、黄龍の器たるモノであるのに。生まれながらにして、ヒトならざるモノだと言うのに。……ヒトなぞ。ヒトの造り上げた街なぞ。顧みもせず、龍脈の力を操り、世界の上に立つ存在として、その『力』を謳歌すれば良いのに。なのに何故、貴様はそのようなことを言う。何故、己が、ヒトであるような顔をする? …………緋勇龍麻。『陽の黄龍の器』。貴様は、ヒトなどではない。ヒトならざるモノである貴様にこそ、ヒトの想いが解る筈など無い。ヒトでない貴様が、ヒトを語った処で、それこそ、俺には何も響かぬ」

そうして彼は、忌々しい……と、龍麻を睨み付け。

「…………馬鹿言ってんじゃねえよ、糞っ垂れ。気でも触れたか? ……こいつは、れっきとしたヒトだ。てめぇなんぞに、そんな風に言われていいような奴じゃねえ」

龍麻の代わりに京一が、その視線を受け止めた。

「ヒト? 黄龍の器が? ……貴様は、本当にそう思っているのか? 嘘偽りなく? 欠片程も、疑わず?」

「当たり前だろうが。んなこたぁ、言うまでもねえ。……こいつは、確かに黄龍の器なんだろうさ。……でも、だからどうした? 黄龍の器だからって、ヒトじゃねえって証明になるとでも言うのか? 龍麻がヒトじゃねえってなら、今、こんな所にいやしねえ。黄龍の器だってことを、疾っくの昔に謳歌してるだろうさ。………………今直ぐ、後悔させてやる。てめぇの口で、下らねえことほざいた、その罪をな。黄龍の器だった、そのことが、龍麻にとって、どういうことだったと思ってやがる…………っ」

柳生の鋭い視線を弾き返し、竹刀袋から刀を引き抜くと、京一は、抜き去ったそれを構え。

鞘を、足許に捨てた。

「…………鞘を捨てるか。抜いた刀を納める先を、自ら。……死ぬ気か?」

「誰がだ。ふざけたこと抜かしてんじゃねえ。てめぇをぶっ倒すまでは、絶対に、何が遭っても、この刀は納めない。……それだけのことだ」

カラリと、彼の足許の石畳に軽い音を立てて転がった鞘を一瞥し、柳生は、愚かな、と馬鹿にした風に嗤い、が、京一は、『凶星の者』に負けず劣らずの嗤いを浮かべた。

「……本当に、何処までも忌々しく鬱陶しいガキ共だ。龍命の塔の封印も解けた今、貴様等如き、放っておいてもと思ったが、戦うしかないようだな。……まあ、所詮? 陽の器とて、俺の前では歯向かうこと一つ出来なかったのは、貴様等とて承知しているのだろうから、戯れのような戦いにしかならぬのだろうが」

──その嗤いを眺め。

集った彼等、全ても眺め。

呆れたように柳生は腰の刀を抜いて、口の中でのみ、何やらを唱えた。

……すれば、異界の寛永寺境内の至る所に、刀が得物の彼が召還するに相応しい、剣鬼、と呼ばれる異形達が溢れ始め。

「あの日のまま、俺達が立ち止まってると思うなっ。──行くよ、皆っ!」

「応っ!!」

少年少女達の掛け声を合図に、最後の戦いは始まった。