「秘拳・黄龍!」
──その刹那、龍麻が放った技と。
「剣掌・鬼剄!」
──柳生宗崇が繰り出した技は。
それぞれの、最大奥義だった。
宙を駆ける不吉の兆し、彗星・蚩尤旗を思い起こさせるような巨大な氣塊、即ち鬼剄と、天にての眷属・四獣の力を従えた、黄金の龍の高い咆哮にも似た氣塊、即ち『黄龍』と。
その二つはそれぞれ、目にも見えるうねりとなって、龍麻と柳生、二人の丁度中間で、バチリとぶつかり、押し合った。
だが、暫し押し合いを続けていたうねりは、徐々に、龍麻の方へと近付き始め。
「退け、龍麻っ!! ──剣掌・鬼剄っっ」
追い付いた京一は、相棒の襟首を引っ掴み、己の背後へと引き摺ると、迫り来るうねりへ、柳生が放ったそれと同一の力をぶつけた。
「龍麻、大丈夫かっ? 京一、お前はっ!?」
そこへ、龍麻の後を追った京一を更に追うように醍醐が駆け付けて、京一に引き倒す如くにされた龍麻の背を支えながら叫び。
「……! タイショー、ナイスタイミングっ。背中貸せっ!」
ダン、と石畳を蹴った京一は、己と肩を並べた醍醐の背を踏み台に、褪せつつある『鬼剄』と『黄龍』のうねりの向こうへ、身を踊らせた。
「京一っっ!!」
淡いような、それでいて眩し過ぎるような、兎に角、人一人の姿を掻き消すには充分過ぎる程の光量の中に溶けた京一の背へ、龍麻が高く呼び掛けてはみたが、当然、応えはなく。
静かに氣のうねりが消え、辺りの全てがクリアになった時、そこにあったのは、ギリギリと鍔迫り合いをしつつ向き合っている、京一と柳生の姿だった。
「くっ……。……へ、へへ……やるねえ……」
「……黙れ、小童」
「うるせぇよ、ジジイっ」
互い、見据えるように瞳を細め、右手を柄に、左手を刀の峰に添えながら、彼等は力比べを続ける。
…………が、やがて。
シャリンと音立てて、柳生の刀に沿わせ、京一は自身のそれを滑らせると、身を翻し様。
切っ先で、相手の首筋を薄く捉えた。
掠める風に首先を捉えた切っ先はそのまま、緩く編まれた、柳生の赤く長い髪の房をも捉え、切り落とされた赤い髪は、迸った血飛沫と共に、バラリと辺りに散って。
「劉っ!」
相棒の刀が、薄くであろうとも柳生に達したのを見届けた刹那、龍麻は劉の肩を掴んで走り出した。
「何やっっ?」
「仇、取るんだろっ? 故郷の村の人達の仇っっ。だから、一緒にっっ」
「……あ。ああ! 謝々、アニキっ」
肩を引かれ、引き摺られ、劉は焦ったように龍麻を見たが、一拍程を置いてから、その意図に気付き構えを取って。
「今度こそ、決めろよっ!」
柳生の背を取った京一は、剣掌奥義・円空旋にて、龍麻と劉の側へと、眼前の体を吹き飛ばし。
「黄龍螺旋昇!」
「秘拳・黄龍!」
再度、劉と龍麻の、最大奥義を唱える声が高く上がった。
「うおおおっ……。……ぐっ……。何故だ……。何故、貴様等などに……っ。貴様等如き、ヒトの身に…………っ!」
──…………彼等の技の迸りが消えて、やっと。
……やっと、柳生宗崇は、石畳の上に両膝付いて、崩れ落ちる。
ざんばらに切られた赤い髪の向こう側で、ゆっくりと瞼は閉ざされて行った。
なのに。
彼等には、柳生宗崇を討ち倒した、との感慨に浸る間など、これっぽっちも与えられなかった。
「やっとや……。やっと、村の……一族の皆の仇…………」
倒れ伏す体をじっと見下ろし、唇を噛み締めながらの劉が、涙混じりの声を絞った時。
ド………………ン、と地響きが轟き、異界の寛永寺本堂が激しく揺れた。
「まさか、時間切れ、か……? 間に合わなかったとでも……?」
「あれは……。黄龍の……?」
その音と震動に、仲間達は振り返り、京一と龍麻は、本堂上空を見上げた。
……見上げた、そこには。
翳りを帯びた、黄金色の太い光が一筋、空と本堂とを、真っ直ぐ貫いていた。
恐らくは、黄龍の龍脈の『力』が生んだ、光の筋が。
「…………何、あれ…………」
「尋常じゃない……」
「舞子、怖いよぅ……」
「あんなのを取り込む奴を、相手にしろっての……?」
「人知を越えてるんじゃ……」
光の筋を見止めて、さやかや、紗夜や、舞子、亜里沙、桃香と言った少女達は、一様に慄き。
「葵お姉ちゃんっ!」
「……大丈夫。大丈夫よ、マリィ……」
マリィは震えながら、葵に抱き着いた。
「………………でも、ま。行くっきゃねえよなあ」
「……うん」
怯えを見せた少女達同様、少年達の顔色とて、決して良いとは言えなかったが。
一度だけ、肩で息をし、整えた呼吸を、ふうっ……と詰めると。
余り、上出来、とは言えなかったけれど、それでも笑みを浮かべ、京一と龍麻の二人は、異界の寛永寺本堂へと続く、短い石段へと向き直った。